
東京デフリンピック 男子ロードで藤本が銅メダル MTBでは北嶋湊4位など日本勢全員が入賞
Bicycle Club編集部
- 2025年11月27日
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11月17日から25日にかけて、静岡県伊豆市の日本サイクルスポーツセンター(CSC)で開催された「第25回夏季デフリンピック」。アジア初開催となった聴覚障害者のためのスポーツの祭典で、自転車日本代表チームが躍動した。男子ロードレースで藤本六三志が銅メダルを獲得し、MTBでは出場した3選手全員が入賞を果たすなど、静寂の中で熱い戦いが繰り広げられた自転車競技を井上和隆がレポートする。
アジア初開催 伊豆CSCで繰り広げられた「静寂と熱狂」の9日間

世界中のデフアスリート(聴覚障害者)が集う「デフリンピック」が、ついに日本・東京(自転車競技は静岡)で開催された。会場となったのは、伊豆市にある日本サイクルスポーツセンター。アップダウンの厳しい難コースとして知られるこの地で、世界の強豪たちを相手に日本代表「デフジャパン」が歴史に残るリザルトを残した。

大会期間中の会場は、彬子女王殿下が御来場された25日をはじめ、連日多くの観客で賑わった。音のない世界で戦う選手たちに対し、両手をひらひらと振って称える「サインエール」が沿道の観客から送られ、静寂の中にも確かな熱狂が満ちる独特の雰囲気に包まれた。
男子ロード:競技歴わずか1年半の新星、藤本六三志が銅メダル
大会4日目の11月22日に行われた男子ロードレース(100km)。この過酷なレースで表彰台の一角を掴み取ったのは、日本の藤本六三志だった。

驚くべきは、藤本の競技歴がわずか1年半であることだ。経験豊富な世界のベテラン勢を相手に、平均時速32.6km/hというこのコースとしてはハイペースな展開にも食らいつき、見事3位でフィニッシュラインを駆け抜けた。
「静かな大舞台で、自分の力を出し切れた」
レース後、そう語った藤本。短期間で急成長を遂げた新星が、ホーム開催の大舞台で日本自転車界に新たな希望をもたらした。
MTB XCO:北嶋湊がメダルに迫る4位、箭内・早瀨も入賞し全員が結果残す
ロードレースの熱気が冷めやらぬ中、オフロードでも日本勢の奮闘が光った。大会5日目のショートトラック(XCC)では惜しくも入賞を逃した日本チームだったが、最終日となる11月25日のクロスカントリー(XCO)でその底力を見せつけた。

女子XCO(クロスカントリー)では、北嶋湊が素晴らしい走りを見せた。世界の強豪を相手に粘り強いペダリングを続け、4位入賞を果たした。また、同レースでは早瀨久美も7位、女子日本代表の2名が揃って入賞という快挙を成し遂げた。

男子XCOでは、箭内秀平が気迫の走りで8位に入賞した。これにより、XCOに参戦した日本代表3名全員が入賞(8位以内)という素晴らしい成果で大会を締めくくった。

「自転車競技最終日で、有終の美の期待を背負っていたので、最終完走者が日本人という、神様からのプレゼントのような…凄く安堵してます」と、レース後に箭内は安堵の表情を浮かべた。
伊豆CSC特有のハードなコース設定に対し、箭内は冷静かつ大胆に攻めた。スタート直後の難所「天城越え」では、これまで走ったことのないラインを選択して有利な位置を確保。「浄蓮の滝」や「枯山水」といった名物セクションのAライン(難易度の高いライン)をそれぞれ8回ずつミスなくクリアするなど、テクニックが冴え渡った。
レース終盤、「残り2周で両脚がつりまくった」という極限状態に陥ったが、コース脇から送られるサインエールの力を借りてフィニッシュへ。「サインエールには鳥肌が立ちました。実はスタートから泣きそうになりました」と、観客との一体感が背中を押したことを明かした。

末政実緒監督は「 自国開催、そして過去にない規模感でのデフリンピックで、選手たちはとてつもないプレッシャーの中、本番を迎えたと思います。 それでも応援を力に変えて、ベストパフォーマンスを魅せてくれました。 XCOでは平日にも関わらず、たくさんの方が会場に足を運んでくださいました。 このデフリンピックが、「競うレース」から「魅せるレース」へと進化したのは、選手自身がその価値を走りで創り上げたからだと誇りに思っています。 たくさんの応援、本当にありがとうございました」と大会を振り返った。
夫婦で挑んだ集大成、そして平和への祈り

今大会、特別な想いを持って挑んだのが早瀨久美・憲太郎夫妻だ。長年デフ自転車界を牽引してきた二人は、これまで夫婦揃ってロードとMTBに参戦。今大会を「集大成」と位置づけ、事実上の引退を示唆するコメントも残している。二人の走り、そしてその背中は、次世代のデフアスリートたちに大きな影響を与えたはずだ。

