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SUPレーサー・来間翔太さんによる来間島~多良間島、52㎞SUP海峡横断の挑戦

SUPレーサー・来間翔太さんによる、沖縄・来間島から多良間島まで約52kmをSUPで海峡横断する挑戦。成功した暁には、この横断ルートを「KURIMA TARAMA」という航路として未来に残すことを目指す。沖縄の海は世界に誇れる挑戦の舞台だという価値を、次の世代の子どもたちに伝えるために。

文◉阿部 静
写真◉来間翔太

来間島~多良間島、SUP海峡横断への挑戦にいたった経緯

ハワイで開催される世界選手権「Molokai to Oahu」での来間翔太さん。世界的に難しい海峡として知られるモロカイ島~オアフ島の海峡横断だ。2023年には部門別で世界一を勝ち取った。

国内外でSUP(スタンドアップパドルボード)のレーサーとして活躍する沖縄出身の来間翔太さん。ハワイで毎年開催される、モロカイ島~オアフ島間の52㎞に及ぶ海峡を横断する世界選手権では2023年に14フィートのクラスで1位、2024年には2位という輝かしい成績を残している。2025年はさまざまな事情が重なり出場を断念したが、来間さんはそこで新たな気づきを得た。

自分は果たしてハワイの世界選手権に出ることが目的なのか。いや、そうではない。SUPレーサーとして厳しいコンディションのなかエクストリームな海峡に挑戦し、パフォーマンスを発揮したいのだと。

世界選手権の舞台であるモロカイ島とオアフ島の海峡には偏西風の影響によりまっすぐ東風が吹く季節がある。これにより建物の3階ぐらいの高さのうねりがずっと続く、非常に厳しいコンディションのなか大会が行なわれる。そんな、世界的にも難しいとされる海峡に似た環境が、身近にあると気づいたのだ。それが自分の故郷である沖縄の来間島と多良間島の海峡だ。

自分のルーツの海を漕ぐ

来間島とは、沖縄本島から南西に離れた宮古島に付随するようにある離れ小島で、宮古島から橋で渡ることができる。来間さん自身は沖縄本島出身だが、両親の出身は宮古島で、さらにルーツをたどると来間島にある。苗字からもそれがわかるが、宮古島には来間島から渡ってきたとされる来間姓の住民がたくさんいるのだ。

つまり、来間さんにとって来間島は自分のルーツであり、なじみ深い場所である。その来間島から、ちょうど52㎞離れたところに浮かぶ島が多良間島だ。そう、その距離は偶然なことにハワイの海峡横断世界選手権と同じ距離だったのだ。なおかつ、この海峡横断には同じぐらいの難しさがあることが予想される。来間島と多良間島の間の海底には深い谷があり、その影響でつねに激しいうねりを生む地形だからだ。そのため、この海峡をSUPで横断した記録は、いまだかつてない。ただ、過去には琉球伝統の小舟「サバニ」で渡ったとされる史実が残されている。「久松五勇士」と呼ばれる5人の漁師たちの功績だ。

宮古島の島民の英雄、「久松五勇士」

宮古島にたつ、久松五勇士を讃えた記念碑。

久松五勇士とは、日露戦争のときにロシア軍の艦隊が接近していることを知らせに、来間島から多良間島、さらにその先の石垣島へとサバニで渡った漁師たちだ。当時の石垣島には連絡手段がなかったためだ。厳しい海峡を渡った彼らのことを宮古島と石垣島では英雄と讃え、島民で彼らを知らない人は、まずいないだろう。

子どものころから宮古島に通っていた来間さんにとっても久松五勇士は英雄であった。彼らをリスペクトし、その英雄たちの足跡をたどり、さらに次の世代に継承していきたい。この海峡横断にはそういった想いも込めていた。そして、いつしか来間さんにとって、いつか必ず達成したい夢のコースとなったのだ。

2026年3月12日、日の出とともに来間島を出発

日の出とともに多良間島へ向かって大海原へと漕ぎ出でる。

ついに出発の朝がやってきた。非常に厳しい海峡であることから、天候と潮の満ち引きのタイミングを綿密に計画し、3月12日の朝7時10分ごろに来間島を出発。干満の差が1年でもっとも小さくなる小潮の期間で、風の弱い日を選んだのだ。

3月12日時点の沖縄の日の出時刻は6時50分。出発時にようやく日が昇りだし、大きな太陽が海上に道筋をつくるように照らしている。

世界選手権以上の難しさ。気候と海峡の地形の複雑さを物語る

想定外の激しいうねりに立ち向かいながらも進路をゆく。

比較的うねりが少ない日を選んだはずなのに、うねりが激しく厳しいコンディションであった。

「自分のこれまでの経験で、風が弱ければうねりも小さくなるだろうと思っていたんです。だけどまったくそんなことがなくて、かなり激しいうねりでした。自分の身長の3倍ぐらいの波に揉まれて。ハワイの選手権以上に、相当難しいものでした」

