
ツアー・オブ・ジャパン2026が閉幕 30周年の大会を支えるプロフェッショナルたちの現場の声
Bicycle Club編集部
- 2026年06月02日
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ツアー・オブ・ジャパン(TOJ)2026は、第8ステージ「SPEEDチャンネル東京」で8日間にわたる戦いの幕を下ろした。総合優勝はソリューションテック・NIPPO・ラーリのマッテオ・ファッブロ(イタリア)が獲得し、チーム総合ではトレンガヌサイクリングチームが頂点に立った。東京ステージは大集団でのスプリントフィニッシュとなり、大きなタイム差のつかない形で熱戦は締めくくられた。
本稿は最終日の現場で行ったインタビューを軸に構成しているが、その内容は単なる一日の記録にとどまらない。30周年という節目を迎えた大会全体を通じて見えてきた、現場のリアルな実像を映し出すルポルタージュである。


レースを裏で支える究極のプロ集団、マヴィックスペシャルサービスコース
マヴィックやシマノといったニュートラルサービスは、鮮やかなカラーリングの車両とともにレースを走ることから、沿道の観客からも常に注目を集める存在だ。
トラブルに見舞われた選手にとってはまさに“救世主”とも言える存在であり、その役割は単なる機材交換にとどまらない。車両には予備機材が整然と積み込まれ、そこに乗り込むのはあらゆるトラブルに即応するメカニックのエキスパートたちだ。レースの流れの中で、一瞬の判断と確実な作業が求められるニュートラルサービスは、レースの根幹を支えるプロフェッショナル集団である。

スペシャルサービスコースマネージャーの藤田一鷹氏は、その緊迫した現場の裏側をこう語る。
「ニュートラルサービスとしては、基本的に車には常に4台のバイクを積んでいます。ペダルはあらかじめ付けているわけではなくて、選手がどのペダルを使っているかを確認してから付ける形にしています。シマノだったり、スピードプレイだったり、全部車に積んであるので、ステージの前に各チームのテントを見て『今回はどのペダルが多いか』を確認して、その数を見ながらセットする感じですね。今回はシマノが多かったので、シマノを基準に準備していました。あと、今は全部のバイクにドロッパーポストを付けているんですよ」


実際のレース中のトラブル対応においては、文字通り「秒」を争う判断が求められる。
「片方のパンクであればホイール交換、両方パンクしている場合はバイク交換、リアディレーラー破損や変速不能といったメカトラブルもバイク交換、という判断になります。できるだけ選手のバイクを使った方がいいので、片輪であればホイールで対応しますが、前後の場合はバイクを丸ごと渡した方が早いですね。
あと大事なのは『どこで止まるか』ということです。トラブルって危ない場所で起きることも多いので、無理にその場で止まらず、安全な場所まで移動してから対応します。後続の選手や車両もいるので、二次災害が一番怖いですから」

「車両はスバル・レヴォーグを使っています。サイズとパワーのバランスがよくて、レースの中でも安定して走れます。あとは選手とのコミュニケーションですね。何も言わずに立っていると、パンクなのかメカトラなのか分からないので、手を上げるなどして分かるようにしてもらえると助かります。後から言われてもその場で判断できないと対応できないので、その点は重要です。
今回のツアー・オブ・ジャパンは、全体的にトラブルが少なかった大会でした。チェーントラブルで1回対応したくらいで、あとはほとんど出動はなかったですね。群馬のコースのような路面が荒れている場所だとパンクが起きやすいですが、今回は全体的に落ち着いていました」
「見せるスポーツ」としてのロードレースの未来を模索する
会場には、元プロトライアスリートであり元都議会議員でもある白戸太朗氏の姿もあった。スポーツナビゲーターとしても幅広く活動する白戸氏は、日本のロードレースが抱える課題と今後の展望について熱く語ってくれた。

