
「好き」の答えは、獣道の先に。狩猟家と山に溶け込みながら見つけたもの
宇宙HIKE
- 2026年04月20日
「自分が好きなものを、もっと尖らせてみて」。 宇宙HIKEの主催者である松本茜さんからそう言われて、少し経つ。好きなものはある。でも、それだけでは世の中に埋もれてしまうことはとっくに知っていて、ずっともがいていた。
いまの世の中は、自分の「好き」や突出したものを前面に押し出して生きる人が多い。だれにも負けない切り口をもたなければと焦るほど、「好き」を尖らせられない自分が息苦しくなる。その見えないプレッシャーを抱えたまま、私はこの山へやってきた。
決められた道を外れ、山を「面」で歩く

集合場所で待っていたのは、ドキュメンタリーカメラマンであり狩猟家でもあるジャンボさんこと門谷優さん。遊牧民族を深く知るため、自らも狩猟の世界へ飛び込んだという、圧倒的な探求心をもつ人だ。
「登山ルートがあって、山頂というポイントがある。いくらやり込んでも、結局のところ『線と点』しか分かっていない……」
かつてジャンボさんも、決められた道をなぞるだけの登山に満たされない時期があったという。

彼に導かれるまま、私たちは人が作った林道を外れた。狩猟は「動物様の都合」に合わせて自分が動く世界。山を「線」ではなく「面」や「立体」として捉え、彼らの気配を探っていくのだ。
自然に溶け込む瞬間

何の変哲もないように見える斜面で、彼はふと立ち止まる。視線の先には「通し」と呼ばれる獣道。足跡や、鹿が角を擦り付けた木肌の痕跡。言われると、確かにそこには彼らの道が浮かび上がってくる。


狩場に近づくと、歩き方を教わった。まずは、小枝をふんで「パキッ」という音を出さないこと。
「人間は『1、2』の2拍子。でも四足動物は『1、2、3』。3拍子で立ち止まり、静寂を作ることで動物に化けるんです」
真似して歩いてみるが、これがとても難しい。普段は気にも留めない自分の足音が、まるで不協和音のように耳に絡みつく。

足元に全神経を集中させているうちに、不思議なことが起きた。足の裏に伝わる、ふかふかとした土のクッション。深く積もった落ち葉はパウダースノーのよう。雪解け水の優しい音が響き、そして意外と力強い苔の感触……。いつもの登山道では気づけなかった「本当の山の感触」が、強張っていた私の心を、ゆっくりと解きほぐしていくのがわかった。
焦らなくていい。5mに5分をかける歩み

歩きながら、ジャンボさんが教えてくれた。
「獲物に気づかれないよう、5m進むのに5分や10分かけることもあるんです」
都会での5分は、立ち止まれば置いていかれるような焦りを生む。でも、この山での5分は違う。途方もない時間をかけるからこそ、山の一部になり、獲物に近づくことができるのだ。

しかし、ゆっくり歩み寄った先で逃げられてしまうこともしばしばあるらしい。その果てしない歩みが、自分のなかの「好き」を探す作業に重なった。心が動いた瞬間だけを少しずつ貯めていき、時々掴み損ねたりしながらまた探していく、時間のかかる作業でいいのだ。

そう思えたとき、私を縛り付けていた息苦しさから解放され、山のおいしい空気を思いっきり吸い込むことができた。
見えない鹿が教えてくれたこと

結局、この日は動物の姿を見ることはできなかった。しかし下山の途中、登りにはなかった新しい鹿の痕跡を見つけたのだ。

私たちが息を潜めているようすを、遠くから『人間が来たな』と見ていたのかもしれない。
そう簡単には姿を見せてくれない難しさは、自分の「好き」を見つける難しさとどこか似ている。でも、彼らが残した手がかりを確かに見つけられたことが、私自身の「好きの尖らせ方」への手がかりを掴めることと重なって、もうすぐ何か掴めるかもしれないと期待が膨らんだ。

今回、私がシャッターを切った枚数はいつもよりずっと少なかった。でも、五感のすべてで山の感触を受け取ったという深い満足感がある。私の「好きの尖らせ方」の答えは、まだ完全には見つかっていない。それでも、5mを5分かけて山を歩く人がいると知っただけで、また私らしいペースで手がかりを探し続けられる気がした。
帰りの新宿駅で、大きなバックパックを背負った登山者を見かける。都会の日常と、豊かな山の時間。そのふたつを行き来する日々が、不思議とちょうど良いのかもしれない。そんなことを思いながら、私は家路についた。

写真&テキスト◎朝比奈 杏咲美(宇宙HIKE)
https://www.instagram.com/sami_yama.tabi
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PROFILE
宇宙HIKE
Photographer 松本茜主催、山と写真のコミュニティー。 宇宙を旅するように山へ登り、旅や写真を使って「自分」にフォーカスする。 ユーモア溢れるメンバーが集まり、日々楽しみながらいろんなフィールドで活動を続けている。
Photographer 松本茜主催、山と写真のコミュニティー。 宇宙を旅するように山へ登り、旅や写真を使って「自分」にフォーカスする。 ユーモア溢れるメンバーが集まり、日々楽しみながらいろんなフィールドで活動を続けている。



















