
「撥水ウエアは洗う」が常識。STORM創設者が語るPFASフリー時代のメンテナンス術
PEAKS 編集部
- 2025年12月27日
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アウトドアギアの「PFASフリー化」が完了し、かつてのような強力な撥油性が失われたことは、多くのユーザーがすでに実感していることだろう。
「洗うことが重要」という認識も広まりつつある。だが、それでも「洗っても機能が戻らない」「すぐに撥水性が落ちる」と感じる場面は少なくないはずだ。そのボトルネックは、洗い方そのものではなく、使用する洗剤の「pH値」と撥水剤の「分子構造」にある。
英国発のケア用品ブランド「STORM」創設者であり、業界の最前線に立つティム・ウィルソン氏は、多くの他社製品が見落としている「科学的な盲点」を指摘する。なぜ一般的な洗剤や撥水剤では不十分なのか。現代のウエアの寿命を左右する、プロフェッショナルなケアについて語ってもらった。
編集◉PEAKS
文◉小川郁代
写真◉松島星太
なぜいま、アウトドアウエアに「洗濯」が必要なのか?

ここ数年、アウトドアウエアのトップブランドがこぞって「ウエアを洗うこと」を話題に取り上げていることに、気づいている人は少なくないだろう。かつてまことしやかに語られていた「テクニカルウエアは洗わないほうが長持ちする」という誤った常識は、いまや180度覆された。いかに正しく洗うかが、ウエアの寿命を延ばすためにも、機能を十分に発揮させるためにも非常に重要だという認識が、ようやく広まりつつある。
しかし、なぜいま「洗うこと」が一斉に叫ばれるようになったのだろうか。
その背景には、近年アウトドアウエア業界に生じた、「地球環境」と「撥水テクノロジー」の関係における劇的な変化がある。
この日、東京駅からほど近い場所にある「パタゴニア東京・京橋」には、来日中の「STORM(ストーム)」創設者、ティム・ウィルソン氏の姿があった。「STORM」がつくるテクニカルウエア専用のケア用品は、その機能と使いやすさ、安定性が認められ、パタゴニアでも使用が推奨されている。歴史的にもアウトドアアクティビティが盛んなイギリスを拠点に、次世代のテクニカルウエアを「洗うこと」で支えるSTORM製品のについて、パタゴニアでテクニカル製品を担当する片桐氏を交え、ティム氏に詳しく話を聞いた。
世界的な「PFASフリー」への移行と課題

──ここ数年、パタゴニアでもレインウエアやハードシェルなどのテクニカルウエアの「洗濯」の重要性が語られることが、急激に増えた理由を教えてください。
片桐:それは、アウトドアウエアには欠かせない撥水加工に長年使用されてきた「PFAS(ピーファス)」(※1)と呼ばれるフッ素化合物を排除する動きが、世界的に高まったことが大きな理由です。とくに「ゴアテックス」が、フッ素化合物を使わない「PFASフリー」の「ePEメンブレン」に移行したことが大きな転機になりました。
(※1 PFASとは、自然環境で非常に分解されにくい有機フッ素化合物の総称)
パタゴニアは「PFAS」の人体や環境への有害性を早くから問題視し、10年以上の時間をかけて「いかにしてフッ素を使わずに、過酷な環境に耐える防水ウエアを作るか」という難題に、ゴア社といっしょに取り組んできました。現在パタゴニアのすべての製品が、「PFAS」を意図的に使用せず作られています。
「魔法の撥水剤」C8からC0への歴史

──「PFASフリー」を実現するまでに、どのような過程があったのでしょうか。
ティム:アウトドアで非常に重要な役割を果たす撥水剤は、1930年代に発明されましたが、その誕生はちょっとした偶然がきっかけでした。当時、ジェットエンジンの製造に関わっていた女性が、燃料パイプをつなぐための、石油の腐食に強いシール剤を開発していたんです。あるとき、シール剤の原料となる液体が自分の靴にかかってしまい、それを洗い流そうとしたところ、液体のかかった部分だけが完全に水をはじき、どうしても落とせないことに気付きました。こうして生まれたのが、「C8」と呼ばれる撥水剤です。
ところが、1990年代後半になって、毎日身に着ける衣服や、赤ちゃんがハイハイするカーペット、車の塗装など、日常のあらゆるものに、防水のために使用される化学物質が残留していることが明らかになりました。しかも、それらが人体に悪影響を及ぼすことや、分解されず永遠に地球上に残ることも判明しました(※2)。
(※2 PFASは炭素‐フッ素結合の強さにより、自然環境下では極めて分解されにくいとされている。その残留性の高さから“Forever Chemicals”と呼ばれるが、科学的立場ではいまのところ「絶対に分解されない」と断定されているわけではない)
より優れた防水性を求めるテクノロジー開発の時代を歩んでいた長い期間、化学メーカーはあらゆるものに防水機能を与えるための、優れた製品を作り続けました。しかし、環境への配慮は一切なく、これらの製品にどのような問題があるかが、研究されることすらなかったのです。
そこからようやく、当時使用されていたフッ素化合物配合の撥水剤「C8」が、環境負荷の軽減を目的に開発された「C6」へ、そして、現在使用されている完全にPFASフリーの「C0(シーゼロ)」へと移行していったのです。
「洗わない」がウエアの寿命を縮める理由

