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マンシングウェアはなぜ変わり続けるのか チーフデザイナー結城亮が語る革新の本質|タクミのカクゲンより

マンシングウェア チーフデザイナー 結城 亮

ゴルファーのために活躍するゴルフ界の匠から、それぞれの仕事に賭けた誇り高き言葉を頂く連載企画。今回は、老舗ゴルフウェアブランドのデザイン責任者が登場。

アーカイブを尊重しながら変化していく姿勢

始めに、不躾な問い掛けにも真摯に応じてくれたことに謝意を表したい。しかし、それは聞かずにおけない質問だった。
近年では若い層にリーチする「ペンギン バイ マンシングウェア」が人気を博しているのは知っている。だが、本流たる「マンシングウェア」には、年配に好まれるブランドという印象が拭えない。それを作り手たちはどう受け止めているのか。
そう切り出した時、マンシングウェア全域のデザイン責任者である結城亮は、こちらの意図を正しく咀嚼するかのように静かに聞き入っていた。
「そのギャップは、僕の入社時からすでに懸念事項でした」
ギャップという興味深い言葉を使った真意を理解するためには、まずマンシングウェアの歴史を知る必要がある。

1955年に始まった革新的 スピリットを決して忘れない。

1886年、ニットウェアメーカーとして米国のミネアポリスで創業。その69年後の1955年、世界初のニットを用いたゴルフウェアを発売。これに先駆けマンシングウェアは、約1500人のゴルファーに向け、「理想のゴルフウェアをつくるために」というアンケートを実施したという。
リトル・ピートの愛称をもつペンギンがシンボルマークになったのは、当時のセールスマネージャーがニューヨークで買った剥製のペンギンを移動の機内に持ち込んだ際、隣席の老婦人が言った「あなただけのマスコットになったらいいのに」という言葉がヒントになったらしい。
そうしたヒストリーは、現在もブランドサイトで紹介されているのだが……。
「そこは、もっとちゃんと伝えるべきと思っています。ただし僕らは、マンシングウェアが1955年にゴルフウェアを世に出したスピリットを決して忘れていません。常に立ち返るのは、ブランドが持つ革新性。そして僕らに求められているのは、アーカイブを尊重しながら時代ともに変化していく姿勢です」
語るほど口調の熱が帯びていく結城は、芯から熱いデザイナーだった。

今回のインタビューのもう一人の主役が、10年着られることを目標にした『10 YEARS POLO SHIRTS』。マンシングウェアが心血注いで作り上げた一品。

ポロシャツは要するに日本人が好きなアメカジ

「ゴルフウェアの中心はポロシャツですから、マンシングウェアでも『10YEARS POLO SHIRTS』、10年ポロが核です」
10年とは、文字通り10年間着られることを目指した意図を示している。内的には、年20回の着用&洗濯×10年で200回の洗濯に耐えるため、200洗という基準を設けたそうだ。
「着心地やもちろん、色で異なる退色や縮み防止の対策などはすべて生地開発から取り組み、製造はデサントが奈良に持つ吉野工場で行っています。縫製にしても、腕から脇のつながりを良くするため、あえて工程が多い輪付けを選んだり、ポロシャツの顔をつくる襟の仕立てや、第1ボタンを開けた時の開き具合や……」
本当に謝罪すべきは、10年ポロに対してあふれ出る結城の愛情を、種々の都合で押し止めたことかもしれない。
「2022年にお客様から1通のメールが届いたんです。『私の父は20年間もマンシングウェアの同じシャツを着ている』という内容で、そのお父さんの娘さんが送ってくれました。大切に着てくださっている年代別の写真まで添えられていて。うれしかったですね。それが10年ポロを開発するきっかけになりました」
ここでひとつの仮説が浮上する。マンシングウェアに年配のイメージがついたのは、より良いものを知る大人たちが長期に渡り、普段着としても愛用した結果ではないのか?
「ポロシャツは要するに、日本人の多くが好きなアメカジじゃないですか。なぜ僕らがアメカジを好むかというと、各ブランドに心惹かれる物語があるからだと思うんです。そのメールが伝えてくれたのも、マンシングウェアをめぐる家族の物語でした。そういう貴重な話は、作り手として大事にしなければいけないんです」
結城がことさらブランドストーリーに感化されるのは、高校時代にアメカジから入った服好きに由来しているようだ。服飾の道に進むなら、大学卒業後に専門学校に通うという親との約束を守った逸話は、彼の服に対する一途さを物語っている。
その専門学校で行われた産学協同プロジェクトでデサントと出会い、ファッションとスポーツの融合に触れたことが、結城が現在の場所にたどりつく出発点になった。
そんな経緯を聞けば、本人もまた、縁に導かれた物語の主人公に違いないと思えてくる。

