
和紙や墨、筆と対話しながら稜線を描く――松井ユカさん|だから、私は山へ行く#34
ランドネ 編集部
- 2026年01月28日
「サント=ヴィクトワール山三十六景」シリーズなど、山をモチーフにした作品を描くアーティストの松井ユカさん。「異なるものの調和に興味がある」と話す彼女が山を描く理由とは。
山という揺るぎのない存在に憧れているのかもしれません
手づくりの庭園から光が射すアトリエには、いくつかの作品が飾られていた。障子に貼った和紙に筆と墨で描かれた、富士山やサント=ヴィクトワール山の姿。松井ユカさんが描く作品には、書と絵画、和と洋、静と動、新と旧など、相反するものが調和するような美しさがある。

迷う日々、山と出合う
6歳のころから20代前半まで書道に打ち込み、準師範の免状も取得したというユカさん。けれど当時のユカさんは、書道の世界に窮屈さを感じていたという。
「書道にはいろいろな決めごとがあって、正解とされる型や技術を学ぶことを教えられる。そのことに、おもしろさを感じられなかったんです。それで、書からいったん離れて、絵を描いたり、美術館で働いたり……。でも、自分のやりたいことが見つからなくて」
ユカさんが山と出合ったのは、そんな悩みを抱えていた20代後半のこと。山好きの友人に誘われ、東京近郊の山へ行くことになった。
「そのころは家に引きこもりがちだったので、いつもだったら誘われても断っていたと思うんです。でも、なぜか『山には行ってみたい』と思えたんですよね。歩いてみたら、すごく元気になれて。町にいるときは疲れやすいのに、山だと不思議なことに疲れなくて。自然の音しか聞こえない環境のなか、一歩一歩進んでいくのが気持ちよかったです」
山歩きに魅了されたユカさんは、月に1度くらいのペースで山に足を運ぶようになる。東京近郊の低山から始めて、いつしか日本アルプスの山々へ。2005年には北アルプスの劔岳にも登っている。
「劔岳も、まったく疲れは感じなくて(笑)。山で見た日の出がきれいだったことを覚えています」
書からアートへ
立山連峰を歩いたころと前後して、ユカさんはフランスへの留学を決意している。じつは留学先の選択にも、山が関わっている。
「当初は南フランスのエクス=アン=プロヴァンス(セザンヌの故郷)の大学に行こうと思っていたのですが、地図を見ていたら山と湖に囲まれたアヌシーという町が気になってしまって(笑)。写真を調べても本当にきれいなところだったので、急遽大学の前半の授業をキャンセルして、アヌシーの語学学校に行くことにしました」
ホームステイ先のおばあちゃんとともに山を歩いたり、多くのアーティストと知り合ったり……。フランスですごす日々は、発見と出会いに満ちていた。その経験は、ユカさんにとって「書」の可能性を広げるものだったという。
「それまでの私にとって『書』は、どちらかというと技術を学んで継承していくものでした。でも、フランスでは『書はアートだよ』とみんなが言うんです。いまでこそその感覚は普通かもしれませんが、当時の私にはとても新鮮で、『もっと自由でいいんだ!』と」
フランス留学を終えたユカさんは、2010年に荻窪で「自由に学べる書道教室」をコンセプトに「アトリエ書道」を開講。自身もアーティストとしての活動の幅を広げてゆく。2019年にヴェルサイユ宮殿の戴冠の間で「令和」の文字を揮毫(きごう)するなど、日仏を行き来しながら多くの展覧会やパフォーマンスを行なうユカさん。その作品は、東洋と西洋の文化が調和するような美しさがある。


「子どものころから小津安二郎監督のファンで、畳の部屋にソファが置いてあったりするシーンが大好きなんです。異なるベクトルのもの同士が交わる瞬間に、心惹かれるんですよね」
セザンヌが愛したサント=ヴィクトワール山と葛飾北斎の「富嶽三十六景」が交差するような作品「サント=ヴィクトワール山三十六景」シリーズをはじめ、近年は、山をモチーフにした作品を多く発表する。なぜ、山を描くのだろう。
「昔から『山』という文字が好きだし、もちろん山も好き。山がもつ三角形の形は、とても安定していると思うんです。私自身が安定していないぶん、揺るぎのない山という存在に憧れているのかな」

シンプルだけれど躍動感があり、美しい山の稜線。作品と向き合うとき、ユカさんは和紙や筆との〝対話〞を大切にしているという。
「重ねて書くと紙が破れてしまうので、『書』はあと戻りができないんです。いちおう下書きはするけれど予定どおりにいくことはないし、なってもつまらない。だから、その場で紙や筆と対話しながら、無心で線を引いています。それは音楽の演奏に近い感覚なのかもしれません。納得できる稜線が描けたときはとてもうれしいです」
5月13日~23日には銀座のフォルム画廊で富士山を題材にした個展を開くというユカさん。自分自身の「好き」という気持ちを大切にしながら作品と向き合ってきた彼女は、きっとこれからも彼女にしか描くことのできない山の姿を表現していく。




松井ユカさん
書家、美術家。6歳より書を始め、約18 年間「墨華書道研究会」で学ぶ。2006 年に仏留学。2010 年に「アトリエ書道」を荻窪で開講。フランス留学のあと、文学、アート、自然から着想を得て、芸術活動を行なう。代表的な作品に「青富士」(2021 年)、「サント=ヴィクトワール山三十六景」シリーズ(2025 年)などがある。
https://yukakomatsui.com/ja/news/
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ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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