マウンテンバイクENSがつなぐ親子と仲間と未来　それぞれの想いが交錯した最終戦・富士見高原

マウンテンバイクのエンデューロシリーズ、ENS（Enduro National Series）。複数のタイムアタック区間をリエゾンでつなぎ、下りのタイムを競うこのシリーズには、0.1秒を削り出すシリアスなレーサーだけでなく、家族や仲間と週末のライドを楽しむライダーたちも多く集う。今シーズンの最終戦となった富士見高原大会で、3組の参加者に話を聞いた。そこには、タイムや順位だけでは語り尽くせない、ENSという場が紡ぎ出す人生の物語があった。

同じコースを走り、同じゲートをくぐるライダーたち。しかし、ヘルメットの下にある事情や目標は千差万別だ。ケガからの復帰を娘と共に歩む親子、このシリーズをきっかけに進路を決めた高校生、そしてライフワークとして仲間と走り続けるベテランライダー。それぞれの視点から、ENSの輪郭を紐解いていこう。

親子で乗り越えた壁と、同じ目線で楽しむ週末

堤 夏海さん・佳乃さん親子（MTB Rally Team ChiyRacing）

「MTB Rally Team ChiyRacing」のジャージを纏い、娘の佳乃さんと並んでスタートラインに立つ堤夏海さん。二人がマウンテンバイクを始めたきっかけは、少し特別な事情があった。

中学1年生の佳乃さんは、もともと活発な少女だったが、交通事故による足の骨折を機にふさぎ込みがちになってしまったという。「運動神経抜群だったのに、ケガをしてからは引きこもりのようになってしまって。また運動してくれないかと願っていた時に、自転車を見て『ちょっとやってみたい』と言い出してくれたんです」。夏海さんは当時をそう振り返る。その一言が、親子の時間を再び外の世界へと連れ出した。

夏海さん自身はフリースタイルスキー・モーグルの出身。雪上で培った世界レベルのノウハウは、驚くほどマウンテンバイクに通じていた。「ペダルの踏み方は板の踏み方に近いですし、スピード域の中で次の展開を読む目線や、恐怖心への対処法も同じ。雪の上で学んだことをそのまま自転車に流用しています」と語り、その経験は娘へのアドバイスにも活かされている。

ふじてんや岩岳などのゲレンデを中心に、時にはチームのホームコースである足利SMPで自走の上りをこなす。搬送で下りを楽しむ日もあれば、地道に上って一本の重みを知る日もある。「マウンテンバイカーは距離感がバグってきますね。ゲレンデまでの3時間移動が『近い』と感じるようになる」と笑う夏海さんだが、その時間の積み重ねが親子の絆と走力を育んできた。

今回のレース、佳乃さんは「上りがとてもきつくて、休んでも疲れが取れない感じがありました」と苦戦した様子。「E-BIKEならもっと速いかも」とこぼしつつも、「もっと体力をつけて、楽しく走れるようになりたい」と前を向く。順位などの数字ではなく、”余裕を持って楽しむ”という等身大の目標だ。

一方、夏海さんは30代クラスでの好走を確信しつつ、機材の工夫についても語ってくれた。「自分も娘も7年落ちくらいのモデルですが、整備を重ねれば十分戦えます」。高価な機材がなくとも、工夫次第で長く遊べる。そんな姿勢を発信することで、親子で楽しむハードルを下げ、いつか「女の子同士で1位を争う」未来が来ることを願っている。

白馬に移住し、カナダを見据える高校2年生

小山颯一朗さん

高校2年生の小山颯一朗さんにとって、この最終戦での表彰台は、苦難のシーズンを締めくくる最高のご褒美となった。「今年は膝の靭帯損傷などケガ続きで思うように走れなかったので、最後に表彰台に乗れて本当に嬉しいです」。穏やかな口調の中に、喜びを滲ませる。

東京・八王子育ちの小山さんがマウンテンバイクにのめり込んだのは、いわゆる”ルック車”が入り口だった。「自然が好きで、買ってもらった自転車で乗っているうちに、気づいたらレースに出るようになっていました」。両親の理解と後押しもあり、その情熱は加速していく。

人生の転機となったのは、ENSを通じて出会った「白馬」というフィールドだ。「レースで白馬に来て、その環境に惹かれました。調べたら近くに高校があると知って」。彼はなんと、マウンテンバイクに乗るために白馬近郊の高校への進学を決めたのだ。レース会場が、そのまま生活の拠点へと変わった。

そして今、彼の視線はさらに遠く、海の向こうを捉えている。「将来はカナダのウィスラーで、トレイルガイドなどマウンテンバイクに関わる仕事をしたいです」。その夢に向け、卒業後は自転車の専門学校へ進み、整備技術を学ぶという。

日本のENSで走り、白馬の自然で暮らし、やがて聖地ウィスラーへ。高校2年生の人生設計の中心には、常にマウンテンバイクがある。ENSは彼にとって、世界への扉を開くための重要なステップとなっているようだ。

家族との時間を大切に、長く走り続けるための場所

葛生寛征さん（Zero Gravity）

「昔はダウンヒルで背骨を折って、家族から『安全なレースにしてくれ』と言われたこともありました（笑）」。そう語るのは、チーム「Zero Gravity」の葛生寛征さん、46歳。大学時代にMTBに熱中し、就職や子育てによる10年のブランクを経て、ENSの立ち上げと共に戻ってきた「リターンライダー」だ。

彼がENSに惹かれた理由は、競技性だけではない。「家族キャンプができるタイミングがあったのが大きかったですね。乗鞍や野沢温泉など、リゾート要素のある会場なら『家族旅行』として成立するんです」。家族を置き去りにせず、共に楽しみながらレースにも出る。そのバランスの良さが、長く続ける秘訣だという。

今回の最終戦、葛生さんはペダルバイクでの出走予定だったが、直前のトラブルにより急遽E-BIKEクラスへ変更した。使用したのは、普段奥様と走るために用意しているというE-BIKE。「妻と身長が同じなので共用できるんです。普段は上りがきつい場所で妻がこれに乗るんですが、今日は私が借りました」。

結果は年代別3位。「トルクが強すぎて滑ったり、独特の挙動があったりと勉強になりました」と、ハプニングすらも楽しむ余裕を見せる。所属するチーム「Zero Gravity」や、隣のテントのライバルチームと過ごす時間も、ENSの醍醐味だ。「これをやめたら太るし、お酒も増える。『健康のため』と言えば妻も納得してくれますから」と笑う葛生さんにとって、ENSは60代になっても走り続けるための、生活の一部なのだ。

多様な想いを受け止めるENSという舞台

ケガからの回復と親子の絆を確認する堤家。
白馬という地に出会い、カナダへの夢を膨らませる高校生の小山さん。
家族サービスと自身の健康、そして仲間との時間を両立させる葛生さん。

同じ「ENS最終戦」という会場にいながら、彼らが見ている景色はそれぞれ異なる。しかし、そのすべての動機と楽しみ方を、ENSという舞台は懐深く受け止めている。シリアスなレースの顔を持ちながら、同時にそれぞれの人生における「楽しむ場所」であり続けること。それこそが、多くのライダーがこのシリーズに集まり続ける理由なのかもしれない。

問：ENS　https://ensjapan.net/