
夏の終わりとオン・ザ・ロードの始まりVol.4──“想定外”がくれたもの
寺井杏雛
- 2025年11月26日
カナダの晩夏。予定どおりにはいかない旅のなかで、思いがけない出会いがいくつも待っていた。
カヤックを漕ぎ、稜線を登り、夢を語らう夜──これは、想定外が紡いだ夏の物語。
文・写真◉寺井杏雛
編集◉PEAKS
夢を語らう夜

ロッキー山脈は本当に壮大だ。
私が暮らすカナダ西海岸に広がるのは、瑞々しい母なる森。だとすれば、ロッキーは威厳ある父なる山。
そんな大自然を満喫しようと、私はキャンモア滞在中、毎日アウトドアに出かけていた。
ある日は、虎くんとその友人コーディといっしょにカヤックへ。私たちは、どれだけ漕いでも対岸にたどり着けないほど大きな池を、夢中でパドルした。
つい「ストイックに山をやらなきゃ」と思いがちな私には、こんなにも心がほどけるアウトドアがあることが新鮮 だった。
夜は3人でディナーへ。
歳の近い私たちは、それぞれの夢を語り合った。
フォトグラファーのコーディは、手を大きく動かしながら笑った。
「お金にならない撮影ばかりしているんだよ! この先大丈夫かな」
ときどき文章を書きながら、靴の修理職人をする虎くんも頬杖をつきながら冗談まじりに言う。
「この先、いやこの冬、どうやって生き延びようかね」
2人とも、夏は家賃を浮かすために車中泊をしている。冬に向けてそろそろ、家を探 すのだという。
安定とは程遠い。
それでも、書くことでも撮ることでも、自分の好きなことで前に進もうとする気持ちが、どこかで響き合っている気がした。
キャンモアの地でそんな仲間と同じ時間をすごせることが、なんだか胸を熱くさせた。
次に 3人が集まるときまでに、私ももっと書く機会が増えていたらいいな、と心のなかでそっと思った。
思いがけない宝物

別の日には、あやさんとサレール・リッジへハイキングに出かけた。
私が「アロハシャツで行きます」と言うと、あやさんは笑って「じゃあ私もアロハ着て行こ~」と返した。
そんなやりとりのあとに歩き出すだけで、なんだか足取りが軽くなる。
ぐんぐんトレイルを登ると、岩山に囲まれた谷の湖──ローソン湖にたどり着いた。
森の緑が水面にくっきり映り込み、思わず立ち止まって見入ってしまう。
そこから尾根まで一気に駆け上がると、景色が開けて稜線に出た。
強い陽差しと、心地よい風。
あやさんは豪快にアロハを脱ぎ、タンクトップ姿でおやつを食べながら、さっきまでいた湖を遥か下に見下ろす。
長い付き合いの友人とすごすような、心地のいい時間だった。

気づけば5日間、あやさんの家に泊めてもらいながらキャンモアを拠点に遊んでいた。
予定どおりには進まないことばかりだったけれど、この旅は想像以上に楽しいものだった。
思いがけない人たちとすごした、大切でとびきり楽しい時間。
そんな時間が、この夏の宝物となった。
帰りは、あえて休まず丸一日かけてスコーミッシュへ戻ることにした。
行きとは違う道を選び、変わり続ける地形と景色を眺めながら12時間かけてのロングドライブ。
サービスエリアなんてないから、街が現れるたびに小さく休む。
最後の峠を越え、見慣れた道に戻って来たっころには、もうすっかり夜が更けていた。
そして家まであと5分というところで、まさかの交通事故で道路が封鎖。
けれど不思議と慌てなかった。
旅が思いどおりにならないことなんて、もう知っている。
そして、その“想定外”こそが出会いを紡ぎ、私を楽しいところへ連れていってくれる。
だからまた、少しだけ遠回りをして帰るのだ。
夏の余韻とともに、私の“オン・ザ・ロード”は静かに続いていく。
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文・写真◉寺井杏雛
編集◉PEAKS
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