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スペイン自転車界におけるシクロクロスの変遷 熱狂のベニドルムW杯に見る「ロード大国」の変化

2026年1月18日、スペインのベニドルムで開催されたシクロクロスのワールドカップで、優勝したマチュー・ファンデルプール(アルペシン・プレミアテック、オランダ)と2位のティボー・ネイス(バロワーズ・フェルゼケリンゲン・ヘット・プーツビュロー・ライオンズ、ベルギー)に次いで、スペイン人のフェリペ・オルツ(リドレーレーシングチーム)が3位となった。

自転車競技の中でも、伝統的にロードレースやトラック競技が強いスペインにおいて、シクロクロスはヨーロッパで戦える選手がほとんどいない競技であった。しかし近年その流れは変わり、多くのスペイン人サイクリストがシクロクロスに挑戦し、オルツのように国際的に活躍する選手も現れている。

スペイン自転車界においてシクロクロスという競技は、どのような変化を遂げてきたのだろうか。

伝統的にスペイン北部で盛んだったシクロクロス

2014年のシクロクロス世界選手権でTOP20に入ったヨナタン・ラストラ(写真左)。写真は2025年のイツリア・バスクカントリー第6ステージ。

「シクロクロスの初代スペインチャンピオンは、1929年のホアキン・イトゥリである」と聞くと、驚く自転車ファンはきっと多いに違いない。また「スペインでシクロクロスの世界選手権が開催されたことがある」と聞いて、すぐに信じられるファンもそう多くはないだろう。

実はスペインでも、シクロクロスのレースは長い歴史を持っている。かつてスペインは、シクロクロスの世界選手権が何度も開催された場所でもあった。1953年のオニャーテ、1960年のトロサ、1966年のベアサイン、1974年のベラ・デ・ビダソア、1978年のアモレビエタ、1981年のトロサ、1990年のゲチョと、全部で7回(6カ所)も、シクロクロスの世界トップクラスがアルカンシェルをかけてスペインで戦っていたのである。こうした歴史を見ると、スペインは昔からシクロクロスに関心があったし、実際にレースが行われていた国であったことがわかる。

しかし同時に、スペインの地理に詳しい人がこの6カ所の開催地を見れば、全てスペイン北部のバスクやナバラ地方の地名であることに気が付くだろう。

スペインでもシクロクロスのレースは昔から開催されていたものの、それは北部のバスク、アストゥリアス、カンタブリア、ガリシア等に限られていた(なお、今でもスペインでのレースの大部分は、これらの北部で開催されている)。そのため、今でもスペイン北部の自転車関係者に会うとシクロクロス経験者は多いし、本場であるオランダやベルギーに単身飛び込んで武者修行をしたことのある人も存在する。しかし、そうしたチャレンジのほとんどは、ベルギーやオランダの厚い壁に跳ね返されてしまう結果に終わっていた。

こうしたこともあり、多くのスペイン人にとってシクロクロスは「バスクあたりで、ロードの選手が冬の間にトレーニングとして行うもの」と考えられていた。実際、ロード選手がシクロクロスの選手としてよく知られているケースもあり、ヨンとゴルカのイサギレ兄弟は若いころから冬にシクロクロスに出場している。また、今年(2026年)コフィディスからエウスカルテル・エウスカディに移籍したヨナタン・ラストラは、ロード選手になる前にシクロクロス選手として活躍し、2014年の世界選手権(U23カテゴリー)でTOP20に入ったこともある。

フェリペ・オルツの活躍で、シクロクロスがスペイン全国区のスポーツに

8年連続でスペインチャンピオンとなったフェリペ・オルツ。2026年のベニドルム・ワールドカップにて。

スペインにおいて、シクロクロスは北部を中心に昔から親しまれていた競技ではあったが、ロードレースと比べるとシーズンが短いため、スポンサーを探すのが困難だった。そのため、全スペイン的に名前を知られる選手がなかなか現れなかったのである。

そのシクロクロスを一気にスペイン全国区のスポーツに変えた主役が、先日のベニドルム・ワールドカップで表彰台に立ったオルツである。

オルツはベニドルムにも近い、ビリャホヨサの出身。もともとシクロクロスだけでなく、様々な自転車競技種目を経験していた。実際にロードレースでもアマチュアのステージレースで優勝するなど、基本的な走力は十二分に持っている選手であった。

実はベニドルムを擁するバレンシア地方は、2000年代から冬にシクロクロスのレースを積極的に開催するようになった地域である。1995年生まれのオルツは、そうした流れの中でシクロクロスも経験するようになった。

2015年にオルツはスペイン選手権U23カテゴリーで優勝すると、ベルギーやオランダをはじめとする国外レースを経験するようになる。ちなみに、オルツが初めて優勝したスペイン国外のUCIレースは、2017-2018シーズンに開催された日本の「宇都宮シクロクロス」であり、翌シーズンの同レースでも優勝している。

そして、オルツが国際的なレースに積極的に出場するようになると、スペインのマスコミが徐々に注目しはじめた。特に2019-2020シーズンごろからスペインのTVでも本場のシクロクロスが中継されるようになり、オルツの走りが多くの人の目に留まるようになった。

そうして「シクロクロス選手=フェリペ・オルツ」とスペインの自転車ファンに認識されるようになった2022年、彼の地元でもあるベニドルムがワールドカップの開催地となることが発表された。

オルツはあるインタビューで次のように話したことがある。「僕はスペイン人で、雪の降らないアリカンテ出身のシクロクロス選手。スペインのシクロクロス界でも、ヨーロッパのシクロクロス界でも、僕は変わり者なんだ」

これからのスペインにおけるシクロクロスは

ベニドルムでの子供たちのレース。50人近くの子供たちが参加した。

オルツの活躍により、スペインにおいてシクロクロスは「北スペインだけの競技」ではなく、全国で積極的に開催されるようになった。しかしそれでも、重要なチームや選手は北スペインから輩出されることが多いのが現状だ。

インタビューに応えるベンハミン・ノバル

例えば、今回のベニドルム・ワールドカップのジュニア男子で4位になったスペイン人選手、ベンハミン・ノバル(ネスタ・MMRサイクリングチーム)はアストゥリアス出身の16歳。ロードレースとシクロクロス2種目でジュニア男子のスペインチャンピオンであり、2027年からイネオス・グレナディアーズとの契約が決まっている。ちなみに、ノバルは2025年のベニドルムのレースでも、ジュニア男子で4位となっている。(せいちゃん注:彼の名前でピンときた人もいるかもしれないが、彼の父であるベンハミン・ノバルは、ランス・アームストロングやアルベルト・コンタドールの名アシストとして活躍した選手である)

いまやシクロクロスはスペイン全土で楽しまれる競技である。レースがあると、ほとんどの会場で子供たちのレースもあり、補助輪をつけた自転車を一生懸命に押す子供の姿に声援を送ることは、おなじみの風景である。

今回のベニドルム・ワールドカップでは1万5000人以上の人々が会場で観戦した。その70%はスペイン国内に住む人であったという。

近い将来、第2・第3のオルツやノバルが現れ、スペイン人が冬にシクロクロスのレースを走ることが見慣れた風景となる日は、そう遠くはないのかもしれない。

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Bicycle Club編集部

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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。

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