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愛媛の山深くで開催される「手作りで温かなカルト的レース」 松野四万十バイクレース実走レポート

愛媛県松野町と高知県四万十市をまたぐ山岳エリアで開催された「松野四万十バイクレース」。距離130km、獲得標高3300m、未舗装率50%以上という国内屈指のハードコアなスペックながら、そこには町役場が主導する手作りの温かさがあった。自身もE-MTBで出走した小俣雄風太による、過酷さと優しさが同居する不思議な「カルト的」イベントの体験記をお届けしよう。

過酷なスペックと裏腹な、平穏なフィニッシュ風景

愛媛の山中にある「虹の森公園まつの」には、なんとも素朴で穏やかな夕方が訪れていた。続々と帰ってくるMTBライダーたちはにこやかでピースフルで、ここまでの一日を、深い山中で息も絶え絶えに過ごしていたとは到底信じられないのだった。

ここは松野四万十バイクレースのフィニッシュ地点。10時間ほど前には、真っ暗な中を100名近いMTB乗りがスタートしていった場所でもある。

松野四万十バイクレース。130kmで獲得標高3300m、未舗装率は50%以上という過酷なこのレースは、愛媛県松野町・宇和島市さらに高知県四万十市という決して交通の便がよいとは言えないエリアが舞台となる。人口約3300人の山間の町に、日本各地から過酷な走行環境を求めてMTB愛好家が集う、カルト的なイベントだ。

その過酷さを伝える実走レポートは多くのメディアで記事となっているので参照いただくとして(BCでも2023年大会をレポートしている)、本稿では、このイベントを走りしみじみと噛み締めた「自転車っていいなぁ……」という実感をいくつか書き留めておきたい。

縁もゆかりもない地が、自分の場所になる

愛媛県民でもなければ、松野町がどんなところなのかわかる人は多くないだろう。あるいは愛媛県民であっても、訪れたことのない人の方が多そうだ。そんな山間の町だけれど、松野四万十バイクレースを走りきった今、それがどんな場所なのか、私は体感した風景を自分の言葉で語ることができる。

それは観光で訪れるのとは違った視点を体得することでもある。あくまで個人的な、一面的な土地の理解に留まるかもしれないが、そんな風に何かを理解することは、漫然とした毎日の中ではそう多くない。自転車に乗って、自身の力でペダルを漕ぐその最中にしか見えない風景がある。そして、その最中に触れる人の温かさも。

人との交流が生まれる

スタートは早朝5時半。真っ暗闇だった。イベントの性質上、スタートしてからすぐに人里を離れ林道に入ってしまうのだが、その登り口にあった小さな集落の軒先で、小さな子どもと両親が、まだ暗い早朝だというのに走りすぎる参加者へ手を振っていた。走っている側からすれば、まるで自分がツール・ド・フランスの選手になったようだった。

控えめに言っても厳しいコースであるから、エイドステーションの存在がありがたい。地元のグルメをいただけるのも、こうしたイベントならではだ。しかし、エネルギーを補給できたということ以上に、そこに人がいて、声をかけてもらえることの方が嬉しい。ささやかな交流だが、弱っているときの優しい言葉はずっと心に残る。

そして松野四万十バイクレースでは、このエイドステーションやチェックポイントに詰めているスタッフは、みな町役場の人なのだという。

行政主催の、カルト的イベント

なんてことだ、国内でも類を見ないカルト的な過酷MTBイベントは、町役場を挙げてのものだった。なのに、こんなに参加者の限定されそうなものでよいのか(失礼)と勝手に不安になる。しかし小さな町だからこそ、ハードコアなイベントができたという側面もあるようだ。

「愛媛県はサイクリングの日、という機会に24市町でいろんなイベントをやっているのですが、どうせやるなら何かトンガッたことをやりたかったんです。松野町は『森の国』という愛称のある山の中の町ですので、この森を自転車で楽しんでもらえればと企画しました」

そう語るのは坂本浩町長だ。

「最初は、こんな地獄みたいなイベントをやっていいのかと各方面から言われましたね(笑)」

そうして2016年に始まった松野四万十バイクレース。しかし自転車乗りの常か、厳しいコースは、完走できなかった者も含めて喜びの対象となった。また来るよ、と言って松野町を後にして、言葉通りにリピート参加するライダーも少なくないという。人口の減少に直面する地方自治体にとって、貴重な関係人口の創出ともいえる。

彼らは前述の通り、己の身をもって松野町を体感している人たちだ。パンフレットや名所案内が伝えきれない、その土地の空気感や人々の温かさを知っている。決して絶対数は多くないかもしれないが、彼らの存在は、役場が準備に時間と労力を割いてイベントを行う理由の一つになる。

だから参加する側としては、ささやかでもこの日の冒険(130kmの道のりはまさしく冒険としか呼べないものだった)を記憶に留め、周りの仲間に話したり、書き留めておきたいと思う。できることなら、まだ未訪問の知人を連れ立って戻ってきたいとも思う。少しでもこの地に、自転車乗りとして役に立ちたいという気持ちが沸いてくる。

国有林の活用、そしてE-MTBへの期待

MTB乗りの視点に立てば、このイベントは全国に波及しうるインパクトがある。行政が主導するイベントだからこそ、松野四万十バイクレースでは国有林が解放され、コースとなっている。参加者にとっては未踏の地を走る喜びであり、行政サイドとしては国有・県有林の有効活用事例となる。MTBは走れる場所が少ないと言われるが、こうしたイベントが開催されている事実は、将来的なフィールドを拡張する萌芽でもある。

心強いことに、坂本町長はこうも語った。

「私もE-MTBで走るのが好きです。松野町は普段は通行止めの林道も多いのですが、こういった大会だけでなく、日常使いといいますか、一般の観光客の方にもこの楽しみを味わってもらえるパッケージを作っていきたいと思っています」

大会の開催を起点に、町の林道の風景が変わるかもしれない。そうなれば、他の自治体も見過ごすことはできないだろう。

穏やかな夕陽の中を、続々とフィニッシュする参加者たちの表情を見ながら、この大会がずっと続いてほしいと願った。町長は200人、300人規模の大会となることを夢見ているという。

この大会でしか自転車で走れない林道がたくさんある。130kmのレースだから、その規模は長大だ。より多くのMTB愛好家に参加してもらいたいという気持ちになったのと同時に、私が今回走ったE-MTBであれば、参加の敷居はぐっと下がることも付記しておく。なんといっても、風景や会話を楽しむ余裕が、この厳しいコース上でもあった。

手作りで温かなカルト的イベント。文字にすると違和感があるが、そんなレースがここに存在するのだと、愛媛の山中で実感したのだった。

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PROFILE

小俣 雄風太

小俣 雄風太

アウトドアスポーツメディアの編集長を経てフリーランスへ。その土地の風土を体感できる方法として釣りと自転車の可能性に魅せられ、現在「バイク&フィッシュ」のジャーナルメディアを製作中。@yufta

小俣 雄風太の記事一覧

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