
槍ヶ岳はなぜ逃げる?恋焦がれた山へ、梅おにぎりと行こう
宇宙HIKE
- 2026年10月03日
「山は逃げない」という言葉をよく耳にする。いつでもそこにあって、お天気がよければいつでも迎えてくれる。だから焦らなくていいんだよ、と。けれど、本当は山は逃げるんじゃないかと思うことがある。恋い焦がれている山ほど、なぜかするりと遠ざかっていく気がする。好きで追いかけているのにタイミングが合わず、近づいた途端にはぐらかされる……なんだかそれは、少しだけ恋愛に似ている。
逃げる山、槍ヶ岳

私にとって、「逃げる山」は槍ヶ岳だ。初めて登った北アルプスの山、燕岳の稜線から眺めたあの尖った頂があまりにかっこよくて、「槍ヶ岳」という響きに妙に納得し、私もいつかあそこへ行きたいと思ったものだ。 なのに、いざ計画を立てると決まって台風にあたったりして、なかなか登れずにいる。そうこうしているうちに、タイミングを逃し続けてきた。
ある年、いよいよ今年こそ槍ヶ岳へと、意気込んでいた矢先、祖母が天国へ旅立った。

その日は、沈みはじめた陽がマンションの隙間から差し込む、空がきれいな夏のおわり。オレンジ色を帯びた空に惹きつけられた……不思議と祖母が会いに来てくれたと感じた。明るくて、厳しい祖母だったから、最後のあいさつは温かくも力強く私の背中を押すものだったんだと思う。
いま山にいる、私の原点

振り返ってみれば、私が山に登るようになった原点は、きっと祖母にある。沖縄で生まれ育った祖母は、山には登らない。祖母が通っていたさとうきび畑。そこは、さとうきび畑が続く小高い丘にあって、時々そこへ行ってはお手伝いをした。

祖母は、力仕事をするときのごはんは、おにぎりが一番!といつも威勢よく言っていた。おにぎりといっても、お弁当箱に詰められたりラップに包まれたりしたようなきれいなものではなく、ポリ袋にご飯と梅干しがただ放り込まれたものだったりする。

豪快なおばあちゃんのおにぎりは、人に見られるのはちょっと恥ずかしかったけれど、さとうきび畑の小高い丘で、青空とどこまでも続く海を眺めながらいっしょに頬張ると、本当においしく力がみなぎってきた。あの味は、いまでも私の中にずっと残っている。だからなのか、私が山へ行くときの朝ごはんは、決まって梅おにぎりだ。山に登る日に、自分で握ったおにぎりを頬張ると、力が湧いてくる。
まだ登らない理由

いまでもふと祖母を思い出してしまうことがある。なぜだか、槍ヶ岳に登れば、あの天に近い頂から祖母に少しだけ近づけるような気がしている。それは、あの日の夕焼け空が忘れられずなぜか山で会える気がするからだ。でもそのいっぽうで、心のどこかでまだ祖母が遠いところへ行ってしまったことを信じきれずにいる自分もいる。
私は、本当は槍ヶ岳に登ってしまうことが怖いのだろう。登ってしまったら、「もう祖母はこの世にいない」という現実を認めなければいけないような気がして。だから無意識のうちに、まだあの山へ行く足にブレーキをかけている。
今年も「槍ヶ岳」への計画を立ててみたが、登らなかった。いまはまだ、恋い焦がれている山を眺めるだけでいいのかもしれない。いつか心が決まったその日には、きっとバックパックの中に梅おにぎりを忍ばせて、あの空へと続く道を、祖母との思い出を胸に抱いて登ろうと思う。

おばあちゃんへ。
おばあちゃん、そちらの世界はどうですか?大きな声で笑っていますか?私はいま、山に登っています。
空から私が見えていますか。やっぱり、おにぎりは力が出るね。
写真&テキスト◎朝比奈 杏咲美(宇宙HIKE)
https://www.instagram.com/sami_yama.tabi?stkn=cDV6Z3h1Nnc4MjYz
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PROFILE
宇宙HIKE
Photographer 松本茜主催、山と写真のコミュニティー。 宇宙を旅するように山へ登り、旅や写真を使って「自分」にフォーカスする。 ユーモア溢れるメンバーが集まり、日々楽しみながらいろんなフィールドで活動を続けている。
Photographer 松本茜主催、山と写真のコミュニティー。 宇宙を旅するように山へ登り、旅や写真を使って「自分」にフォーカスする。 ユーモア溢れるメンバーが集まり、日々楽しみながらいろんなフィールドで活動を続けている。
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