
大怪我からの復帰と母としての挑戦。末政実緒のアジア開催MTBワールドシリーズ韓国参戦レポート
Bicycle Club編集部
- 2026年05月16日
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韓国・MONA YONGPYONG(モナ龍平)で開催された「WHOOP UCI Mountain Bike World Series」。アジアでは実に25年ぶりとなるダウンヒル・ワールドシリーズであり、クロスカントリーにおいてはアジア初開催となる歴史的な大会だ。
この世界最高峰の舞台に、日本のトップライダーである末政実緒が挑んだ。
2023年に負った大怪我と長く過酷なリハビリ、母となってからの挑戦、そして10年ぶりに体感した「世界基準」の走り——。自身のプロジェクト「Ride with me」を通じて世界の最前線を走った末政選手から、現地の熱気と挑戦の軌跡を綴った貴重なレポートがバイシクルクラブ編集部に到着した。
アジア開催のワールドシリーズで見えたもの

アジアでは25年ぶりとなるダウンヒルワールドシリーズ、そしてクロスカントリーとしてはアジア初開催となる「UCI Mountain Bike World Series」が、韓国・MONA YONGPYONGで開催されました。
怪我から競技復帰まで

私自身、最後に世界レベルのコースを走ったのは2016年の世界選手権。その後、出産、そして2023年には左肩脱臼と神経損傷という大怪我を経験しました。
怪我直後は左腕がほとんど動かず、肘や肩も上げることが出来ませんでした。
指も開いたまま曲げることが出来ず、娘と左手で手を繋いで歩くことも出来ませんでした。さらに感覚もほとんどなく、左手で物に触れている感覚も分からないような状態でした。
「また以前のように乗れるのだろうか」という不安はありました。
一方で、不思議と「きっとまたマウンテンバイクには乗れるようになる」という感覚もありました。
そのため、早い段階から少しずつ自転車にも乗り始め、身体の使い方や感覚の手がかりを探していきました。セラピストの方々にも協力していただきながら、マウンテンバイクを競技レベルで走れる身体を取り戻すためのリハビリに取り組んでいきました。
怪我から約1年後でも、左手の握力は4kg程度でした。
また、手の筋肉も大きく痩せてしまい、指も思うように動かず、以前とは全く違う手になっていました。それでも少しずつ出来ることは増え、ジャンプを飛べるようにもなっていきました。
怪我後、地元で開催されたダウンヒルシリーズを観に行った時、まだブレーキを握れるようになったばかりの状態でしたが、「来年はここを走る」と決めました。
翌年レースへ復帰したものの、思うような走りは出来ず、勝つことも出来ませんでした。
それでも、「次の全日本選手権では絶対に勝つ」と決め、昨年の全日本選手権で優勝しました。ただ、周囲が思っていたほど、自分の中では「戻ってきた」という感覚はありませんでした。
勝てた嬉しさよりも、「以前と身体の使い方が違う」という違和感の方が強く残っていました。
もっと自然に身体を使えるようになりたい。もっと回復したい。
そんな中で飛び込んできたのが、アジアでのワールドカップ開催のニュースでした。
さらに、全日本チャンピオンに出場権が与えられることを知り、「出られたらいいな」ではなく、「出たいから出る」という目標へ変わっていきました。
今振り返ると、自分の中では“世界に挑戦したい”という気持ちだけではなく、“もっと以前のように身体を使えるようになりたい”という思いも強かったのだと思います。
だからこそ、もう一度世界のコースを走ってみたいと思いました。
怪我をした直後は、まさか再びこの舞台を走ることになるとは思ってもいませんでした。
それでも、「また以前のように身体を使えるようになりたい」という気持ちを持ち続けたことが、少しずつ今回の挑戦へ繋がっていったのだと思います。
韓国遠征を支えた国際交流

今回の遠征は、本当に多くの人との繋がりによって実現することが出来ました。
現地でサポートしてくださったGwacheon MTB Clubの皆さんとの繋がりは、オフロードバイシクル九州の皆さんが20年以上に渡って続けてきた韓国との交流がベースになっています。私自身も以前、韓国へ一緒に走りに行かせてもらったことがあり、今回の韓国開催を通して再び繋がることが出来ました。
今回参戦したいという思いを、オフロードバイシクル九州メンバーでもあり、福岡県筑紫野市でバイクショップ「Hira Bikes」を経営されている平山さんへ相談したことから、韓国側との繋がりや現地サポートへと繋げていただきました。
Gwacheon MTB Clubの皆さんも、当初はワールドシリーズがどれほど大きな大会なのか想像出来ていなかったそうです。その中で平山さんが何度も韓国側と連絡を取りながら、大会の日程や現地で必要になるサポートについてやり取りしてくださり、少しずつ受け入れ体制を整えていただきました。

現地では宿泊や送迎だけでなく、食事まで本当に温かくサポートしていただき、交流を通して改めて人との繋がりの大きさを感じました。また今回は、平山さんにもメカニックとして帯同していただき、遠征全体をサポートしていただきました。

さらに、娘さんも一緒に連れて来てくださったことで、娘も現地で楽しく過ごすことが出来ました。
主人も遠征期間中は、娘と平山さんの娘さん、同い年の子供2人を見ながら遠征を支えてくれており、今回の遠征には欠かせない存在となっていました。
また、Gwacheon MTB Clubの皆さんも子供達を遊びに連れて行ってくださるなど、本当に多くの方々に支えていただきながらの遠征となりました。

