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峠の肖像 #8 ヤビツ峠(神奈川) 俗世から神域へ移りゆく景色と空気

ヤビツというカナ表記はどこか異界じみているが、漢字にしてみれば意味も通る

この道が舗装されたのは90年前にさかのぼる。現在、一日に数本走るバスは、舗装した数年後には運行していたという。向かう先に丹沢山地の連なりがグラデーションとして見えている

有名峠の知られざる歴史

路肩の植物、路面のひび割れ、変化の激しい道幅……派手な眺望はないが、じっくりと登坂を楽しめる表情がこの峠にはある

峠とは古くから人々の行き交う場であり、多くの場合は難所でもあり、それ故にその名前は歴史や物語を帯びていることが多い。そこにきてヤビツ峠というカタカナ表記を目にすると少し面食らうことになる。とはいえ、関東のサイクリストならばこの峠の名前を一度は聞いたことがあるだろうし、この坂を登った経験をもつ者は少なくない。神奈川県の西部に広がる丹沢山地は、奥多摩や奥武蔵と並んで、関東平野の西の終わりを告げる山間の地であり、いずれも山を求める都市圏の自転車乗りにはなじみ深いエリアである。

ヤビツという聞き慣れない音とカナ表記には、どこか異界じみたものを感じるが、「矢櫃」と漢字にしてみれば意味も通る。櫃はごはんを入れるおひつに今も名を見ることができる物であり、すなわち弓矢を入れる武具のことである。この峠道を改修した際に、矢櫃が発見されたことにちなむという。峠の歴史を探るとよくあることだが、この峠もまた戦国の世には戦場となった。二つの領域を分かつ峠は、その衝突地点にもなるという訳である。丹沢の山地は南進する甲斐の武田氏と、それを迎え撃つ小田原の北条氏の戦いの舞台となり、少なからず血なまぐさい歴史や地名が付近に残る。矢櫃の存在も、当時の合戦の名残と言えるだろう。

とはいうものの、古くからこうして人々の行き来があった峠であるにも関わらず、ヤビツ峠となる以前の名称が文献に見当たらない。往時、この峠は交易路としてはさほど重要ではなかったことを伺える。むしろ昭和の時代にモータリゼーションの波がやってきた後に、ヤビツ峠は多くの人を惹きつけることになる。

昭和9年(1934年)に丹沢林道が開通し、ヤビツ峠へ至る道は舗装路化された。これもまた峠にはよくあることだが、山中にある本来の峠ではなく、舗装路が通ったことで、この新しい舗装路の最高到達地点が峠と称される。前号で訪れた金精峠もそうだった。今日、サイクリストが愛車と共に喜び勇んで写真を撮る峠の標識看板よりも西の山中に、本来のヤビツ峠はある。だが昭和になって山麓に鉄道が通り、また自家用車の時代と歩みを合わせた登山ブームによって舗装路上のヤビツ峠は人気を博していく。平成の時代にはそこにサイクリストが加わった。

峠道は二つの領域を分かつものだと先に書いた。このことは、サイクリストにとっては「どちらから登るか」という問題にもなる。ヤビツ峠を丹沢山地への玄関口と捉えるなら、やはり南側からの登坂が気分だ。表ヤビツという俗称もむべなるかな、である。登坂距離10km超、平均勾配6.3%というプロフィールは、信号がないことを含めると関東では貴重なロングクライム。誰も彼もが登りたがる理由も分かる。

峠道が始まると、途端に人里が遠くなる。それはサイクリストと峠とが静かに対峙する時間の始まり

この峠を登り始めると、明らかに空気が変わる。住宅地の中にある登り口は、登校中の児童生徒や職場へ急ぐ自動車の喧騒で満たされていたかと思えば、勾配が増す蓑毛の集落へと入っていくと、しんと静かになる。道路の中洲にある鳥居を過ぎると、また世界が変わる。

蓑毛はかつて東に位置する大山への参拝路として栄えた過去を持ち、この鳥居はその大山信仰の名残でもある。程なくして、人家はなくなり林道を通る。ここに至ると、歩道には雑草が生い茂り、土砂崩れにひん曲げられたガードレール、土砂の染み込んだ赤茶けた路面と、人里を離れて異界に来てしまったと錯覚するほど。休日ならば息を切らしペダルを踏む数奇者(私であり、あなただ)が前後にいるかもしれないが、平日の朝などは先ほどまでいた秦野市街の喧騒がまるでうそのように静まり返っている。

後は峠まで単調なヒルクライムだ。道幅の広狭はあるが、景色が大きく変わることはなく、淡々と登れる。勾配も登り始めほどきつくはない。が、さすがに10kmの登坂は長い。向かう先が丹沢の深い山々だからこそ、いつ終わるのかという不安にも駆られる。峠には劇的な眺望もないから、登り切ったサイクリストを慰めてくれるのは標高を記した例の看板ということになる。標高761m。このどこかに矢櫃が埋まっていたのだ。

神域と俗世の行き来

この峠から北側、宮ヶ瀬ダムへと県道70号を下って抜けるのもいい。丹沢の山深さを味わえるだろう。しかしこの「裏ヤビツ」は土砂崩れや補修工事によって度々通行止めとなる。時として、登ってきた表ヤビツを下ることになるかもしれない。その場合は再び人里へと戻る、つかの間のダウンヒルを楽しめる。大型バスとのすれ違いに気を遣いつつ下っていくと、人間の世界に帰ってきたことが実感される。峠はこちら側と向こう側、2つの領域を分かつものであるが、ここでは麓と山頂もはっきりと分かたれていると感じる。それは神域としての山中と、俗世界としての麓。山岳信仰は今日に始まったものではないが、なぜ大山を中心とするこの地域がそのメッカとなったのかが、自転車で走る者には体感できるはずだ。

ヤビツ峠を登る者は突如として空腹に見舞われるという

そうそう、ヤビツ峠を登る者は突如として極度の空腹に見舞われるという言い伝えがある。戦国時代、この地に散った人々の魂が現世の者に語りかけるらしい。それは峠を越える登山者への戒めとして語られるが、自転車乗りにも無縁と言えまい。伝承では持っているおむすびを半分、後方に投げれば空腹は収まるという。今日のサイクリストは道路に物を投げ込むことはできないから、せめて補給食を潤沢にポケットに忍ばせて、この峠に挑んでほしい。

スペシャライズド・エートス コンプで走るヤビツ峠

ヤビツ峠を走ったスペシャライズド・エートス コンプはただの軽量バイクにあらず。峠道をじっくり味わい、対話できるバイクに感銘を受けた。2名のライダーが乗ったバイクの機材レビュー記事も合わせてチェックしよう。

最初の一台にも、ステップアップの2台目にも、あるいは行き着く先として|Specialized Aethos

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※この記事はBicycle Club[No.459・2025年1月号 ]からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。
※誌面との連載Noとは異なります。

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PROFILE

小俣 雄風太

小俣 雄風太

アウトドアスポーツメディアの編集長を経てフリーランスへ。その土地の風土を体感できる方法として釣りと自転車の可能性に魅せられ、現在「バイク&フィッシュ」のジャーナルメディアを製作中。@yufta

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