PFASフリー(C0)への移行による最大の問題は、撥水剤から「撥油性(油を弾く力)」が失われてしまったことにある。
失われた「撥油性」と生地剥離のリスク
──その移行に10年以上もの長い年月がかかったということですね。そこにはどんな問題や課題があったのでしょうか。
ティム:最大の問題は、C0には「撥油性(油を弾く力)」がまったく備わっていないということです。撥水性については、日々の研究を重ねることで、C8に迫るレベルまで高めることができました。しかし、C0でかつてのような撥油性を得ることは、科学的に不可能と言わざるを得ません。
──撥油性がなくなると、具体的にはどんな問題が起きるのですか?
ティム:皮脂や日焼け止めなどが付着すると、生地表面でトゲのように並んで水を弾く分子構造が油の膜で覆われて、撥水機能が失われます。すると、生地の表面に濡れが広がり水の膜ができる「ウェットアウト」の状態になって、透湿性を失い内側のムレが生じます。
さらに深刻なのが、「生地の剥離」です。生地についた油分を放置すると、繊維内部に浸透し、防水透湿素材を生地に貼り合わせている接着剤を劣化させてしまいます。一度剥離した生地は元に戻すことができず、製品自体の寿命がそこで終わってしまいます。
だからこそ、洗濯が重要なのです。C8の時代は、なにもケアしなくても魔法のように水を弾き続けました。しかし、残念ながらいまは違います。現代のウエアを長く快適に使うには、適切なケアをセットで考えなくてはなりません。逆に考えれば、適切な方法で付着した油分や汚れを取り除くことができれば、撥水性を回復させることも、製品を長持ちさせることもできるのです。
機能を復活させる正しいケアとSTORMの技術

現代のウエアを長く快適に使うには、洗濯と撥水をセットで考えなくてはならない。適切な方法で汚れを取り除けば、撥水性を回復させることもできるのだ。
「洗浄」と「熱処理」が撥水の鍵
──具体的には、どのようなケアをすればいいですか。
ティム:大切なのは、しっかりと機能する洗剤と撥水剤の両方を、正しく使うことです。撥水にばかり目がいきがちですが、その前の「洗浄」が正しくできていなければ、十分な効果を発揮することができません。
まずは、専用のクリーナーを使って、定期的に付着した油分や汚れを取り除きます。使用頻度や使い方にもよりますが、ジャケットなら月に一度くらいを目安に。雨や雪が降ったときや汗をかいたとき、泥がついたときなどはその都度洗うべきです。とにかく、マメに汚れを落とすことが大前提です。

そして、非常に大切なのが、洗浄後、撥水剤を使用したあとに「熱」を加えるということです。生地の製造工程でも、撥水加工をした後200℃近い熱を加えて定着させますが、家庭でのケアでも、乾燥機やアイロンなどで熱を加えることは、撥水性を高めるのにとても効果的です。熱を加えることで撥水剤の分子がシャキッと立ち上がるようにきれいに並んで、水弾きが劇的によくなります。分子が寝た状態だと水が浸入しやすいのです。
傘などに使うシリコン系の防水スプレーは、一時的には水をはじきますが、耐久性がありません。また、表面を薄い膜で覆うため、透湿性を損なうことがあります。ホコリや汚れを吸着しやすいという欠点もあるので、テクニカルウエア本来の機能を維持するために、使用を避けるべきです。
「スノーフレーク構造」と「pH値」の科学的優位性
──STORMの製品と他社製品とでは、どのような違いがあるのでしょうか。
ティム:STORMの撥水剤がおもしろいのは、まるで磁石のようにウエアの生地表面に付着する性質をもっているところです。ていねいに絡ませようとしなくても勝手にくっついて、そこに熱を加えると、さらにしっかりと固着するんです。
理由は、分子構造の違いにあります。他社の多くの撥水剤は、分子構造が一本のロープのような直線なので、生地とつながるポイントが、線の両端の2点しかありません。一方でSTORMの撥水剤は、分子が雪の結晶(スノーフレーク)のように複雑に枝分かれして絡み合っているので、生地との接地面が多く定着性が圧倒的に高くなります。しかも、この構造が繊維を保護して、生地の耐摩耗性も大きく向上させています。
また、クリーナーの「低発泡性」にもこだわっています。一般の洗剤のように大量の泡が出ると、それを洗い流すために大量の水と時間がかかりますが、STORMの洗剤は泡を極力抑えた製法にしているため、1回のすすぎで洗剤をすべて洗い流すことができます。これが、時間と水の使用量を抑え、環境負荷を小さくすることにつながります。

