
フォトグラファー黄瀬麻以の旅と日常を支える相棒道具 | Life × Nature あの人の「スタイル」vol.5
VINAVIS 編集部
- 2026年05月29日
道具は「スタイル」の象徴だ。アウトドアとの向き合い方と、日々の暮らしが溶け合うあの人のスタイルを探り、愛用品を紹介する本連載。
第5回は、旅をこよなく愛するフォトグラファーの黄瀬麻以さんに話を聞いた。
編集◉宮﨑真里江
写真◉熊原美惠(スタジオ)
「人に恵まれている、たぶんラッキーなんだと思う」
取材中、黄瀬さんは自身のこれまでの歩みについて、そう言って柔らかく笑った。生まれも育ちも、生粋の京都人。学生時代から楽しいことが好きだったという彼女が、写真の世界へ足を踏み入れたきっかけは、ある種の偶然だった。バラエティ番組の制作者を目指して日本大学芸術学部の放送学科を受験したものの、結果は不合格。唯一合格通知が届いたのが、写真学科だった。
「当時は地元の京都を出て、とにかく東京に行きたかった。とりあえず大学には受かったから写真をやってみよう、くらいの気持ちでしたが、いざ始めたらすごく楽しくなっちゃって 」

大学卒業後は広告代理店に数年勤めた後、「プロのフォトグラファーになりたい」と一念発起し、フリーランスでロケアシスタント業をスタート。同時期に、かねてから憧れだった女性フォトグラファーにコンタクトを取った。運よく、当時アメリカを拠点にしていた彼女の遠隔サポート(日本での現像作業の代行や帰国時のアシスタント)をできるチャンスが訪れ、しばらく続ける日々を送る。そんななか、黄瀬さんのなかにひとつの決意が芽生えた。
「明確なチャンスが来たわけではなかったけれど、なんとなく、昔から憧れだったアメリカに行くならいまかもしれないと感じ、学生ビザを取得して『よし、行こう!』と飛びました」

そもそも当時はアシスタントとしての技術が完璧に備わっていたわけではなく、アメリカに行ったものの、とくに仕事がない状態からのスタートだったという。しかし、それでも現地での未知なる生活を「とても楽しかった」と黄瀬さんは振り返る。やがて日本に帰国すると、彼女の経験と人柄を知る周りの人たちが、少しずつ仕事を依頼してくれるようになった。
「日本に帰国してからも、とにかくがむしゃらでも動いていると、周りの友人や知人が何かと気遣ってくれて、いろいろと仕事を振ってくれたんです。そうこうするうちに、いつの間にか軌道に乗っていったという感じ。私、本当に人との出会いに恵まれているんです」
そう振り返る彼女の言葉の裏には、自らチャンスを掴みに行く圧倒的な行動力と、周囲に愛される素直な人柄が隠されている。
好奇心と撮りたい熱量がリンクした「課題の旅」
子どものころから、漠然と海外で暮らすことに憧れがあった。学生時代はバイトでお金を貯めては、比較的旅費が抑えられるアジアの国々へ。そんな旅を繰り返してきた。
「知らないものを見たいという好奇心がとにかく強い。行ったことがないところに行ってみたい。その気持ちと、写真を撮りたいという熱量の両方がつながって、自分のなかで旅に行く理由に落とし込めたという感覚なのかな。だから、遊びに行きたいというよりも、知らない世界を自分の目で見て、撮りたいから旅に出る。私にとって旅は、自分に課した“課題”なんです」
旅に出ることを、自身の「課題」と捉える。その独特な言葉選びには、彼女の誠実さとチャーミングな視点が透けて見える。
「“遊びに行く”だと、なんだか気が引けちゃう。でも、仕事ではないけれども、自分への“課題”として写真を撮りに行く旅なんだ、と定義すると、自分のなかでスッと納得して旅立てるんです」

昨年は、出張とプライベートを合わせて10カ国以上の海外へ赴いた。そんなフットワークの軽い旅を重ねるなかで、ここ3・4年ほど、アウトドアとの心地いい距離感が生まれつつある。
「年齢を重ねてだいぶ旅なれてきてからですね。写真を撮るために知らない場所を訪れた延長で、旅先で自然が多い場所へふらり出かけたり、近くの山を歩いてみたりするスタイルが定着してきました」
大人になってから再開し、改めて魅力に気づいたという登山だが、じつは幼少期の原体験が影響している。黄瀬さんの父親は登山が趣味で、休日にはまだ小さかった彼女を背負子(しょいこ)に乗せて山に連れて行ってくれたという。
「上京後は、どっぷり都会にはまった時期もあったけど、大人になって、周りの先輩たちに山登りに連れていってもらったときに、すごく心地よかった。高校を卒業するまでは、すぐ近くに山も賀茂川もある環境が日常だったし、潜在的に自然のなかですごす時間が好きだったのかもしれません」

