
遠くから眺めていた富士山が、私の原点になるなんて。今年もあの頂へ帰る
宇宙HIKE
- 2026年06月29日
「一番忘れられない登山は?」と聞かれたら、思い浮かべるのは初めての「富士登山」だ。登山を始める前の私にとって、富士山は教科書の浮世絵やお札のなかに描かれた、どこか遠い存在だった。
上京したばかりのころ、満員電車に揺られながらビルの隙間から富士山が見えると、「今日はいい日になる気がする」と思ったものだ。それは、都会の人混みの渦にのまれてすさんでいく日々の私に、小さな幸運を運んでくれるお守りのような存在だった。けれど同時に、それ以上深く気にとめることもない、「遠い風景」のひとつでもあった。
人々を温かく照らす、ご来光

その私が、ついにあの標高3,776mの頂を踏み締めるときが来た。
日の出が近づくにつれて、雲の水平線の向こうがオレンジ色に輝き出す。じんわりと熱をおびた光を浴びて、「太陽のおかげで、この星は温められているんだ」と肌で知る。そして、日が昇るにつれて遠くまで広がる白い雲の絨毯が、まぶしくきらめき始めたのだ。

ふとまわりを見渡すと、涙を浮かべる人、満足げに微笑む人、仲間とハイタッチする人……みんな表情が輝いている。都会なら目をそむけたくなる人の群れが、ここではどうしてだろう、愛おしい仲間の顔にも見えてきた。

そんな温かい人間の劇場は、夏のあいだの約2カ月しか登れない、日本最高峰という舞台だからこそ生み出される、特別なドキュメンタリーなのかもしれない。
ここに集まる人たちは、みんなおなじ頂を目指して歩き、おなじ1日の始まりを待っている。そう気づいたとき、「人が多い山も、悪くないな」と、どこか優しい気持ちに包まれた。ほかの山では、一度も感じたことのない感覚だ。
大海原に浮かぶ、空島にいるような錯覚


連なる山々のあいだを白い川のように流れる、そんなアルプスの雲海も美しい。けれど、さえぎるものがなにもないこの巨大な独立峰から見下ろす眺めは、まさに「雲の大海原」だ。果てしなく広がるその景色を見て、「雲海とは、本当によく言ったものだ」 と納得してしまった。

まるでどこか空の島にいて、別の空島とつながっているかのような不思議な浮遊感を覚える。いつか見渡す限りの白い海を、思い切りスキップして駆け抜けてみたい――そんな子どもみたいな憧れが、胸の奥から湧き上がってくる。
富士山の凄みを知る「お鉢巡り」

下山前に、外せない時間がある。山頂を一周する「お鉢巡り」だ。90分ほどの道のりで、富士登山のクライマックスといっても過言ではない。
さっきまでのどこまでも広がる雲海の景色から、世界が一転する。目の前に現れるのは、いまもマグマが噴き出すかもしれない活火山の、ぽっかりと開いた巨大な火口。

この圧倒的な、剥き出しの自然のなかに身を置いていると、「私はいま、この国でもっとも天に近い場所に立っている」という実感が、全身にじわじわと広がってくるのだ。

2日間歩いた足の重さも、高山の薄い空気も、すべてが「ここまで来た証拠」として体に刻まれている。自分の足で、自分の体で、日本最高峰まで来たのだ。その事実が、じんわりとした自信になる。
いつの間にか、日々のなかで抱えていたもやもやが、ずいぶん遠くのことに感じられていた。
私の原点へ。今年も間もなく開山

「だれかの非日常は、別のだれかの日常」という言葉をどこかで聞いたことがある。
以前の私にとって、登山はわくわくする遠足のような特別な行事だった。そんな私の人生に、「山」の世界の扉を押し開けてくれたのが、富士山登頂という大冒険だ。そこで手にした大きな自信と、初めて雲の上で見たあの景色。もっとほかの山も登ってみたい、まだ見ぬすばらしい景色に出会いたい――。

あの日から始まった止まらない衝動が、週末のたびにバックパックを背負って山へ向かう、いまの私の日常を作っている。だからこそ私は、毎年夏の始まりになると、あの頂へ帰ってくる。遠くから眺めていたあの山が、気づけば私の原点になっていた。
富士山の夏山シーズンは、例年7月上旬から9月上旬までの約2カ月間。今年もそのわずかな季節が、もうすぐやってくる。今年の夏はどんな景色に、どんな新しい自分に出会えるだろうか。いまから楽しみで仕方がない。
写真&テキスト◎朝比奈 杏咲美(宇宙HIKE)
https://www.instagram.com/sami_yama.tabi
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PROFILE
宇宙HIKE
Photographer 松本茜主催、山と写真のコミュニティー。 宇宙を旅するように山へ登り、旅や写真を使って「自分」にフォーカスする。 ユーモア溢れるメンバーが集まり、日々楽しみながらいろんなフィールドで活動を続けている。
Photographer 松本茜主催、山と写真のコミュニティー。 宇宙を旅するように山へ登り、旅や写真を使って「自分」にフォーカスする。 ユーモア溢れるメンバーが集まり、日々楽しみながらいろんなフィールドで活動を続けている。



















