
静謐の森と湖沼をめぐるスノーハイク。八幡平と藤七温泉の「白濁の湯」|山本晃市の温泉をめぐる日帰り山行記 Vol.17
山本 晃市
- 2026年03月13日
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温泉大国ニッポン、名岳峰の周辺に名湯あり!下山後に直行したい“山直温泉”を紹介している小誌の連載、「下山後は湯ったりと」。
『PEAKS 2026年5月号(No.177)』では、十和田八幡平国立公園内にある八幡平に登りました。下山後の“山直温泉”は、藤七温泉「彩雲荘」へ。
“山直温泉”の記事・情報は
『PEAKS 2026年5月号(No.177)』の
「下山後は湯ったりと」にて!
編集◉PEAKS編集部
文・写真◉山本晃市(DO Mt.BOOK)
山なのに、なぜ“○○平”? 日本一「水平」な百名山
十和田八幡平国立公園の奥深い地、人工物のほとんどない秋田岩手の県境にまたがる八幡平(はちまんたい/標高1,613m)。周囲に集落や民家はなく、原生的な自然がどこまでも続く。
八幡平は、その名に「平」の文字を冠するとおり、山頂周辺になだらかな高原が広がる優美な山だ。地質学的には、成層火山に分類される。成層火山とは、おもに同一の火口から噴出された溶岩や火山灰などが積み重なって形成された山のこと。一般的には円錐状の独立峰が多く、富士山や羊蹄山、阿蘇山などがその代表格。ところが八幡平は、浸食や二次的な爆発によって突起状の頂が失われ、現在の台地状の山(アスピーテ)へと姿を変えていった。
八幡平の「平」っぷりは、地形図を見れば一目瞭然。山頂周辺の等高線は幅広く、山頂を離れ周囲の山々に近づくほどに等高線の目が細かくなっていく。
実際に歩いてみても、頂上到達!という感覚にはまったくならない。まさに名前に違わぬ、八幡「平」だ。

ここでひとつ疑問が浮かぶ。山なのになぜ「○○平山」ではなく、「平」で終わるのか?
地形用語の「平」は、「山地に対して、低く平坦で広い土地」を意味する。具体的な地形としては、「平野」や「平地」がそれだ。一般的な感覚では、「山」と相反するものが「平」ということになる。
漢字単独の場合は、おもな意味は「高低やでこぼこがない様子」。ただし、造語や複合語として「平(だいら)」と使う場合は、「山間の平地」を指す(以上、『新明解 国語辞典』三省堂より)という。
たしかに「平」と地名につく場所は、平野や平地ばかりとは限らない。
静岡の日本平や長野の菅平、立山黒部アルペンルートの美女平など、丘陵や高原にも「○○平」という地名が多々ある。
さらに山であっても、「平」という字は日本各地で使われている。
たとえば、日本百名山の平ヶ岳(ひらがたけ/標高2,140m)、新潟百名山の日本平山(にほんだいらやま/標高1,081m)、三国山脈の一座である平標山(たいらっぴょうやま/標高1,984m)、全国に多数ある大平山(おおひらやま/たいへいざん)などなど。
上記をはじめ、「平」とつく山は、穏やかな山容(とくに山頂周辺)であることが多いようだ(もちろん、例外もあるだろう)。

総じて、標高の高低に関わらず、平べったい形状の土地ゆえ「平」という字がつけられる、と言えるだろう。ただし、「平」と山名についても、登山するには難儀な山もあるのでご注意を。
とはいえ、「○○平」という地名は「○○だいら」と読むことがほとんど。先述した日本平や菅平、美女平など、日本各地の「○○平」は、ほぼすべて「だいら」と読ませる。
八幡平のように「たい」と読む地名は、八幡平が唯一のようだ(参照資料:武内 正『日本山名総覧─1万8000山の住所録』白山書房、ほか)。
ちなみに深田久弥は、「平」の読みについて『日本百名山』でこう触れている。
「八幡平の平をタイラではなくタイと読むのは、八甲田山などに多い『岱』と同義語であるからだろう。タイとは山上の湿地帯の意で、あるいは古語の『田井』から来たのかもしれない」
「たい」という響きには、単なる地形の平坦さだけでなく、そこに水をたたえ、生命を育む大地への敬意が込められているのかもしれない。

スノーシューいらずの銀世界へ
さて、「たい」を体感すべく、八幡平を歩こう。
今回のスタート地点は、八幡平見返峠第1駐車場。登山口の目の前、八幡平山頂レストハウスに併設する有料の駐車場(普通車1日¥500)だ。
装備を確認し、まずは八幡平パークサービスセンター内の森の案内所に立ち寄る。残雪状況やクマ対策、山のマナーなど、登山に役立つ最新情報をコンパクトに提示している。また、長靴やスノーシュー、ストック、サングラスをレンタルできるので、万一不足のある場合は利用したい。

5月下旬、下界に初夏の気配が漂うころ、八幡平は依然として純白のベールに包まれている。森の案内所の説明では、遊歩道上にも雪が残っている箇所が多々あるが、今回のルートであれば長靴や防水機能のあるトレッキングシューズでも十分に歩ける、とのこと。スノーシューや軽アイゼンがなくてもスノーハイクを楽しめるようだ。
登山道は、標高1,541mの秋田岩手県境を秋田側へまたいですぐの道路脇から始まる。入口に立つ「クマ出没注意」の看板を横目に、緩やかな傾斜の遊歩道をまずは登っていく。

乾いた石畳の遊歩道を進むと、すぐに分岐が現れる。鏡沼方面へと向かう左側のルートへ。と、景色が一変、一面の銀世界となった。周囲に人の気配はない。一歩進むごとに雪を踏みしめるザクザクという靴音が森に浸みてゆく。冷たく澄んだ空気を独り占めしながら、どこまでも水平に歩いていける。なんて贅沢!