そんな黄瀬さんに、いまいちばん訪れたい場所を尋ねると迷わず「北海道の山」と答える。
「北海道はこれまでに何度も旅をしています。北アルプスなどに比べると、登山口に至るまでの交通も山道も混雑しなくて、ゆったりと楽しめるのがいい。現地に信頼している好きなガイドさんがいて、『こういう写真を撮りたいんだけど、おすすめの山はありますか?』『この季節ならなにがおもしろいですか?』と相談して、一日いっしょに登ってもらう。そのまま道内に1週間ほど滞在して、山以外の場所をめぐってみたり、そんな旅が好きですね」


世界中を訪れ、自分自身に問いかけるようにしてクリアしてきた「課題の旅」。そこで撮りためてきた作品たちは、これまで発表されることなく彼女の手元に蓄積されていた。
しかしこのたび、その純粋な好奇心の記録が、ついに日の目を見る。5月末から、東京・中目黒の「HIKE」にて、黄瀬さんの単独写真展が開催されるのだ。アメリカ、インド、ネパール、ジョージア、アイスランド、ルワンダ──。彼女が気の赴くままに歩き、カメラを通して向き合ってきた課題の成果を、ぜひその目で確かめてみてほしい(詳細情報は記事下部に記載)。

新たなフィールドに身を置き、いまの自分にはない視点を得たい
これまでファッションやライフスタイルといった領域を中心に、第一線で写真を撮り続けてきた黄瀬さん。しかしいま、彼女の視線は新たな表現の領域へと向いている。
「これからは、舞台や映画のドキュメンタリー写真も撮っていけたらと思っています」
そう思うようになった明確なきっかけは、昨年、舞台裏を記録するフォトグラファーとして入った、ある俳優のPV撮影の現場だった。
「ご本人も現場のスタッフの方たちも、その場のムードもすべて、私の人生が変わるくらいに本当にすばらしかったし、撮ることが純粋に楽しかった。これまでの活動でやりたいこともやれたし、情熱を燃やすこともできた。だからこそ、いまは次の場所も模索したいという気持ちです」
安住して留まり続けるのではなく、あえて新しい環境に身を置くこと。そこには、彼女なりのクリエイティブに対する真摯なスタンスがある。
「ファッションの制作現場にいる方たちのことが、とにかく好きなんです。だけど、ずっと同じ場所にい続けると、どうしても甘えが生まれてしまう自分がいるのも事実。だからこそ、活動の場所を意図的に広げることも大切だなと思っていて」

なれ親しんだ心地よい場所から、一度あえて離れてみる。それは決して過去の否定ではなく、自らの表現をさらに豊かにするための前向きな挑戦だ。
「ジャンルの違う場所に立って、いまの自分とは違うものを仕入れたい。そうすることで、また新たな視野が広がり、もっといい写真が撮れる気がする」
旅先でも仕事のフィールドでも、持ち前の強い好奇心のままに新しい扉を開けようとしている黄瀬さん。インタビューの最後、これからの展望をひととおり語り終えた彼女は、いたずらっぽく笑いながらこう締めくくった。
「まぁ、基本は遊んでいるというか、自分が楽しいと思うことをやっているだけなんですけどね。本当に人との出会いに恵まれているし、ただラッキーなんだと思います」
自分自身に課題を課し、真摯に写真と向き合いながらも、どこまでも軽やかでニュートラル。その運をも味方につけてしまう愛される人柄こそが、黄瀬麻以というフォトグラファーの、なによりのスタイルなのかもしれない。
- フォトグラファー 黄瀬麻以
Instagram:@kisema1
写真展「distracted driving01(脇見運転)」
- 開催期間:2026年5月29日(金)~6月7日(日)
- 会場:HIKE(東京都目黒区東山1-10-11)
- TEL.03-5768-7180
- 営業時間:13:00~18:00
- 定休日:火・水曜日
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PROFILE
VINAVIS 編集部
アウトドアフィールドへ誘うメディア、そして自然のなかにいるような心地よさと冒険心をもって生きる人々を応援する新メディア。厳しい自然環境で磨かれた「機能美」や「哲学」を、都市生活というフィールドにマッチするシーンにを訴求します。またアウトドアで使われる機能やアイテムに触れることで、意識せずに自然とフィールドへと近づいていく気運を醸成します。
アウトドアフィールドへ誘うメディア、そして自然のなかにいるような心地よさと冒険心をもって生きる人々を応援する新メディア。厳しい自然環境で磨かれた「機能美」や「哲学」を、都市生活というフィールドにマッチするシーンにを訴求します。またアウトドアで使われる機能やアイテムに触れることで、意識せずに自然とフィールドへと近づいていく気運を醸成します。



















