
ロードバイクの進化はまだ終わらない|Specialized S-WORKS TARMAC SL9
小俣 雄風太
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ロードバイクの進化は行き着くところまで行ってしまったかに見える。レースバイクの進化の度合いは、ここ数年で緩やかになってきており、もうほとんど完成形に達してしまったのではないかと思うほどだ。
しかし生物の進化に終わりがないように、ロードバイクの進化もまた止むことがない。むしろ、外観上の大きな変化が乏しくなってきた時代に、メーカーは内面の実的な進歩を実現しなければならない。ただしそうした着実な進化というのは、目を惹く外観のバイクならびにそれに付随するストーリーを作るよりも相当に難しい。
スペシャライズドがターマックSL9で達成してみせたのは、そうした難しい挑戦だった。

今日のロードバイクのベンチマークがスペシャライズドのターマックであることに、少なくとも日本では議論の余地はないだろう。ワールドツアーを頂点とするトップレベルのレースはもちろん、日本国内の主要アマチュアレースでも勝利を量産している。
ここではターマックが最速のバイクであるからレースを勝っているのか、それともターマックが売れているからレースの勝率が高いのかという「卵が先か、鶏が先か」という議論には立ち入らない。重要なことは、ターマックが主要なレースで勝ち続けている、というその事実にある。

SL7からSL8へのモデルチェンジと比べて、SL8からSL9へのモデルチェンジは、外観上は慎ましいものだ。2台を並べてみてもまるで難易度の高い間違い探しのようで、見た目にその変化は大きくない。実際にジオメトリーに変更はないという。さらに剛性にも変更はないとスペシャライズドのエンジニアは語っている。
では何が変わったのか? ……と問う前に、この「変わっていない」という決断を評価する必要があるだろう。それは「変えるために変えなかった」ということであり、ロードレースにおける本質が何かをスペシャライズドが見極めていることの証左に他ならない。しかしこの議論も禅問答のようになってくるから、ここまでにしておこう。
では何が変わったのか?
これは写真を見ながら触れていく。

ヘッドチューブが4mm細くなり、前面投影面積が10%減少した。ただし細くなった分、リアブレーキのホースが通せなくなったため、フォークのコラムをノンドライブサイドにオフセットさせるという新技術でこれを解決したという。右ブレーキレバーが前ブレーキに連動するセッティングの多い日本の組み方にも対応するとのこと。

フロントフォークとダウンチューブの接合部周りの形状変更。ギャップを無くし、より空力に優れるように。ハンドルを切るとフォークとフレームが接触してしまうため、ここの細工は見た目以上の技術的な難しさがあるという。MTBの〈エピック〉で採用しているステアリングストップ機構を今回取り入れた。

フロントフォークは前方に張り出す形状となり、ヘッドチューブからほぼ「ツライチ」の連続性を見せる。

シートチューブはボトルを1本装着した際に最も空力が良くなるように最適化。勝負がかかるロードレースの最終盤では、プロ選手はボトルを1本しか持たないからだ。また、SL8で3つあったダウンチューブのボトルケージ穴は2つに変更された。フレームバッグ装着時にボトルケージの位置を下げるような用途はSL9では想定していないということか。想定しているのは、常にレースである。

シートポストがより空力に優れるエアロポストへと変更になった。ペダリング時に脚の隙間を流れる空気を考慮したという。パーツでの空力向上を図るところに、現行のUCIルールに則った上でフレーム側ではほぼ出来ることをやり尽くした、という事情も透けて見えるようだ。裏を返せば、トータルでの空力追求が極まってきている。

シートチューブはリアホイールをカバーする形状に変更されている。

S-WORKSグレードのカーボン素材はもちろんFACT 12R。部位ごとのカーボンの積層の変化がどう強度に影響するかを計測する「プライバイプライ」テクノロジーによってフレーム強度と重量の折り合いをつける。Aethos 2から採用された技術だ。
進化の方向性が変わった
ここまで写真とともに見てきたように、細部には着実なアップデートが加えられている。今回ターマックSL9の開発にあたり、スペシャライズドがこだわったのが、「フィニッシュまでのタイム」を突き詰めること。つまり、レースで実際に速いバイクを作るということだ。
新発売のロードバイクを語るのに、空力は常套文句であり続けているが、空力をどう捉えるかはメーカーによって大きな差がある。スペシャライズドはバイク単体ではなく、動的マネキンを用いた空力実験でデータを採録。このあたりは、自社の風洞施設「ウィントンネル」を所有するスペシャライズドの強みが生きるところだろう。ペダリングするライダーの動きを含めた空力は、当然のことながらレースで実際に問われる空力性能である。マネキンは第6世代になったという。ここだけ見てもいかに進化してきたかが伺える。進化しているのはバイクだけではない。
また、多くのバイクブランドが空力を測定する際に、自動車開発の技術を流用するため、空力計測の基準点における地上高が高くなるが、スペシャライズドでは地上高1mに見直したという。これはアグレッシブなポジションをとったロードレーサーに関わる高さである。実際的なデータを重視している。
かくして、これまでに写真で見てきたような形状の変化がもたらされた。見た目上には大きな変化はないように見えるかもしれないが、ライダーを乗せた際の空力はさらに向上したという。
実走のフィーリングは、「予想通り」
それを踏まえてターマックSL9に実際に乗ってみると、とにかく乗りやすく速いという、ターマックの乗り味がそこにあった。SL9は前モデルからの正統な進化を遂げていると感じるが、本当にその性能を体感できるのは、レースの速度域と強度である程度以上走っている強いライダーだろう。
正直なところ、私個人ではSL8との明確な差は感じられなかった。SL8がとにかく速く乗りやすく、まったく不満を覚えるバイクではなかったから、大きくこの性格が変わらなかったことを嬉しく思ったほどだ。

癖のない乗り味は、私のようなアマチュアライダーにとって歓迎すべきものだが、実際、プロ選手からもSL8の乗り味・剛性は変えないでほしいという意見があったのだという。それだけSL8が完成されたバイクだったということでもある。
トップレベルの競技で勝つためのコンペティションバイクをこう評価するのも、実感に反する部分はあるが、極めて端正な一台である。安定感がありながら軽量で、登坂・ダウンヒル・平地のスプリント、すべてに破綻がない。あれもこれも、を高いレベルで実現させてくれる。

もはや、レースバイクだからトガっているという実感は時代遅れなのだ。2024年頃から各社のハイエンドバイクはすでにこの端正さを備え始めている。そしてこの方向性を決めたのはやはりターマックだった。そのSL8の基本路線は活かしつつ、細部をアップデートさせ、ライダーを乗せたスピードがより速くなったSL9。
ロードレースで勝敗を分かつのは僅かな差だ。そしてトップレベルのレースにおいて、その差は、SL8とSL9の間に存在する僅かな差であることも珍しくない。見た目には大きな変化がなくとも、数字上も莫大なゲインがなくとも、最終的にレースで勝利するのは先にフィニッシュラインを割るライダーであることを、スペシャライズドは理解している。だからこそこの差に甘んじずSL9を生み出したのだろう。
現在、ロードバイクには外観上の大きな進化の余地はほとんどないように見える。しかしその内側では僅かな、しかし着実な進化の余地があったことをターマックSL9は教えてくれる。

「革新を、さもなくば死を」をスローガンに掲げるスペシャライズドというブランドが示したのは、表からは見えにくいがしかしレースに勝つための革新だった。ロードバイクの進化は行き着くところまで行ってしまったかに見えるが、このバイクはその先に広がる風景を見せてくれたのだった。底にあるのは、勝利の2文字である。

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