なんと、3方向からうねりが入っていたという。沖縄では季節風により夏には南風が吹き、冬には北風が吹くが、ちょうどいまの時期は季節の変わり目であるため風向きが不安定で南からも北からも風が吹く。また前日の強風によるうねりも残っていたのだ。海底の地形が複雑なために少しの風でも影響を受けやすく、それが複雑で大きなうねりを生み出していた。

「単純なうねりだったらまだ安定して乗ることができますが、海底がごちゃ混ぜになったような複雑なうねりになっていたので安定して乗ることができなくて本当に難しかったです。大潮のときには一体どうなってしまうんだろうと……この海峡の厳しさを身をもって感じました」

およそ6時間20分後、ついに多良間島へ到達!

海峡を横断し、来間島を出発してから6時間20分後、ついに多良間島の海岸に到達!

多良間島はパンケーキのような平べったい島なので、しばらく島影が見えない。厳しい海峡を越え、35㎞ぐらいから、ようやく島の鉄塔がうっすらと見え、多良間島だとわかる。フェリーの通過なども待つこともあり、立ち止まったりしながらも、ついに6時間20分後に多良間島へたどりついた。52㎞に及ぶ、SUPにおいては前人未踏の海峡横断を達成したのだ。

海峡横断を応援し、駆けつけてくれた多良間島の仲間たち。

多良間島では島民のみなさんが出迎えてくれ、海峡横断達成を祝福。この海峡横断が達成できたのは、支えてくれた宮古島と多良間島の島民のみなさんのおかげでもある。

島の平和と繁栄を祈って。“ウタキ”を“うがむ”

多良間島に到着後、「普天間御嶽」にて島の平和と繁栄をうがむ。

沖縄のいたるところに御嶽(うたき)と呼ばれる神社でも寺でもない、先祖や自然の神々に祈りを捧げる場所がある。そこで拝むことを沖縄の方言で“うがみ”という。来間さんの今回の挑戦には文化の継承や、島の平和や繁栄に対する想いも込めている。なので来間島でも海の神を祀る「竜宮の御嶽」にうがんで出航し、たどり着いた多良間島の「普天間御嶽」でも来間島から持ってきたお供え物を奉納し、うがみ、この挑戦の締めくくりとした。また、漕ぎ渡ることでも祈りを捧げることになると来間さんは話す。

沖縄の子どもたちのために。世界レベルの海峡「KURIMA TARAMA」を多くの人に知ってもらいたい

登山のルートやクライミングルートと同様に、海の世界でも、だれかが達成することで、その航路に名前が付けられ確立されていく。来間さんは海峡横断達成の暁に、この航路を「KURIMA TARAMA」と名付けた。世界レベルに引けを取らない魅力が詰まっている海峡。多くのパドラーがこの航路を漕ぐことで知名度が上がり、価値が上がり、世界的に知れ渡ることになるだろう。

「世界各国のパドラーに漕いでもらいたいと思っています。彼らが国に持ち帰って、あの海峡はすごかったと、多くの人に伝わっていくことが、この沖縄という島にできる最大の恩返しだと思っています」

子どものころ、地元の海は米軍基地の海であり、観光客のための海であったため、海のそばに住んでいながら海と縁遠く、劣等感があったという来間さん。そして、いまもなお、沖縄に住む多くの子どもが同じ思いを抱えている。来間さんはSUPと出逢ってから自分の海と感じられるようになることができ、誇りを取り戻せたという。

「琉球処分と同時にサバニが禁止されたという歴史背景も、沖縄の人と海を切り離す原因のひとつでもあると思います。僕が初めてSUPで海峡横断したときに、DNAレベルで大きな喜びを感じたんです。僕にも琉球の血が流れていて、民族としての喜びが爆発したのだなと思いました。その体験を、ひとりでも多くの沖縄の子どもたちに感じてほしい。この海峡横断の挑戦をとおして、自分たちには誇れる海があるんだという、希望になってほしいですね」

SUPレーサー/来間翔太

1986年沖縄県出身、沖縄育ち。20代のころにSUPと出逢い、SUPレーサーへ。世界最高峰の海峡横断レースである「Molokai to Oahu」2023年大会で部門別世界一に。レースをとおし、過酷な自然環境下で自分自身と向き合い続けてきた。現在は競技活動に加え、子どもや初心者向けのSUP体験、海の安全を伝える活動や、地域でのボランティアにも力を入れている。

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PROFILE

フィールドライフ 編集部

フィールドライフ 編集部

2003年創刊のアウトドアフリーマガジン。アウトドアアクティビティを始めたいと思っている初心者層から、その魅力を知り尽くしたコア層まで、 あらゆるフィールドでの遊び方を紹介。

フィールドライフ 編集部の記事一覧

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