
取手ステージが映した“いま”の日本シクロクロス —— 世界を知る若手、競輪からの新しい風、そして来季への展望
Bicycle Club編集部
- 2026年02月26日
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2026年2月23日、茨城県取手市の小貝川リバーサイドパークにて、2025–26 茨城シクロクロス第4戦「GALFER presents 取手ステージ」が開催された。世界選手権を経験した若手選手たちの現在地、ガールズケイリン選手の参戦がもたらす新しい風、そして運営トップが語る来季への展望。シーズン終盤の会場に漂う“リアルな今”を井上和隆がレポートする。
密度の高い小貝川のコースと、前日から続く“静かな熱”

小貝川特有の広い空と、冷たい風が吹き抜ける河川敷。1周およそ2.5kmのコースは、平坦に見えてじわじわと脚と心に負荷をかけてくる。芝の上を軽快に進んだかと思えば、砂利の区間でバイクが暴れ、起伏のあるキャンバーでは繊細な重心移動が求められる密度の高い設定だ。

その“今”を映し出す取手ステージの前日、関東ではもうひとつの静かな熱が流れていた。稲城市で行われた「稲城 Cyclocross Training Sessions」である。丸山厚、石川正道、そして現ナショナルチャンピオンの織田聖が講師として立ち、基礎からコース攻略までを具体的に落とし込んでいく。講師や現役選手が負担なく“伝えること”に集中できる運営設計のもと、確かな積み上げが空気にじんわりと混じる時間だった。

前日に積み上げられた技術の粒子は、翌日の取手で選手たちが語った“いま”と確かに地続きになっていた。会場を吹き抜けた風の中で、選手たちが口にした姿勢、悔しさ、そして野心。戦う人と学ぶ人が重なり合い、互いの未来が少しずつ形を帯びていく連続性が、この日の取手ステージには宿っていた。
世界を知り、国内で現在地を測る若手たち

エリートの戦いに入る —— 野嵜 然新

世界選手権を完走し、全日本タイトルも手にした野嵜。誰の目にも順調に映る今季だが、本人は「単発のピークなら作れたが、シリーズ全体になると誤魔化しがきかない。課題の輪郭がようやく見えてきた」と冷静だ。
織田聖、沢田時、副島達海という国内トップ3人に一度も先着できなかったことを明白な課題として挙げる。取手でも後半の粘りは見せたが、トップレベル問答無用の“加速の瞬間”にはまだ差があった。「来季はエリートの優勝争いに入るつもりです」。その眼差しは「憧れ」ではなく、「同じ土俵に立つべきだ」という確信に満ちていた。
世界とアジア、ふたつの舞台で得たもの —— 石川 七海
世界選手権、そしてアジア選手権の両方で結果を残し、持ち前の落ち着きを失わなかった石川。「ロードも、トラックも。どっちもちゃんとやりたいです」と語る彼女の言葉に迷いはない。ロードの風や登り、トラックでの無駄のない動き、そして泥やキャンバーが“やり直し”を要求するシクロクロス。「世界戦で感じたスピードも、アジア戦の緊張感も全部が力になった」。競技を一つに絞らず、すべてを吸収して成熟の速度を速める一年となった。
全日本優勝の裏に残る“痛感” —— 小林 碧

「エリートとの差を見て、まだまだだなって思いました」。全日本優勝と世界戦というトップクラスの実績を持ちながら、小林の言葉は率直だ。特に実感しているのが、コーナー明けの一瞬の踏み直しによるスピードメイクの差。取手特有の芝や砂利にも対応していたが、自ら「足りない」と言い切れるのは世界基準を知る証拠。来季はロードでの地脚強化を中心に据え、必要に応じてMTBも活用していくという。
“悔しさの種類”が変わった一年 —— 三上 将醐

「パンクは悔しい。でも、できることは全部やった」。三上が語った悔しさは、これまでのものとは種類が違っていた。トラブルで崩れて終わるのではなく、淡々とやるべきことを積み上げて最後まで走り切る姿には、戦い方の成熟が表れていた。世界戦では強度の高さに圧倒された部分もあったが、それも次への糧。夏はロードとトラックで力を伸ばし、冬に再びCXへ戻る計画だ。
足りなかったものを認めた瞬間からのスタート —— 山田 駿太郎

