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ジャーナリスト佐々木俊尚が北八ヶ岳で考えるデジタルと新しい登山文化の可能性

文◉佐々木俊尚写真◉加戸昭太郎

長野県と山梨県の境に位置する八ヶ岳は、間違いなく人生でいちばん足を運んだ山域だ。たぶん100回ぐらいは行っていると思う。なぜそこまで惹かれたのかと言えば、ひとつには中部地方の高地山岳地帯のなかでも比較的東京に近いということがある。新宿駅から特急に乗れば2時間ほどで山麓に着いてしまえる。もうひとつは、山がコンパクトなことだ。標高が3,000メートル近くあるのにもかかわらず、巨大な日本アルプスに比べれば短い行程でも登りやすい。

クライミングに熱中していた20代は、最高峰赤岳があり岩稜の続く南八ヶ岳が冬の主なフィールドだった。凍てついた岩壁もあれば、手ごろな氷瀑もある。年を重ねてからは、森林に覆われた北八ヶ岳の魅力にもはまるようになった。深く静かな森と湖、そして苔に包まれたなだらかな大地は、霧のように降る雨の日にとくに美しい。

2025年、文化の日の連休。そろそろ降雪も来そうなこの日に選んだコースは、麦草峠から白駒池、高見石小屋を経て渋の湯へと下りる北八ヶ岳の道だ。山行の目的はふたつあった。ひとつは、山小屋の経営者たちに近年の登山の傾向などの話を聞くこと。もうひとつは、国のデジタル庁が実証実験している「山のあかしプロジェクト」を実際に山中で試してみること。これはマイナンバーカードを使って、山小屋でチェックインすることによって「入山準備完了証」を発行するというものだ。いずれは登山届の代替になる可能性も考えられており、非常に興味深い取り組みである。

このような取り組みが現れてきた背景には、じつは「組織登山」の衰退がある。歴史を振りかえれば昭和のころは大学の山岳部やワンダーフォーゲル部、社会人の山岳会などに入会し、合宿をとおした訓練などを受けながら登山技術のステップアップを図っていくのがごく当たり前だった。わたし自身の経験を語ってみると、1981年に大学に入学し、友人に誘われて登山サークルに入った。ところがそこはサークルとは名ばかりのけっこう激しめの先輩が多く、入会していきなり残雪の日光白根山に連れていかれた。バテて倒れそうになりながら登り、しかし「これを乗り越えてもっと高みに行ってみたい」という謎の熱情が胸中に生じ、丹沢のテント泊登山から始まって徐々に行動範囲を広げていき、一年後には北アルプスの長期縦走もするようになった。縦走だけでは飽き足らなくなり、社会人山岳会にも所属してクライミングを教えてもらい、最終的には厳冬の南アルプス岩壁を登るぐらいまでにはなった。4年ぐらいかけてじっくりと技量を整えていったのだ(とはいえ山にはまりすぎて大学は4年で終わらず、最終的に7年も通って最後は中退するという羽目になったのは余計な物語ではあった)。

しかし近年はこうした組織登山が減り、個人で登山する人が非常に多くなっている。結果として、登山技術を学ぶ場がなくなるという問題が起きている。YouTubeで登山ルートを検討する人も多いと聞く。しかし他人の動画を見ただけでは、自分自身の技量が判断できない。たとえばクライミング技術のある人なら、ジャンダルムから奥穂高岳への稜線をすいすいと登れるだろう。そういう動画を見ると、初心者でも「なんだ簡単そうじゃないか」と見えてしまう。
自分の技量がどのぐらいかを判断するのが、登山ではもっとも大事なポイントである。しかしこれが個人登山ではなかなか養えない。ちなみに岐阜県の北アルプス遭難対策協議会の調査では、山岳遭難の88%が山岳会などに所属していない人によるものだったという数字が出ている。

こういう残念な傾向に頭を痛めているのが、山小屋の人たちだ。山小屋はたんに登山客を泊めるだけでなく、遭難救助の支援や登山道の整備などの公的な役割も求められているからだ。登山の世界が大きく変わってきたことで、山小屋という伝統的な文化も対応を迫られている。このあたりの話を聞いてみたいという気持ちもあり、北八ヶ岳に足を運んだのだった。

3連休の中日とあって、白駒池の駐車場は大混雑だった。ここから白駒池までは、苔の森を抜けるゆるやかな登り道をわずか15分。この短すぎる距離が、観光と登山の境を曖昧にしている。

