
命懸けの滑り手から裏方へ。フィルムディレクター渡邉雄太のまなざし | Life × Nature あの人の「スタイル」vol.8
VINAVIS 編集部
- 2026年10月06日
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道具は「スタイル」の象徴だ。アウトドアとの向き合い方と、日々の暮らしが溶け合うあの人のスタイルを探り、愛用品を紹介する本連載。
第8回は、プロスノーボーダーから映像表現の世界へ転身し、現在はフィルムディレクターとして第一線で活躍する渡邉雄太さんに話を聞いた。
編集◉宮﨑真里江
写真◉大志摩徹(スタジオ)
プロスノーボーダーから、映像表現の世界へ


アウトドアブランドのプロモーション動画から、アスリートのパーソナルなドキュメンタリーまで、幅広い映像制作を担うフィルムディレクターの渡邉雄太さん。かつてはプロスノーボーダーとして、カナダを拠点に極限の大自然に身を置き、整備されていない巨大な雪山を滑降していた経歴をもつ。そんな渡邉さんに転身のきっかけが訪れたのは、いまから約10年前。プロを引退したタイミングで、ボーダー時代の先輩が経営する映像制作会社に誘われたことだった。
「プロとして活動していたころから、バックカントリーで滑りながら仲間同士で撮ったり撮られたりして、自分たちでスノーボードビデオを制作していたんです。それに、もともと自分の手でなにかを作るという作業が好きだった。だから、滑り手から映像制作の世界へ入ったのは、自然な流れだったように思います」

アウトドアフィールドでの撮影を多く手掛けていたその会社で、技術とディレクションを徹底的に磨き上げ、2年前に自ら映像制作会社を起業。元プロアスリートならではの経験を活かし、企画からタフなフィールドでの撮影、編集までを一貫して担うスタイルが渡邉さんの大きな強みとなっている。
北海道で出会ったスノーボードと、カナダでの冒険
渡邉さんがスノーボードに出会ったのは中学生のとき。父親の転勤で神奈川から北海道へ引っ越したことがきっかけだった。
「年に一度、家族でスキーに行くのが好きだったんですが、ゲレンデで見かけるスノーボーダーがとにかく格好良くて。北海道に移ったら、絶対自分も始めようと決めていました」
その言葉どおり、北海道へ渡るとすぐにスノーボードの魅力にのめり込んでいった。高校時代はニセコのペンションに居候しながら滑りを磨き、卒業後はさらなる高みを目指し、単身カナダのウィスラーへ。当初はハーフパイプに打ち込んでいたが、北米の圧倒的な自然を目にして視線は一気にバックカントリーへと向かう。現地の仲間とスノーモービルを手に入れ、スキー場すら存在しない広大な雪山へと繰り出す日々が始まった。

「10代後半から30代前半までは、とにかく冒険に明け暮れていた。春の雪山に2週間入り込んで急峻な斜面を滑り倒したり、凍った湖を移動中に氷がバキッと割れて水中に落ち、必死で岸まで泳ぎ切ってことなきを得たり。リスクのある過酷なフィールドに身を置くこと自体が、当時の僕にとって大きな喜びだったんです」
雪崩や滑落の危険と隣り合わせの「死」と密接した領域。険しい斜面を前にしたときの感覚を、渡邉さんはこう振り返る。
「極限の場所へ行くと、自分がどれだけちっぽけなのかを素直に受け入れられる感覚になる。自分も自然のなかに存在するアリンコ一匹と同じなんだなと。リスクのある斜面を滑る際は、そういった精神状態が一番心地よかったのをいまでも覚えています」

新たな家族の誕生と、エゴの削ぎ落とし
命を懸けて雪山と対峙し続けてきた渡邉さんに大きな転機が訪れたのは、子どもの誕生だった。
「それまでは感じたことのなかった怖さが生まれたんです。死と同義になるほど自然を受け入れていた感覚から、『生きて帰りたい』という感覚に変わっていった。山を滑っていて、危険だからやっぱりやめておこうと思う瞬間が増えていきました。でも、それは後悔やネガティブな変化ではなくて、ごく自然な感情のグラデーション。そのタイミングで、滑り手からは身を引くことを決めました」

