
名古屋の老舗家具メーカー「ナゼロ」が導く世界のモダンデザインと福祉椅子の関係性 [名古屋特集]

タビノリSTAFF
- 2025年10月03日
エリエロ・サーリネン、エーロ・アーロニオ、ヴェルナー・パントン、ロン・アラッド……、建築やインテリア好きでなくても一度は目や耳にしたことがあろう、世界的デザイナーの作品が、モダンな空間に展示されている。ここはミュージアムでもなければ、家具ショップでもない、愛知県刈谷市に本社を置く家具メーカー「NAZERO(ナゼロ)」の社屋内だ。

モダンなデザイナーズ家具と医療介護用ユニバーサルデザインをつなぐもの
愛知・三重・岐阜の東海3県にまたがる日本有数の工業地帯、中京工業地帯は京浜・阪神と並び三大工業地帯に数えられるニッポンのものづくりの中核をなすエリアだ。愛知県三河地方の西に位置する刈谷市は世界的な自動車メーカー、トヨタ自動車が主要なグループ企業の本社を構える“自動車工業立国”なのだが、家具製造が盛んな地域でもある。「カリモク」で知られる刈谷木工も同地に本拠を構えているといえばお分かりいただけるだろうか。
東海道新幹線「名古屋」駅から、レンタカーで高速道路を経由し約30分程。のどかな田園地帯に明らかに異質なモダンな建造物が見えてくる。遠目からそこがナゼロ本社であるとわかった。



本社一階、受付前には世界的デザイナー、ロン・アラッド氏の作品、全長3m弱の「ビクトリア・ソファ」が鎮座。奥のスペースには、北欧フィンランドのデザイナー、エーロ・アーロニオ氏が手掛けた「ポニー」、「パステルチェア」、「バブルチェア」などが並ぶ。
現代美術のミュージアムでも訪れたかのような色鮮やか空間の奥に、さきほどの華やかな印象とは趣が異なる、明るい木目と落ち着きのある張地のチェアやソファが整然と並んでいる。ここは、ナゼロの主力商品である医療介護施設向けの業務用椅子のショールームだ。
そもそも、ナゼロとはどんなメーカーなのだろう。屋号であるナゼロへ改名する以前の名称は「名古屋椅子工業」。創業は1905年まで遡る、農機具の製造からはじまった100年企業だ。戦時中、中島飛行機(自動車メーカー「スバル」の前身)の協力工場として航空機部品の製造を手掛けたことも手伝い、戦後スチールパイプの加工技術を磨き、オートバイのハンドルやエキゾーストパイプを製造。折からのオートバイブームの時流に乗り、その流れで小型自動車の製造を試みる中、スチールパイプを用いた金属製椅子の製造にも着手。これが日本におけるスチールパイプ椅子のパイオニアとなり、以後椅子の製造メーカーとして、特にパチンコ屋やホテル、レストラン、喫茶店といった業務用椅子に注力した専門メーカーに舵を切った、というのが大まかな沿革だ。