新潟県出身の44歳。社内の正式役職名は、マンシングウェアマーケティング課デザインディレクター。ゴルフについてたずねたら、「もちろんやりますが、服ほどに自信をもって語れないので、あまり触れないでください」とのこと。

「マンシングウェアの本気をお見せします」

「若いころはデザインそのものより、糸の番手や編み方や縫製など服作りの根幹に関わる知識をたくさん学ばせてもらいました。それが今でも役に立っています」
これは、チーフデザイナーの役職に至る経緯と、現在の立場についてたずねた際の答えだ。
「それから、マンシングウェアを進化させるため、多くの先達はもちろん、ともに日々努力したメンバーのおかげもあって、現在の自分がいます。中でも、役職の変化に関わらずずっと一緒にいた梶村さんには、特に影響を受けました。アメカジ、古着、軍物にめちゃくちゃ詳しいんです」
結城の現職を2024年まで務めていたのが、梶村武弘という人物だ。現在は、外部委託という立場でマンシングウェアに携わっている。幸いにも取材時にデサントを訪れていたので、結城とともに写真におさまっていただいた。
「梶村さんを始めとするチーム内で共有しているのは、本ラインのマンシングウェアとペンギン バイ マンシングウェアの両立によって、これまでとは違う可能性が出てきたという考え方です。ペンギン バイ マンシングウェアは、若いゴルファーが好んで着てくれるブランドになりました。そうした新機軸が育ったことで、本ラインで次にアタックすべき課題が明確になった。そこに僕らは大きな期待を寄せています」
そしていよいよ、結城の語りが最高潮に達する。

上は、世界初のニットを用いたゴルフウェアに備わっていたアクションガゼット。腕の動きを妨げない脇のつくりは、アーカイブとして今も受け継がれている。その他、『10 YEARS POLO SHIRTS』の様々なこだわりを語ってもらったが、ほぼ誌面に生かせなかったことを陳謝したい。

「次の春夏、面白くなりますよ。一言でくくれば、シンプル&スポーティ。今のゴルファーが求める生地感や着心地を取り込んだアイテムを増やします。これは迎合ではなく、デサントのスポーツアパレル研究開発拠点であるDISC OSAKAなどとの連携で、ハイクオリティな本物をつくる挑戦です。楽しみにしてください。マンシングウェアの本気をお見せしますから」
発表前の情報をどこまで喋ってしまうのか、こちらがヒヤヒヤさせられた。そんな様子などお構いなしで、結城は語り続ける。
「より本気なのは、新しい10年ポロ。長く着られる作りの良さを伝えつつ、多くのゴルファーの手に取ってもらえるポロを披露します。1955年に始まったマンシングウェアの革新的スピリットを込めていますから、26春夏の一発目はやっぱりこれですね」

役職を譲る形で独立した梶村と、現職に励む結城は、いわば師弟関係。今でも楽しそうに会話する姿が微笑ましかった。

右/ちなみに結城自身が『10 YEARS POLO SHIRTS』を着る場合は、通常のLではなくLLを選び、オーバーサイズ風の今っぽい着こなしにするそうだ。
左/チーム内でコンセプトを共有するために制作される、マップと呼ばれる資料。現在は手書きのデザイン画を描かないらしい。

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EVEN 編集部

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スタイリッシュでアスリートなゴルファーのためにつくられたマガジン。最旬のゴルフファッション、ギア、レッスン、海外ゴルフトリップまで、独自目線でゴルフの魅力をお届け。

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