プレイヤーから裏方である作り手へ。立ち位置が変わったことで、被写体や表現に対するスタンスにも変化が現れていく。
「映像制作を始めたばかりのころは、元アスリートとしてのプライドや『こう描くのがかっこいい』という自分のエゴが残っていた。アスリートが考えていることを自分の視点で解釈しすぎていて、どこか自己満足だった気がします。でも、さまざまな現場を経験するなかで、そのエゴが少しずつ削ぎ落とされていきました」
そして現在、渡邉さんがなによりも大切にしているのが「アスリートファースト」の姿勢だ。
「アスリートがなにに向き合っているのかを一番に考えたい。過度な演出で飾るのではなく、そのままのドキュメンタリーをていねいに映し出すほうが、観る人の心を打つと気づきました。体力や技術は年齢とともに失われていくけれど、あのころに極限の山で全身で感じた感覚だけはいまも自分のなかに残っている。それこそが、カメラを構える側となったいまの自分にとって大きな財産になっています」

チームでの飛躍、そして日本の自然を捉え直す未来へ
これまでは1人で映像制作の全工程を担ってきた渡邉さんだが、現在は新たなスタッフを迎え、チームとしての組織づくりをスタートさせている。
「クロスカントリースキー出身で撮影技術の高いスタッフが入ってくれました。僕のサポートを担ってもらうだけでなく、各自がやりたい表現を持ち寄って、互いに刺激し合えるチームにしていきたいですね」

海外のビッグマウンテンを滑り尽くしてきた渡邉さんがいま、改めて興味を惹かれているのは、身近な日本の自然やカルチャーの再定義だ。拠点とする神奈川県・大磯町(西湘エリア)は、海のすぐ近くでありながら裏手には豊かな里山が広がる場所。この地に事務所を構える渡邉さんは、身近なフィールドから新たな構想を描いている。
「西湘エリアには、アウトドアフィールドとして大きなポテンシャルを感じています。まだまだ構想段階ですが、身近な里山を守りながら、自然の魅力を再認識できたり、自然を楽しむカルチャーを地域から育てていけたりしたら、と思っています」
さらに、今後手掛けてみたい映像を尋ねると、渡邉さんは少しはにかみながら語ってくれた。
「少し前に岐阜の郡上八幡に足を運ぶ機会があって、地元の子どもたちが橋の上から川へ当たり前のように飛び込んで遊んでいる姿を目にしたんです。ああいった昔ながらの自然との戯れって、すごく日本らしくて豊かなアウトドアカルチャーだなと。単なるほのぼのとした風景ではなく、アクションムービーのようにかっこよく捉えたらおもしろい表現ができると思うんです。全国各地にあるそういう営みをすくい上げて、日本列島全体をひとつの大きなアウトドアフィールドとして描くような映像をいつか作ってみたいですね」
自然の極限を知るからこそたどり着いた、飾らないフラットなまなざし。渡邉さんがレンズ越しに捉える自然と人のストーリーは、これからも静かに、そして力強く観る人の心を揺さぶり続けるのだろう。
- フィルムディレクター 渡邊雄太
Instagram:@utawatanabe
映像制作会社「デンパ」:www.denpafilm.com
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PROFILE
VINAVIS 編集部
アウトドアフィールドへ誘うメディア、そして自然のなかにいるような心地よさと冒険心をもって生きる人々を応援する新メディア。厳しい自然環境で磨かれた「機能美」や「哲学」を、都市生活というフィールドにマッチするシーンにを訴求します。またアウトドアで使われる機能やアイテムに触れることで、意識せずに自然とフィールドへと近づいていく気運を醸成します。
アウトドアフィールドへ誘うメディア、そして自然のなかにいるような心地よさと冒険心をもって生きる人々を応援する新メディア。厳しい自然環境で磨かれた「機能美」や「哲学」を、都市生活というフィールドにマッチするシーンにを訴求します。またアウトドアで使われる機能やアイテムに触れることで、意識せずに自然とフィールドへと近づいていく気運を醸成します。



















