
地元民からインバウンドまで看板メニューの「たまごサンド」のように誰もをやさしく受け入れる喫茶店 [名古屋特集]

タビノリSTAFF
- 2025年09月18日
「那古野(なごや)」とは、名古屋の「古名」であり、古くは平安時代まで遡る「那古野荘」と呼ばれた地域を指す言葉だ。那古野には名古屋城築城前の時代から「那古野台地」と呼ばれる地域があり、この地域に那古野の街が形成されたことから、現在でも愛知県名古屋市中村区・西区に「那古野(なごの)」という町名で受け継がれている。昔ながらの歴史的な町並みや文化が随所に垣間見られる落ち着いたエリアだ。
高層ビルが立ち並ぶ名古屋駅からほど近く、古き良き下町情緒を今に残す「円頓寺商店街」のなかほどに、この「なごの」を屋号に掲げる喫茶店「なごのや」がある。なぜ、街の名を屋号として選んだのか。その理由は、店舗の歩んできた歴史や運営形態を知ればおのずと理解できる。
名古屋で一番古い商店街にある旧き良き喫茶店の“新しさ”
東海道新幹線「名古屋」駅から、東側へ15分ほど歩いた場所に、名古屋で一番古い商店街「円頓寺商店街」とそれに連なる「円頓寺本町商店街」がある。一見は昭和の面影を残すレトロな風情ある商店街だが、明治創業の和菓子店やおなじみの名古屋めしの店舗が軒を連ねる一方、洒落たスイーツや異国情緒なバインミーまで、良い意味で多様性を感じさせる店舗の顔ぶれは、ここが名古屋駅と観光名所である名古屋城との動線にかかり、観光客やインバウンドが多く訪れることと無関係ではないだろう。天井から吊るされた紐を操作することで天窓を開閉できるアーケードのつくりもこの空間に独特な表情を与えている。
のんびりした空気が流れるアーケードを進むと、商店街の名前の由来となったお寺「円頓寺」を過ぎた先に、目指すお店「なごのや」がある。一見はどこの町にもある純喫茶といった店構えだが、実はここ、かつて名古屋の喫茶店黎明期から文化を支えた昭和7年創業の名喫茶「西アサヒ」があり、2013年に西アサヒが閉店後、その大部分を受け継ぎ、名古屋喫茶文化の歴史的遺産を今に残す重要な役割を担う店舗でもあるのだ。
来客が落ち着いた夕方、店舗を訪れると「なごのや」スタッフの行天(ぎょうてん)貴之さんが我々を迎えて入れてくれた。
「なのごやは、名古屋一旧い商店街にあることもそうですが、一本道を入っただけで、市の文化財に指定された建物が多く残る歴史的なエリアにお店を構えています。散策を目的に訪問された観光客やインバウンドの方が気軽に休めるスペースである一方、昔ながらのご近所の方の憩いの場としてご利用いただいています。そういう分け隔てなく、人々を受け入れる社交場としての役割を考えたうえで、2015年4月からはゲストハウスの営業を兼ねて「喫茶、食堂、民宿。なごのや」としての営業を始めました。
現在、お店の二階と『離れ』のスペースで、最大25名の宿泊客を迎え入れており、利用者の比率は日本人と外国人で半々程度、満遍なく世界中の方からご利用いただいています。
店内は、元々ここにあった喫茶店である『西アサヒ』のものを数多く受け継いでいます。ソファーなどは張地を張り替えていたりしますが、天井の照明のシェードや什器などは当時のまま。西アサヒ時代のオーナーさんはこだわりの強い方だったようで、以前はコーヒーカップも地元産『ノリタケ』製だったそうですが、西アサヒが培ってきた良さは尊重しつつも、時代に合わせて新しいものは取り入れるようにしています」

様々な人々を迎え入れる喫茶店兼ゲストハウスという形態への進化。実は、前身である「西アサヒ」も無関係と言い切れないのが面白い。かつて西アサヒは大相撲名古屋場所の際、高砂部屋の宿舎が近くにあったことから、一部関取衆や関係者の宿泊所として2階のスペースを活用していたことがあったされる。日本の伝統文化である相撲関係者が宿泊に利用していた、と知ったらゲストハウスを利用する海外のツーリストからさらに人気を集めそうだ。
そんなわけで、店舗の名物メニューである「たまごサンド」も、彼ららしいなごのや的発想のもとで受け継がれている。


なごのやの名物は、喫茶店メニューの王道サンドイッチ。いわゆる玉子サンドのようにマヨネーズであえるのではなく、厚焼き状に焼いたフワフワやさしい風味の玉子焼きとマヨネーズでシンプルに味付けたしたきゅうりが絶妙で、写真映えするビジュアルもイマドキだ。西アサヒ時代から親しまれてきた人気メニューでもあり、Tシャツなど店舗を象徴するアイコンとしても活用されている。
「実はこのたまごサンド、西アサヒの創業者からの直接受け継いだ味ではなく、地元の常連の方々にヒアリングを繰り返して完成させた、なごのやオリジナルの味なのです。酸味と苦みをバランスしたオリジナルブレンドのコーヒーは、『ハイカラ・老舗喫茶・煮出しコーヒー』の西アサヒ時代のコーヒーの味をいかしつつ、ご近所の喫茶店『ニューポピー』に焙煎を依頼したもので、日替わりの定食メニューで使っているお肉もお隣の精肉店『肉の丸小』から仕入れています。
昔ながらの味の忠実な再現を目指すのではなく、商店街の味を集約したメニューを提供することで、ここに来れば円頓寺商店街やそこで暮らす人々が親しんだ味が体験できる、その方が、名古屋の人々に長年愛された前身のお店の遺志を受け継ぐことにつながるのでは、といったら大げさかもしれませんが、円頓寺商店街の“円”は“縁”だと思うのです」と行天さん。
伝統や歴史に敬意を表しながらも、よい意味で縛られることなく、地域の持つポテンシャルを最大化し、新たな価値を創造する。なごのやは、名古屋に根差し今に受けがれる、深淵なる喫茶文化の新たな担い手なのである。

infromation
愛知県名古屋市西区那古野1丁目6-13
052-551-6800
info@nagonoya.com
営業:11~18時(L.O 17時) ラウンジ利用:18~22時(要事前予約)
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タビノリSTAFF
『タビノリ』は、旅の楽しさは、旅のはじまりである「移動」から、旅前の準備、ふとした寄り道、車窓から見つけるお気に入りの風景など、旅の余白に目を向け発信していくメディアです。また、旅をその周縁のものと組み合わせ、定番の旅先や新しい旅の提案などを仕掛けていきます。
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