──泡がなくても汚れは落ちるのですね。日本人の多くは泡の立つ洗剤に慣れているので、泡が立たないと物足りないというか、汚れが落ちているように思えない気がしますが。
ティム:それはたぶん、イギリスもほかの国も同じです。ただ、泡を立てることで満足度は上がっても、実際には汚れを落とす効果が上がるわけではありません。
それよりも、ファブリック、ダウン、メリノウールなど、素材それぞれに異なる最適なpH値を、正確に守ることが極めて重要です。STORMはもちろん完璧に適合させているため、素材に負担をかけることなく、汚れをしっかりと落とすことができます。しかし、他社の製品では最適なpH値から大きく外れているものも多数見られます。
「汚れたら洗う」をポジティブな文化に

機能維持のために洗濯が不可欠であることは、ここまで語られたとおり科学的事実だ。しかし、ユーザーの間には、いまだに根強い心理的なハードルが存在している。
「洗わない=長持ち」という古い神話を終わらせる
──テクニカルウエアを洗うということに抵抗がある人が、まだ少なくないという現状にはどのような理由があると思いますか? シャツやソックスは家で洗うけれど、スーツやウールのコートはシーズン終わりにクリーニング店に出すという感覚に似ているのでしょうか。
片桐:以前から、テクニカルウエアは自宅で洗えることは伝えてきましたし、定期的に洗うという習慣を定着させるため、いろいろな機会で発信をしていますが、「洗わないほうが長持ちする」、「洗うと機能が落ちる」と考える人がまだまだいるようです。昔、ゴアテックスが最初に登場したとき、「なにもしなくていい、洗わなくていい」という情報があったらしく、それが浸透してしまっているのかもしれません。
スノーボードにワックスをかけるのと同じで、最高のパフォーマンスを出すためにウエアを洗うのは、当然のことなんですけれどね。

ティム:そのとおりです。ただ、「汚れによってウエアが機能を失うと、濡れて凍えて命が危険にさらされる」と一生懸命説明しても、それほどハードな環境を体験したことのない人が具体的にイメージするのは難しいでしょう。だから私たちは、別のアプローチでユーザーに訴える必要があると思います。
それは、「物を大切にする」というマインドに訴えかけるということです。大金をはたいて車を買ったら、洗車をしてきれいにしておきたいですよね。お気に入りの靴が汚れたら、すぐに汚れを落としたい。日本に来て改めて思いましたが、電車に乗っている人はみんな、靴も洋服もクリーンで、高価なものをスマートに着こなしています。パタゴニアの製品も、決して安い買い物ではありません。みんな、それを身に着けることをうれしく、誇らしく思っていると思います。だから、「洗わないと危険だ」と脅すのではなく、「手入れをすれば最高にすてきに見えるし、大切なウエアを長く使える」というポジティブな提案のほうが、きっと多くの人に伝わると思います。
片桐:たしかに、それならアクティビティの種類や使い方に関わらず、より多くの人に届けることができそうです。もちろん、洗濯の重要性や方法、その背景も含めた正しい情報を伝える機会を、継続的に提供していくことにも注力していかなくてはいけません。
環境と共存する未来の撥水テクノロジー

科学的に、現在のC0撥水剤の性能を、かつてのC6やC8のレベルまで戻すことは難しい。だからこそSTORMは、環境に配慮しながらもパフォーマンスを最大化させるため、新たなアプローチで技術開発を進めている。
「魔法」なき時代の次なる一手。油汚れと廃棄物への挑戦
──最後に、これから先STORMが考えている、新たな製品や技術の開発はありますか?
ティム:科学的には、C0の撥水性や撥油性を、かつてのC6やC8のレベルまで戻すことは難しいでしょう。ですから、私たちの今後の役割は、より優れた「油汚れ用クリーニング製品」を作ることにあります。
開発には、パフォーマンスと環境のふたつの視点があります。パフォーマンス的には、化学物質を反応させて「エクステンダー(増量剤・調整剤)」として機能させ、より高い環境効果と撥水効果を両立させる研究を進めています。また、廃棄されるオイルなどの食品廃棄物から撥水剤を作れないか、さまざまな素材を使ってテストを繰り返しています。これが成功すれば、環境にとってよい結果をもたらすことができるでしょう。
環境のために、あえて「魔法」を手放したいま、ウエアに再び命を吹き込めるのは、ユーザーであるみなさんひとりひとりです。私たちは製品で、そのお手伝いをしていきたいと考えています。
正しい知識とテクノロジーを味方につけ、愛着あるギアの性能を、自らの手で最大限に引き出す。それが、これからの時代のスタンダードだ。
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文◉小川郁代
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PROFILE
PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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