BtoBの製造メーカーである一方で、1980年代からは海外のデザイナー家具の輸入にも着手。2000年代前後に起きた日本国内でのデザイナーズ家具ブーム以前から、彼らの作品を日本に紹介するのに一役買ってきた、デザイン感度の高いインポーターでもあったのだ。
一般家庭向けとはことなる業務用椅子に求められる機能性と、世界的なモダンデザインに対する知見、そうした素地がナゼロの方向性を決定づけていく。
流れが変わったのは1996年、名古屋大学と産学共同研究の一環として、病院、高齢者施設用の家具開発をになったことに始まる。業界が生産拠点を海外へ移し産業の空洞化が進む中、コスト安の海外製品と競合しない、国内メーカーとしての生き残り策を模索する彼らは、その後医療介護用途の業務用椅子に注力。大手病院や巨大資本の介護施設との共同開発、様々な特許の取得などを通じ、国内におけるこの分野のリーディングブランドとしての地位を確立したのだ。
パンデミックが変えた医療介護用椅子の世界
一般に業務椅子と聞いて思い浮かぶのは、張地や素材、高さを設置場所に合わせてカタログから選ぶといったものだろうか。ナゼロの製品も基本的にはそれと共通だ。だが、福祉用途の椅子となると、求められる機能は一般的な業務用椅子とは大きく異なってくる。
ここではブランドを象徴する代表的な製品を紹介したい。下の写真「スリーパーソファー+」は、医療施設の待合室や病室の設置を考慮した製品。一見は小ぶりな二人掛けソファーだが、実は両サイドがエクステンション式になっており、背もたれのクッションを差し込むことでフラットになり、緊急時に臥床したり、入院患者の付き添い人が仮眠を取れるベッドとして使い分けることが可能だ。
「オアシス」シリーズは、病院の待合室に設置することを考慮した製品。一般に小規模な病院の椅子として想像するものは、多人数が一度に座れる長いソファなどだが、一名分空けて着座するソーシャルディスタンスが叫ばれたパンデミック以降、距離を離してセパレートできる一人掛けタイプやパーテーションのあるタイプが求められているという。またサイドのパネルの高さは患者の気配が感じられる(頭が見える)高さのものが複数用意されているという。
下は彼らの介護椅子のベストセラー「ホールドチェア」。体幹を安定させ、長時間の着座でも利用者の負担を抑える一方で、立ち上がりやすいのに前にすべりにくい座面など、高齢者のADL(Activities of Daily Living=日常生活動作)を考慮した設計。さらに、利用者が着座したまま介護者が運びやすいハンドルや強度を確保。一般に事務用の応接椅子の旧JIS規格での適合強度試験が4000回でクリアするのに対し、ナゼロでは12000回を基準とするなど、オーバースペックとも思える安全性、安心性も彼らが支持される理由だ。
手前の6角形のテーブルはグループホームなど、小規模な高齢者施設を想定した製品。特徴的な形状は、利用者の対面でなく食事介助などがしやすい角度であり、長方形のテーブルよりも利用者同士のコミュニケーションがはかりやすい上、車椅子利用者がひじ掛けに手を置いた際、テーブルに手を挟むなどの事故を防ぐなど、介護現場の様々なニーズに応えるデザインが細部にまで行き届く。
世界トップレベルのエンジニアリングやデザインを体感する名古屋のモノづくり
先の大戦中、世界随一と謳われた零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の生まれ故郷でもある愛知県。現在でも航空機産業、鉄鋼業、石油化学工業、繊維工業などが発展した背景には、戦後解体された軍需産業のエリートエンジニアたちが、平和産業でその力を発揮し、トヨタ自動車や旧国鉄の東海道新幹線などへと繋がったとされる。
明治時代から発展を続け、製造品出荷額と従業員数ともに日本最大規模を誇る日本のものづくりの最前線には、トヨタ自動車以外にも、かくも素晴らしき世界的メーカーが数多く存在しているのだ。
ナゼロの椅子は、残念ながら一般ユーザーが直接購入することはかなわないが、本社ショールームでは実際に彼らのこだわりの製品に座り、体感できるかもしれない。医療や福祉関係の業界関係者ならずとも、一度訪れてみてはいかがだろう。

infromation
愛知県刈谷市今川町花池53番地〒448-8540
0566-36-1321 (カスタマーサービス 担当者 )
営業 9 ~ 17時 ※ナゼロ本社ショールームは原則、バイヤーや販売店担当者を通じた予約制。
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『タビノリ』は、旅の楽しさは、旅のはじまりである「移動」から、旅前の準備、ふとした寄り道、車窓から見つけるお気に入りの風景など、旅の余白に目を向け発信していくメディアです。また、旅をその周縁のものと組み合わせ、定番の旅先や新しい旅の提案などを仕掛けていきます。
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