白駒池のまわりには、青苔荘と白駒荘というふたつの山小屋がある。素朴な風情が魅力的な青苔荘の山浦雄大さんは、25歳という若さで父親から小屋を継いだ。この一帯は2010年代、「山ガール」という言葉とともに若い女性のあいだで新たな登山ブームが巻き起こり、苔の美しさもあって人気の山域となった。父親がはじめた「苔の観察会」を継いで、北八ヶ岳の森の魅力を発信している。

青苔荘で山のあかしプロジェクトの「入山準備完了証」の提示も試してみた。小屋が用意しているタブレットにQRコードが表示されており、これをスマホで読み取ると完了証の内容が表示されるしくみだ。ところが実際にやってみると、うまく動かない。理由はスマホの電波が弱く、インターネットにつながっていなかったからだった。小屋のWi-Fiをお借りして接続し、ようやく完了。認証アプリに黄緑色のシンプルな入山準備完了証が無事に表示された。青苔荘の山浦雄大さんから、ノベルティになっているピンク色のかわいらしい限定キーホルダーをいただくことができた。

山浦さんは、登山者の技量が落ちていることを近年は実感しているという。そしてそれだけでなく、観光客と登山者が混在するこのエリア特有の難しさがあると話してくれた。登山者と観光客をどこで線引きするのかが難しいのだ。観光客に山のルールを押し付けるわけにはいかないし、かといって危なっかしい登山者を放置しておくわけにもいかない。駐車場からここまでサンダルで上がってくるような登山者に注意すべきかどうかは、微妙で厄介だ。

白駒荘に移動し、オーナーの辰野廣茂さんに話を聞いた。「岩稜帯の南八ヶ岳のように滑落や落石の事故はあまりないけれど、北八ヶ岳の森では道に迷い遭難するケースは少なくない。年に数度は、池に落ちる人だっているんだから」という。観光に来ただけなのに遭難騒ぎになってしまうケースもあるということだ。

とはいえ、白駒池までは駐車場から徒歩15分。登山への規制をそこまで厳しくする必要があるのかという議論はあるだろう。では白駒池からさらに上部にある高見石小屋はどうだろうか。ランチに出す揚げパンが「映える」というので人気になっているこの小屋は、白駒池から約40分。途中の山道は沢筋で石がゴロゴロしていて、おまけにやたらと滑りやすい。けっこう難儀な道なのだが、それでも観光客のなかにはここまで登ってくる人もいる。高見石小屋の小屋番、木村託さんは「ここは観光客がぎりぎりやってくる場所ですね」と言う。その人たちは観光客なのか、それとも登山者なのか。転べば怪我をする可能性もある山道を登ってくる彼らを、どう扱えばいいのか。

おまけに近年は、登山届を出さない人も増えている。最近は各都道府県警察のサイト経由でも提出できるのだが、組織登山の衰退もあってそもそも登山届というもの自体を知らない人も多いらしい。
わたしがアドバイザーを務めているココヘリという有料の山岳捜索サービスがある。貸与される発信器を登山中に所持していれば、仮に行方不明になっても上空からヘリやドローンで電波を検知し、居場所を突き止めてくれる。たいへんすばらしい取り組みなのだが、発信器を持っていても、どこの山域に行ったのかがわからなければドローンを飛ばしようがない。日本の山岳は広大だからだ。さらには本人がココヘリにさえ加入していないのに、「家族が登山から帰ってこない、どこに行ったのかもわからないが、なんとか探せないだろうか」と事務局に悲痛な訴えが来ることさえあるという。登山届を出さず、ココヘリのようなサービスにも入っていなければ、もはやなにもできない。

登山者の技量の低下、登山と観光の混在、登山届の有名無実化……さまざまな問題が起きている。
さらには自然の側が変化しているということもある。高見石小屋の木村さんによると、小屋周辺の登山道は以前よりも悪くなっているという。「豪雨が起きると、登山道の土が流されてしまう。そういうことが最近は繰り返されて、道に埋まっていた大きな石が露出し、えらく歩きにくくなっているんです」
たしかにわたしの観測範囲でも、水害多発で倒木が増え、森が荒れてしまっている山をあちこちで見るようになった。滑落や落石などの危険性は以前よりも高まっているのではないか。

21世紀の日本の登山は、こんなことになっている。ではどうすればいいのだろうか?
昔のように山岳会に所属すればいい、というのは単なるノスタルジーでしかない。いまさら山岳会でしごかれたいと思う人などほとんどいないだろう。
では規制を厳しくすればいいのかというと、それも簡単ではないとわたしは思う。なぜなら登山というのは、グレーゾーンの大きいスポーツだからだ。

