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競輪は“特別じゃない選択”になった。金子梨亜を軸に広がる自転車未経験・社会人からの新しい入口

「競輪選手になる」それは、限られた特別な人間だけがたどり着く世界。そんなイメージは、いまも世間に強く根付いている。実際、日本競輪選手養成所(JIK)の入所試験は、男子でおよそ6倍、女子でも約3倍という倍率を持つ狭き門だ。競輪界の門戸は本当に狭いのか。ここでは日本競輪選手養成所で奮闘する候補生たちのリアルな挑戦を追った。

社会人から競輪の門を叩く者たち

ただ、実際の現場へ赴き、候補生たちへの取材を進めていくと見えてくるものは少し違う。そこには幼少期からの自転車競技のエリートだけでなく、まったく別の異分野から挑戦する人材や、社会人経験を経てから門を叩く者たちが集まり、その中から新たな才能が選び出されている現実がある。

ロードバイクを趣味で始めた女性や鉄道会社の職員、保険会社の事務職などがいる。彼ら、彼女らが選んだ次のキャリアは「競輪選手」だった。

競輪は“選ばれた人だけの世界”でありながら、同時に“逸材が発掘される場”でもあるのだ。その入口の広がりを、日本競輪選手養成所の第132回生(女子)・第131回生(男子)の姿から紐解いていく。

日常のロードバイクから競輪選手へ。金子梨亜の「等身大」の決断

養成所に入所して間もない第132回生たち。その中で、初の記録会において3種目で1位というトップ成績を叩き出したのが、金子梨亜(かねこ りあ/26歳・群馬)だ。

圧倒的なポテンシャルを見せつけた彼女だが、そのスタートはあくまで等身大だった。陸上短距離の経験はあるものの、韓国の大学を卒業し帰国後に社会人として働く中で、ロードバイクに乗るようになったのは、のちに夫となる2024年全日本タイムトライアルチャンピオンの金子宗平と結婚後、しばらく経ってからだった。

ただし、それも近所を走る程度で、競技として取り組んでいたわけではない。本格的なトレーニングという意識もなく、日常の延長に近いものだったという。

競輪との出会いも、雷に打たれるような明確なきっかけがあったわけではない。

競輪場に足を運び、レースを観る。さらに練習会や体験にも参加し、競輪に触れる機会を重ねていく中で、その存在を具体的に理解していった。また、群馬で行われているトレーニング環境(GTR)の存在を知ったことで、競輪選手という道が現実的なものとして見えてくるようになった。

こうした経験の積み重ねの中で、競輪は徐々に「遠い世界」から「選択肢の一つ」へと変わっていった。

制度やルートを自ら調べた上で、「やるか、やらないか」という判断の段階に至る。そして最終的に、彼女は仕事を辞めて競輪に挑戦する道を選んだ。

養成所では初の記録会でトップというすでに大きな結果を残しているが、本人の受け止めは冷静だ。

「距離が伸びる種目にはまだ課題があります」

できていることと、できていないこと。その差を明確に認識している。「競技としてはまだ過程の途中にある」という認識が、過度に自分を大きく見せない彼女の現在の立ち位置と、現実的な強さをよく表している。

夫・金子宗平が見守る「伸びしろ」と「やり抜く力」

彼女の挑戦を一番近くで、そして最大の理解者として見守っているのが夫の金子宗平だ。今回の記録会での結果について、彼は喜びを隠さない。

「3種目1番時計だったことが自分のことのようで、自分がレースで勝った時よりも嬉しく感じました。本人はタイムには納得いっておらず悔しさも大きいと思いますが、まずは1位という結果に喜んで欲しいなと思っています」

さらに、現役ロード選手の目線から見ても彼女の可能性は底知れないと語る。
「まだ会社員を退職して間もないので、専門的な練習を積んでいく中で、体力、筋力、テクニックの全てで大きな伸びしろがあると感じています。物事に対する取り組み姿勢や、しっかりやり抜く根性が強みなので、どれだけ成長できるか楽しみです」

選手としてのアドバイスも、あくまで彼女の主体性を重んじている。
「コーチになりすぎないように、主体性やモチベーションを大切にしています。日々の練習メニューもこちらが決めつけるのではなく、目的意識を持って主体的に考えられるようになったと思います。リカバリーの日は一緒に自転車でランチデートに行くなど、楽しむことも忘れないようにしています」

競技者としての強さと、周囲から応援される人間性を兼ね備えた選手になってほしい。そんなエールを背に、金子梨亜は養成所での過酷な日々を力強く進んでいる。

ラクロス主将、JR駅員からの転身。浜地飛有哉の挑戦

もう一人、現在の競輪界への流れを象徴する存在がいる。第131回生の浜地飛有哉(はまち ひゅうや/27歳・愛知)だ。

京都産業大学でラクロス部主将を務め、卒業後はJR東海で駅員として勤務していた。完全な社会人ルートからの挑戦である。自転車経験は約3ヶ月。きっかけは、ガールズケイリンの選手として走る妹・浜地晴帆(25歳・三重・122期)の存在だった。