「能力の差を見せつけられた。全部足りなかったです」。シーズンを通し、勝負どころであと一歩届かない現実を真っすぐ受け止めた山田。世界選手権でも上位勢との差が明確になったが、彼はその課題から逃げない。来季はロード中心で地脚を作り、冬のCXで勝負をかける。最短距離ではなく“必要な遠回り”を選べる強さがそこにある。
静かな決断、MTBへのシフト —— 横田 壮一郎
落車やメカトラブル、判断ミスが重なり、思うように走れない苦しい一年を過ごした横田。「事故が多すぎた。反省点は多い」と言い訳をせず自分を見つめ直した彼は、来季、MTB(CJシリーズ)へ軸足を移すという決断を下した。高い強度が要求される環境で身体の基礎を鍛え直し、初戦候補のジャパンマウンテンバイクカップで再び己と向き合う。「整った状態で新シーズンに臨みたい」という言葉には、競技者としての矜持が滲んでいた。
ガールズケイリン × シクロクロスがもたらす化学反応

会場には、近年増えつつあるガールズケイリン選手の姿もあった。小林莉子と五味田奈穂。競輪を本業にしながらオフ日を中心にCXへ挑む“異種競技アスリート”の存在が、会場をパッと明るくする。
「きついけど、すごく楽しい」 —— 小林 莉子

姉の走りを見て「とにかく楽しそう」と直感でシクロクロスを始めた小林。「荒れた地面やキャンバーなど、すべてが別世界できついけれど、思い切って試せるのが楽しい。競輪場とは違う、自由で開放的な空気が好きです」と笑う。トラック競技とは違い、転んでも大きな怪我になりづらい環境で攻める気持ちが前に出るという。「コーナー後の踏み直しが分かりやすく鍛えられる」と、競輪にも活きる手応えを感じている。将来の夢は「キッチンカーを出してワイワイすること(今は自分が走るのが楽しすぎて保留)」。
「踏み切れば必ず詰められる」 —— 五味田 奈穂

強風とロングストレートがポイントとなった取手で、向かい風の中あえて重いギアを踏み抜いた五味田。乗り降りやランなど、競輪にはない動作も「全部が新鮮で、上手に操れるようになりたい」と前向きだ。挑戦を続けられる理由について、「シクロクロスは競輪より“安全に攻められる”から、思い切って試せる。そして会場の応援が嬉しくてまた走りたいと思える」と語る。夫の応援から自らも走る側になった彼女は、来季もできる限り多くのレースに出場し、自身の適性を探っていくという。
「走る理由」を思い出させてくれる場所

二人の言葉から浮かび上がるのは、「走る喜び」と「挑戦する楽しさ」だ。泥にまみれて笑える時間と、攻めてもいい自由。競輪とシクロクロスを行き来することで育まれる新しい強さは、今後の女子自転車競技に確かな波を起こしていくだろう。
「72点のシーズン」から来季へ。影山善明AJOCC会長が見据える未来

今大会の主催であり、AJOCC(日本シクロクロス競技主催者協会)会長を務める影山善明氏に、今季の総括と来季への展望を伺った。
来季、茨城シクロクロスは「5戦体制」で調整中

例年に比べて開催数が少なかった2025-26シーズンだが、来季に向けてはすでに5戦体制の準備が進んでいるという。「土浦」は開催確定、「小貝川(取手)」は実施見込み、「大洗」は開催方向で調整中だ。「会場との許認可は慎重に進める必要があり、確定したものから丁寧に進める」と影山氏は語る。
若年層の増加と『弱虫ペダル』の追い風

今季の大きなトピックは若い観客層の増加だ。『弱虫ペダル』の作者・渡辺航先生が各地の大会に協力し、サイン会やファンサービスを実施したことが大きな呼び水となった。「子どもたちが初めて競技を観て、その場で応援に回る姿が多く見られた」。競技の裾野が広がりつつあることを実感できたという。

今季は「72点」。五輪種目化を見据えて

影山氏は今季を「参加選手数、観客、運営、収支の循環…どれも“あともう少し”。全体としては72点と言えるシーズンだった」と総括する。来季はこれを80点、90点へ引き上げるため、大会の質や導線の改善を目指す。
さらに、将来的なシクロクロスのオリンピック種目化の可能性にも触れ、「実現すればスポンサー獲得や若手育成に大きな追い風が吹く。AJOCCとしてもその流れを見据えて準備を進めている」と力を込めた。「まだ言えないことは多いが、来季への準備は着実に進んでいる」。
一日に凝縮された“リアルな今”と、未来へ向けた確かな胎動。シクロクロスの熱は、春からのグリーンシーズン、そして来季の冬へと途切れることなく続いていく。
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- CREDIT :
- 編集:バイシクルクラブ編集部 文と写真:井上和隆
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