また、今大会にはロシア・ベラルーシの選手が中立資格「DINA(Deaf Individual Neutral Athlete)」として参加した。ICSD(国際ろう者スポーツ委員会)の声明により、握手や国旗掲揚が禁止される異例の緊張感の中での開催となったが、レースを通じて互いに敬意を払い、距離を保ちながらもスポーツマンシップに則ったクリーンな戦いが繰り広げられた。
地元・伊豆の応援に支えられた大会

大会終盤の11月24日(土・勤労感謝の日)から最終日の25日(火)にかけて、会場はかつてコロナ禍で観客を迎えられなかった東京オリンピックをも凌ぐ盛り上がりを見せた。伊豆市の地元出店が並び、手話による応援のレクチャーや、メリダジャパンによる最新モデルの試乗会、キッチンカーなど多彩なコンテンツが来場者を楽しませ、まさに「祭典」の名にふさわしい賑わいを見せた。 さらに、平日の火曜日には地元の小学生たちが課外授業としてレースを観戦。選手たちの真剣な走りに目を輝かせ、音のないコミュニケーションの力を体感する貴重な学びの場となったことも見逃せない。

静寂と熱狂が交差した9日間。TOKYO 2025は、単なる競技大会という枠を超え、「音のないコミュニケーションの力」を世界に示す場となった。メダルを獲得した藤本をはじめ、世界と対等に渡り合った日本チームのさらなる飛躍に期待したい。
リザルト
男子スプリント
1位 ジェイソン・ウォレス(アメリカ)
2位 ソン・ジャオジャオ(中国)
3位 ガオ・シャン(中国)
7位 郷原輝久(日本)
19位 藤本六三志(日本)
29位 田中航太(日本)
34位 早瀨憲太郎 (日本)
女子スプリント
1位 アリサ・ボンダレワ(DINA)
2位 ワン・チーチー(中国)
3位 エリザヴェータ・トプチャニュク(ウクライナ)
9位 簑原由加利(日本)
女子ポイントレース
1位 メン・ヤン(中国)52pt
2位 ワン・チーチー(中国)19pt
3位 ビアンカ・メッツ(ドイツ)18pt
DNF 簑原由加利(日本)
男子ポイントレース
1位 ドミトリー・ロザノフ(DINA)57pt
2位 コ・ビョンウク(韓国)29pt
3位 アンドレ・ソアレス(ポルトガル)18pt
7位 藤本六三志(日本)9pt
DNF 早瀨憲太郎 (日本)
DNF 田中航太(日本)
男子個人タイムトライアル(25km)
1位 ドミトリー・ロザノフ(DINA)40:05.12
2位 アンドレ・ソアレス(ポルトガル)42:34.32
3位 コ・ビョンウク(韓国)42:34.79
11位 藤本六三志(日本)44:13.54
26位 早瀨憲太郎 (日本) 48:04.58
28位 郷原輝久(日本)48:59.92
女子個人タイムトライアル(15km)
1位 ホイ・ロン(マカオ)28:29.76
2位 ビアンカ・メッツ(ドイツ)29:13.19
3位 ワン・チーチー(中国)29:28.31
16位 簑原由加利(日本)33:44.75
19位 早瀨 久美(日本) 36:11.68
男子ロードレース(100km)

1位 ドミトリー・ロザノフ(DINA)2:58:28
2位 エゴール・ガブリロフ(DINA)3:00:50
3位 藤本六三志(日本)3:04:01
女子ロードレース(50km)

1位 メン・ヤン(中国)1:47:51
2位 ワン・チーチー(中国)1:47:51
3位 エリザヴェータ・トプチャニュク(DINA)1:47:54
11位 簑原由加利(日本)1:54:45
女子MTB XCC(ショートトラック)

1位 アンナ・ポレツコワ(DINA)22:40.24
2位 エリザヴェータ・トプチャニュク(ウクライナ)+12.83
3位 パトリツィア・クチンスカ(ポーランド)+23.38
9位 早瀨久美(日本)-3Laps
10位 北嶋湊(日本)-4Laps
男子MTB XCC(ショートトラック)

1位 アレクセイ・クドリン(DINA)21:44.15
2位 アレクセイ・ボジコ(DINA)+38.72
3位 パヴェウ・アルチシェフスキ(ポーランド)+48.32
9位 箭内秀平(日本)-3Laps
女子MTB XCO(クロスカントリー)

1位 エリザヴェータ・バヴィキナ(DINA)1:26:13.91
2位 エリザヴェータ・トプチャニュク(ウクライナ)+1:43.48
3位 アンナ・ポレツコワ(DINA)+3:29.23
4位 北嶋湊(日本)-2Laps
7位 早瀨久美(日本)-3Laps
男子MTB XCO(クロスカントリー)

1位 アレクセイ・クドリン(DINA)1:27:22.12
2位 アレクセイ・ボジコ(DINA)+16.46
3位 ジョン・クリッシュ(アメリカ)+1:06.97
8位 箭内秀平(日本)+11:00.35
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- CREDIT :
- 編集:バイシクルクラブ編集部 文と写真:井上和隆
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