「最初は特に意識していなかったのですが、妹の走る姿を見ているうちに、自分もやってみたいと思うようになりました」

仕事を続けながら練習を積み、一度は不合格の壁にぶつかった。それでも「ここまでやったので、もう一度やろうと思いました」と再挑戦し、見事に合格をつかみ取った。異業種への転身にも、同僚は背中を押し、家族も温かく受け入れてくれたという。

会社員から競輪へ進むことは、すでに十分に現実味のある選択肢となっている。浜地の存在は、競輪が“特別な外の世界”ではなく、“手の届く職業”に変わりつつあることを明確に示している。

事務職からゼロベースの挑戦。中邑理子の「自分で作ったルート」

中邑理子(なかむら りこ/34歳・愛知)は、完全な未経験から適性試験を経て競輪の世界に飛び込んだ一人だ。名城大学を卒業後、保険会社で事務職として働き、いわゆる一般的な社会人生活を送っていた。

「特別にスポーツをやっていたわけではありません」

きっかけは、友人に誘われて訪れた競輪場だった。ガールズケイリンを初めて見たその場で、「かっこいい」と心を奪われた。彼女の素晴らしい点は、それをただの“憧れ”で終わらせなかったことだ。自分で競輪場に連絡を取り、受験方法を確認し、そのまま挑戦へとつなげた。

当時は仕事を続けながら準備を進めた。運動習慣もない状態からのスタートで、背筋力も基準に届かない中での挑戦だったが、トレーニングを重ねて条件をクリア。ゼロに近い状態から基準に到達した。養成所に入ってからは「体力だけではなく、やり方が大事だと感じました」と、技術の重要性を実感しつつ適応を続けている。彼女の存在は、競輪が特定のバックグラウンドに限られたものではないことを証明している。

観戦から数ヶ月でインターハイへ。市川琉菜の圧倒的適応力

市川琉菜(いちかわ るな/18歳・静岡)は、観戦から自ら競技の世界に飛び込んだ若き才能だ。もともとは野球とバドミントンに取り組んでいたが、競輪場での出会いが彼女の人生を変えた。

「競輪を見て、かっこいいと思ってやりたいと思いました」

自転車競技を始めたのは高校2年の終わり。競技歴は決して長くない。自転車競技部もない環境だったが、競輪関係者とのつながりを頼りに練習を重ね、高校3年時には県内の複数種目で上位に入り、インターハイ出場を果たした。競技開始からわずか数カ月での全国到達である。

「思っていたより怖い感じではなかった」と、養成所の環境への適応も早い。そのまま競輪を進路として選んだ判断の早さと順応力自体が、今の競輪における“入口の広がり”を体現している。

選手不足と売上増。変わりゆく業界の構造とガールズの現実

こうした多様なバックグラウンドを持つ人材が競輪界に集まる背景には、業界の構造変化がある。かつて6000人規模だった選手数は、現在約2400人規模まで減少している。一方で、近年はインターネット投票の普及により、ミッドナイト競輪など無観客レースが拡大し、売上は右肩上がりで回復を続けている。

「レースは増やせる。しかし、走る選手が足りない」。競輪界は今、選手の確保・育成が重要な課題となる時代に入っている。

さらに、ガールズケイリンの存在もこの流れを強く後押ししている。デビュー直後から一定水準の賞金体系があり、中には初年度から1000万円クラスの収入を得るケースもあるなど、職業としての安定感がある。「挑戦できるスポーツ」でありながら、「職業として成立するスポーツ」でもある。これが、社会人や未経験者がリスクを取ってでも飛び込む大きな理由となっている。

サクセスストーリーはここから始まる

金子梨亜は、最初から“特別なエリート選手”だったわけではない。しかし、その等身大の在り方と挑戦は、これからの新しい競輪の形を象徴している。浜地飛有哉や中邑理子のように、社会人から大胆なキャリアチェンジを図る流れも確実に広がっている。

まだ、彼らは完成していない。これから養成所での過酷な訓練を経て、プロのバンクへと飛び出していく。それでも、彼らの軌跡はここから大きなサクセスストーリーになる可能性を十分に秘めている。

競輪は今、その門戸をかつてないほど広く開き、新たな才能との出会いを待っている。

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Bicycle Club編集部

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ロードバイクからMTB、Eバイク、レースやツーリング、ヴィンテージまで楽しむ自転車専門メディア。ビギナーからベテランまで納得のサイクルライフをお届けします。

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