母親になってから再び世界へ挑戦することは、自分一人や家族だけでは成り立たないことも改めて感じた遠征でした。それでも、こうした国際交流の中で、自分が挑戦している姿を通して、子供達にも何か感じてもらえるものがあったなら嬉しく思います。
一方で、Gwacheon MTB Clubの皆さんも、実際に現地でコースを見ると、「こんな場所を自転車で走るのか」と驚きながら観戦している様子が印象的でした。
海外チームやブース、各国から集まった観客を目の前で見て、大会そのもののスケールを実感していたようにも思います。
10年ぶりに感じた現在の世界基準

10年ぶりに走った現在のワールドカップは、以前とは大きく変化していました。
近年は海外のバイクパーク環境の充実によって、若い世代のライダー達が日常的に大きなジャンプへ慣れており、平均的なジャンプスキルそのものが大きく底上げされていることを強く感じました。
一方で、荒れた急斜面の林間セクションでは、経験豊富なライダー達の強さも際立っていました。
さらに、限られた試走時間の中でコースへ順応する対応力や、基礎的な走力も以前以上に求められる環境になっていることを感じました。

試走では最後までコースへうまく適応しきることが出来ず、Q1では転倒。
Q2では「まずは転ばずにゴールする」という意識が強くなっていました。
試走段階から最後まで大きなミスなく繋げられた感覚が少なく、まずは一本の走りとして成立させる必要があると感じていました。

日を追うごとにコースは荒れていき、「速く走れるか」以前に、「この一本を無事に下り切れるのか」という感覚も強くなっていきました。
再び世界レベルのコースへ挑戦出来る嬉しさがある一方で、今の自分の身体で本当に最後まで対応し切れるのかというプレッシャーもありました。
特に荒れたセクションでは、自分がまだ世界レベルのスピード域へ十分対応出来ていないことを強く感じました。一方で、こうした過酷な世界レベルのコースへ再び挑戦出来ていることに対する嬉しさもありました。
また、大きなジャンプセクションについても、日本国内では日常的に練習出来る環境が少なく、現在の世界基準との環境差を感じました。
ただ今回は、限られた試走時間の中でコース全体をまとめることに精一杯で、一つ一つのセクションを細かく詰めていけるほどの走力や余裕が、まだ足りていませんでした。
過酷な環境ほど課題は浮き彫りになります。
そして今回も、世界のコースという環境に身を置いたことで、現在の自分に足りないものがより明確に見えた遠征になりました。
世界トップとの差

DH決勝では、現在の世界トップライダー達のレベルの高さを改めて感じました。
特に印象的だったのは、多くの女子ライダー達が大きなジャンプを高い精度で飛んでいたことでした。
ジャンプを飛べることで、その先の速度域自体が大きく上がっており、さらにそのスピードのまま荒れた路面をコントロールし続けていることに、現在の世界レベルの高さを感じ、勝敗を分けたように思います。

最終日は雨の中で行われたクロスカントリー(XC)レースも観戦しました。
XCC、XCOともに、「もし自分がこの中を走ったら」と想像しながら見ていましたが、トップ選手達は平均速度そのものが高く、登りでもほとんどスピードが落ちません。
優勝した選手も自分と大きく体格が変わるわけではなく、単純な体格差ではなく、平均速度を高く維持し続ける走力そのものに大きな差があることを改めて感じました。
Ride with me ─ 一緒に走りませんか?

「Ride with me World Cup Challenge」と題して、活動に賛同してくださった方々や、現地サポート、発信に関わってくださった多くの方々の支えによって今回の挑戦を実現することが出来ました。
そして、多くの方にダウンヒルという競技や、ワールドシリーズという世界を知っていただく機会を作りたいという思いから、今回はフォトグラファー鈴木英之氏にも帯同していただき、新たな遠征の形となりました。
世界へ挑戦したことで感じた課題や経験を、こうした発信や「Ride with me」の活動を通して積み重ねながら、レース活動だけでなく、スクールなどにも繋げていきたいと思っています。
これからも、「Ride with me」と共に学び、成長しながら、たくさんの方と共にマウンテンバイクを楽しんでいけたらと思います。
遠征に関わってくださった全ての皆様、本当にありがとうございました。
使用機材・サポート

使用機材

- バイク: SANTA CRUZ V10 CC
- タイヤ: MAXXIS High Roller 3C maxxgrip DD
- ホイール: MAVIC DEEMAX
- ウェア: DFG WORX RACE GEAR
- ヘルメット: SHOEI X-GRID
- サドル: ERGON SM Downhill Comp Team
- グリップ: ERGON GFR1 Factory
- ゴーグル: OAKLEY Airbrake
- メンテナンスツール: TOPEAK Torq Stick
- タイヤゲージ: TOPEAK SmartGauge D2X
サポート
ウインクレル株式会社 / 株式会社マルイ / マヴィックジャパン株式会社 / 株式会社ダートフリーク / Pro Shop YRS / Sports Aroma Conditioning / DELSOL MTB Fighting Team / FICTION CYCLES
コミュニティ・協力
オフロードバイシクル九州 / Gwacheon MTB Club / Hira Bikes / Ride with me Riders
【末政実緒(Mio Suemasa)プロフィール】

1983年4月1日生まれ。
8歳からバイクトライアルを始め、1996、1997年に世界選手権シリーズチャンピオン。
1998年よりMTBダウンヒルに転向し、2000年〜2016年まで全日本チャンピオンに。
2001年世界選手権ダウンヒルジュニアクラス優勝。
2004年世界選手権ダウンヒルエリートクラス2位。
ワールドカップ最高位3位(2009年)。
2013年よりクロスカントリー競技も始め、2015、2016、2022年に全日本チャンピオン。
2025年、怪我から復帰し全日本選手権に出場。ダウンヒル優勝、クロスカントリー3位。
現在は競技のみならず、安全に楽しく走るためのライディングスクールなども行っている。
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PROFILE
Bicycle Club編集部
ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。
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