富士山では2025年から入山規制を厳しくし、山梨県側と静岡県側の両方で入山料4,000円を徴収するようになった。登山口にはゲートが設けられ、登山者は十分な装備を持っているかをチェックされている。これらはすばらしい遭難対策だと思うが、気になるのは夏のシーズンが終了後の対応だ。9月の閉山日を過ぎると、入山手続きはできなくなり、ゲートも閉鎖される。問題は、これをもって「閉山日以降は富士登山は禁止されている」と思い込んでる人が一般社会に少なくないことだ。テレビなどの報道にもそういう誤解が見受けられる。
しかし冬山登山をしている人ならだれでも知っているように、冬富士はすばらしい登山のフィールドである。わたしも20代のころに何度か冬富士に登った。厳冬の陽光にギラギラと光る広大な斜面、アイゼンの爪さえはじき返す硬い蒼氷、吹き付ける強風——もちろん滑落の危険は高いものの、たとえようもないすばらしい体験だった。
とはいえ、じゃあだれでも冬富士に登っていいのかと言われると、それも違う。冬山装備の基本をしっかりと学んでトレーニングを積み、体力もある者だけが挑めるのが冬富士だ。しかし現在では、その技量を測る標準というものが存在しなくなっている。かつては「冬富士登山の是非」をグレーのままにしていても、山岳会がそのグレーを吸収してくれた。しかしいまや、だんだんとグレーが許容されなくなってきているようにも思う。いずれ冬富士登山も指弾される日がやってくるかもしれない——そんな心配さえ感じる。

ではどうすればいいのか。この先に希望の地平はあるのだろうか。
わたしは最終的には、地道に登山の文化を盛り上げることしかないと思っている。登山の経験や技量を登山者の多くが共有でき、そのなかで自分の技量を高めていくことにおもしろさを感じることができる文化だ。一朝一夕にできあがるものではないが、21世紀の新しい登山のかたちとして発展していくためには文化はなくてはならないものである。

その基盤として、テクノロジーはこれからの登山の文化を支える大事なパーツになり得るはずだ。「山のあかしプロジェクト」にわたしが注目しているのは、その萌芽があるからだ。
デジタルツールとしては正直なところまだまだ荒削りで、使いづらい。マイナンバーカードだけでなく、デジタル認証アプリをスマホにインストールする必要があり、登録がけっこう面倒くさい。いま書いたようにネットの接続も必要だ。まだ北アルプスや八ヶ岳の一部の山小屋でしか対応できていない。
だがこうした面倒さや不具合はやがて改善されるだろう。わたしとしてはこのプロジェクトのさらにその先を展望したい。「テクノロジーが支える登山文化」という姿が、ほのかに見えてくるはずだ。

最終的に目指してほしいゴールは、こんな感じだ——マイナンバーカードをかざすだけで入山準備が完了でき、それが登山届の一部にもなる。そしてあちこちの山岳への入山を積み重ねていけば、それが登山回数の蓄積として可視化され、経験や技量を測る一助にもなっていく。
白駒荘では、ちょうどやってきた女性の登山者が入山登録完了証を受け取っているところに遭遇した。声をかけてみると、「ノベルティを揃えるのが楽しみなんです」と話してくれた。白駒荘の辰野さんもこう話してくれた。「マイナンバーカードを使ったこの取り組みが、遭難を減らす第一歩になってくれれば。とにかくそれでいいんです。すべてはここから始まると期待してる」

さっきまで晴れていたというのに、11月の八ヶ岳は急に霧に包まれ、気がつけばみぞれまで降ってきた。風が強まり、寒い。白駒池から高見石小屋に登り、名物揚げパンと熱い飲み物でお腹を満たした。

ジャケットを羽織り直して西へと出発し、小さなピークを越えると視界が開ける。霧の向こうに広大な山腹が見え隠れし、霧氷が覆っているのが見えた。大きな白い石がゴロゴロとして歩きにくい賽の河原を通過し、2時間ほどで渋の湯へと下山した。

気がつけば霧は消えて、明るい秋の陽射しが木々のあいだから差し込んできていた。

文筆家、情報キュレーター・佐々木俊尚

新聞社、IT専門誌の記者を経て独立し、IT・テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルに至る幅広いテーマを取材、執筆。メルマガや音声メディア、書籍、講演など多様な場で発信を続ける。近著に『フラット登山』(かんき出版)

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