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峠の肖像 #9 足柄峠(神奈川県) 日本の東と西の境界

峠とは、2つの文化を分かつ場所だとこの連載で度々触れてきた。険しい上り坂は必然的に人の流れを制限し、交流は極めて限定的なものになるからだ。峠のあちらとこちらで文化が違うということは、その大小こそあれそう珍しいことではない。今も県境となっている峠は枚挙にいとまがない。

日本の東と西を分かつ峠

標高759mの足柄峠も、神奈川県南足柄市と静岡県小山町の県境をなしている。ここは縄文の時代から人の営みがあったことが考古学的に明らかにされているが、なんといっても律令時代に整備された東海道の途上であった。1300年近くも前から、人々の往来があったというのだ。

そして何より、足柄峠を特徴づけているものはその境界性だ。西に都があった当時、この足柄峠から東側を東国と呼んだ。都会の人間からすれば、未開の、魑魅魍魎が跋扈しているであろう地との境界だった峠は、越える者に並々ならぬ覚悟を強いた。東を『あずま』と呼ぶのも、東征帰りのヤマトタケルが、この峠の上で東を振り返りつつ、失った妻を思い『あずまはや』(吾が妻よ)と嘆いたことに由来すると古事記から読み取れるという。

そんな東と西を分かつ峠だから、古くから人々の旅情や感傷を誘ったらしい。万葉集にはこの峠ないしは山麓を歌ったものが20首近くあるという。峠は人の往来を妨げるものではあるが、同時に通らざるを得ない道でもあって、そこには必然的に人の営みが刻まれる。しかし太古の昔からこうして歌に残るほどの峠は、日本を見渡してみても稀だろう。

金太郎の山

2026年の今、足柄峠を東側から登ってみても、往時を思わせるようなものはほとんど無い。むしろ目につくのはたくさんの金太郎だ。商店や居酒屋や、もちろん道の駅にもその名前がある。この足柄山こそ、クマと相撲をとってその怪力を知らしめた金太郎の出身地なのだった。

2026年の今、クマと相撲をとったという説話が違う意味のリアリティを持ち始めていて、背中を冷たい汗が伝う……。

かつて東海道の関所が置かれていたという矢倉沢の集落を過ぎ、登り勾配が増したかと思うと、たちまち足柄山に飲み込まれるように周囲から人家は消え失せ、静かな峠道となった。

そう、静かなのだ。かつての交易路も、今では種々の自動車道にその座を譲り、今日では物見遊山の県外ナンバーの乗用車が時折追い抜いていくだけで、眼の前の坂との対峙を妨げるようなものはほとんどない。その意味で、足柄峠はいい峠である。

右へ左へ、また右へ

峠の勾配が増し、ここが核心部だと思い始める頃、サイクリストは左右に安定しない視界に悩まされることになる。どうにも先程から、右に左にと走りながら振られている自分に気づく。山頂に近づくにつれ、直線は少なくなり道が湾曲を繰り返す。縦に登っているようで、横に走っているような不思議な気分になる。

それも足に余裕があるうちの話だ。左右の動きに気をとられてしまったが、気づけば結構な勾配が続いている。ここが古来からの難所であったことをにわかに思い出しても、流れる汗が止むことはない。

この峠にクルマが少ない理由もよくわかる。自転車の登坂でさえ左右に忙しいほどのコーナーの連続は、自動車では決して心地よいものではないだろう。足柄峠はすっかり交易路としての役割を終えてしまっているが、その道筋が自動車の時代とそぐわなかったこともその理由だろう。ただし、一部の自動車好事家が夜な夜な峠を攻めているようなタイヤ痕はカーブの度に見受けられた。日本で交通量の少ない峠道というのは、得てして彼らの生息地である。

峠には城壁の跡があった。これは霞城とも呼ばれた足柄城の跡で、600年ほど前にはこの山中がいかに重要な場所だったかを静かに伝えている。これだけ舗装路が敷かれた現在にあっても、こんな場所に城を置くなんて……と不思議に思う。最も往来があった時代の、この峠の姿を見てみたいと静かな峠に思いを馳せる。

足柄峠は神奈川県と静岡県の県境にある。東の南足柄市側から登ってきたので、峠を過ぎるとそこは静岡県である。するとたちまち、金太郎の看板があった。峠は2つの文化を分かつと書いたが、日本の逞しき少年の象徴たるこの金太郎は、峠のあちらにもこちらにも顔を出す。金太郎飴とはよく言ったものだと感心(?)しながら、曲がりくねった急な下り坂をゆくのであった。

 

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PROFILE

小俣 雄風太

小俣 雄風太

アウトドアスポーツメディアの編集長を経てフリーランスへ。その土地の風土を体感できる方法として釣りと自転車の可能性に魅せられ、現在「バイク&フィッシュ」のジャーナルメディアを製作中。@yufta

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