「やはり自転車レースは『人に見てもらえる場所でやること』が大事だと思っています。以前は日比谷をスタートして、多くの観客が見られる環境がありましたが、今は現地に来た人しか観られない形になっています。ヨーロッパのレースは多くの人の目に触れるのに対して、日本はまだその機会が少ない。
だからこそ、たまたま通りかかった人が『かっこいい!』と感じるような環境が必要だと思います。都心での開催は簡単ではありませんが、ロードレースは見せるスポーツでもあるので、多くの人に見てもらう機会をどうやって作っていくかが今後の重要な課題ですね」
8日間の死闘。シマノレーシング渡邉和貴が痛感した世界との差
華やかな舞台の裏で、選手たちは己の限界と戦い続けている。今回がTOJ初参加となったシマノレーシングの渡邉和貴は、8日間という未曾有の長丁場と、海外チームの圧倒的な強さを肌で感じていた。

「8日間のステージレースは初めてでした。これまで最長だった熊野の4日間の倍になるので、身体的にも精神的にもかなりきつかったです。とにかく毎日耐えるだけのレースでした。
東京ステージのラストスプリントでは70Km/h近く出ていたと思います。流していても5070Km/h近く、平均でも4870Km/hくらいの感覚でした。テクニカルガイドの中でも一番速い想定ラインに近いペースで進んでいたと思います。ここ数年で平均速度はかなり上がっていて、機材も含めてレース全体のレベルが上がっていると感じました。
国内のレースとは違って、海外勢は5人、6人でまとまって動くので対応が難しいです。しかも全員が強い。組織的に動くチームが多くて、個の力だけでなくチーム力で引きずり回される感じでした。コースもインターバルが多くて負担が大きく、特に京都と相模原がキツかったですね」
渡邉は自身の走りを振り返り、「今回の自己評価は50点です。完走はできましたが、まだまだ足りないと感じています」と悔しさを滲ませながらも、次なる成長への決意を語った。
結果が求められる次世代と、進化を続ける30周年のTOJ
今回のTOJには、これからの日本自転車界を背負う若手たちも参戦した。ジャパンナショナルチーム(ツアー・オブ・ジャパン東京ステージ)を率いた宮﨑景涼監督は、次代を見据えた厳しい目線を向ける。

「今回のチームはU23を中心とした若い構成で、ブリヂストンとの混成という形でした。若い選手たちにとっては経験を積む意味合いが強い大会だったと思います。レースの中では、それぞれができることはやってくれましたが、これからは『結果』も求められる段階です。海外を目指すには、経験だけではなく結果が必要になりますから。
8日間のレースはチームとしても手探りの状態でした。特に新しく導入されたチームタイムトライアルは難しく、準備やデータがない中での挑戦でしたが、最後まで走り切ったことは良かったと思います。新しい体制での第一歩という意味でも、この大会は大きな経験になりました」
そして、大会全体を俯瞰するツアー・オブ・ジャパン大会ディレクターの栗村修氏は、30周年という大きな節目を迎えた大会の「継続と変化」について語った。

「ツアー・オブ・ジャパンは今年で30周年になります。長く続ける中で、継続の難しさと変化の難しさの両方がありますね。今年は美濃ステージが開催できなくなり、新たにチームタイムトライアル(TTT)を導入しました。結果としては非常に好評で、地域の方々にも喜んでもらえました。
TTTは新しい可能性を感じる種目で、今後のコース設定の選択肢の一つになると思います。継続と変化のバランスを取りながら、今後もこの大会をさらに発展させていきたいと考えています」
それぞれの物語が交差した8日間


ツアー・オブ・ジャパンは、選手たちの熱い戦いだけでなく、その裏で大会を支える多くのプロフェッショナルたちによって成り立っている。
一瞬の判断でレースの安全と進行を支えるニュートラルサービス、観戦の在り方を模索し啓蒙する関係者、世界の高い壁に挑み続け、悔しさをバネにする選手たち。そして、未来を見据えた育成と、大会の存続・発展に尽力するオーガナイザーたち。
それぞれの立場でベストを尽くす人々の役割が重なり合い、8日間の壮大なロードレースは一つのエンターテインメントとして成立している。最終日の東京の空の下で見えたその姿こそが、30周年を迎えたツアー・オブ・ジャパンという大会の「現在地」であり、力強い未来への一歩を示していた。
- BRAND :
- Bicycle Club
- CREDIT :
- 文と写真:井上和隆
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