ドラゴンの目覚めと潤んだ涙
さらに進み、雪原を抜けた先に待っているのが、いまや世界的に知られている「ドラゴンアイ」の鏡沼。例年、5月後半から6月上旬にかけて、巨大な青い瞳が出現する。この日はまだアイスブルーの輪がうっすらと色づき始めたばかり。長い冬の眠りから覚めようとする龍の鼓動を感じるような、そんな神秘的な光景だった。
鏡沼を越えると、すぐにまた右手下に小さな池塘が現れる。メガネ沼だ。森の深い緑を映し出し、エメラルドリーンに輝いている。鏡沼と並んでメガネのように見えるからメガネ沼、ということらしいが、ここ最近は「ドラゴンの涙」と呼ばれ、人気急上昇だという。
青く澄んだ瞳の「ドラゴンアイ」と、深い緑色に潤んだ「ドラゴンの涙」。白い雪が、その色彩をいっそう鮮烈なものに際立たせていた。


「水平志向派」にとっての楽園
再び平坦な雪原をのんびりと歩く。しばらくすると、突如として木造の展望台が現れる。ここが標高1,613mの山頂だ。あまりに平坦で、頂上という実感がまったく湧かない。そのため、かつて山頂部に土が盛られたという。それも八幡平らしくて微笑ましい。1962年、岩手県によるものだ。その後、木造の展望台が建てられたが老朽化し、いったん取り壊された。現在の展望台は、2014年に完成した二代目だという。
この展望台とともに「八幡平 頂上 一、六一三メートル」という標識が、山頂の正確な位置を知らせてくれる。やはり八幡平は、まごうことなき八幡「平」だ。



山頂通過後も穏やかな雪原が続く。この区間、前方左手に雄大な岩手山をずっと仰ぎ見ながらの散策となる(トップ写真参照)。そして、氷と雪に覆われたガマ沼へ。ここでも前方に岩手山。さらに進み、ガマ沼前の展望台に立つ。本エリア最大の湖沼、八幡沼が高原台地に横たわっている。周囲を湿原が覆い、その外側には針葉樹の森がどこまでも続いている。空が広い。ここからの景観も八幡平ならではものだろう。
その後、見返峠へと向かい、ゆっくりと下り始め、先の鏡沼への分岐に戻る。そのまま石段を下れば、まもなく頂上入口だ。
1周約3km、わずか1時間ほどのスノーハイク。だが、ここで出会う景観には、数千メートル級の峻険な山々にも劣らぬ魅力がある。静謐の森と神秘的な湖沼が穏やかな平原に散りばめられた、ここにしかない光景。そんな空間を味わい尽くせる八幡平は、まさに「水平志向派」にとっての楽園そのものだった。


山上に湧く、八幡平の至宝“白濁の湯”
八幡平周辺には、全国的にも名高い名湯秘湯奇湯が多々ある。蒸ノ湯(ふけのゆ)や後生掛(ごしょうがけ)、玉川温泉……と、長期で湯巡りしたくなるほど温泉好きにはたまらないエリアだ。
そんななかでもコアなファンが多い名湯中の名湯が、今回訪ねる藤七(とうしち)温泉「彩雲荘」。乳白色の湯をたっぷりとたたえる極上の露天湯を味わえる。湯床を手でさらえば、白濁した泥がたっぷり。お肌に泥パックで、みんな美人!
さて、ストックをタオルに持ち替え、さっそく極上の湯をいただきに行こう。
*温泉の詳細は、『PEAKS 2026年5月号(No.177)』p.221にて。





山行&温泉data
コースデータ 八幡平
コース:八幡平見返峠第1駐車場~八幡平森の案内所~頂上入口~ドラゴンアイ分岐~鏡沼~八幡平山頂展望台~ガマ沼展望台~見返峠~頂上入口~八幡平見返峠第1駐車場
コースタイム:約1時間
標高:1,613m
距離:約3km
下山後のおすすめの温泉 岩手県/藤七温泉「彩雲荘」
- 岩手県八幡平市松尾寄木北の又
- TEL.090-1495-0950
- 入浴時間(日帰り):8:00~17:00(宿泊者は24時間可能)
- 営業期間:4月下旬~10月下旬
- 入浴料(日帰り):大人¥700/小学生以下¥350
- 泉質:単純硫黄泉
- アクセス:八幡平見返峠第1駐車場より車で約3分
- URL:https://toushichi.com/
記事・情報は
『PEAKS 2026年5月号(No.177)』の「下山後は湯ったりと」にて!
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PROFILE
PEAKS / 編集者・ライター
山本 晃市
山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。
山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。




















