
富士ヒルはなぜ自転車愛好家9000人を惹きつけるのか、アジアに“富士ヒル”あり
Bicycle Club編集部
- 2026年06月08日
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2026年6月8日に開催された第22回Mt.富士ヒルクライム。世界トップレベルの選手による55分切りへの挑戦から、ゴールドリングを目指すホビーライダー、海外から訪れたサイクリストまで、約9000人が富士山を目指した。フィニッシュ地点となる五合目で見えたのは、タイムだけでは語れない「富士ヒル」の本当の魅力だった。
大量のコースレコード、55分台へ突入

霧に包まれた富士山五合目。朝7時を過ぎる頃、静まり返っていたフィニッシュ地点に緊張感が走る。
「あと10分もしないうちにトップが来ます」MCの声の直後、先導車が現れた。
第22回Mt.富士ヒルクライム。最初に五合目へ飛び込んできたのは、選抜オープンクラスのヨナス・ラップ選手(フェニックス・スコム・ヘンシャン)だった。タイムは55分08秒。その12秒後には同じチームのベンジャミン・ダイボール選手が55分20秒で続く。同じチームメイトでありながら、この日はともに「55分切り」を狙うライバルでもあった。
霧の中へ飛び込んできた二人に会場は大きく沸く。しかし注目された55分切りにはわずかに届かなかった。
選抜クラスで優勝した大前翔

一方、主催者選抜クラス最上位となったのは六本木エクスプレスの大前翔さん。記録は55分51秒だった。
「55分切るつもりでいたんで、だいぶ遅いです」とコメント。昨年あと一歩で逃したプラチナリング。その悔しさから冬の間もトレーニングを積み重ね、「今年は獲るつもりでいた」という。それでも最後には「多分また出たくなる気がするんで。来年はちゃんと55分切れるように」と笑顔を見せた。

主催者選抜クラス男子リザルト
| 順位 | 選手名 | 所属 | タイム |
|---|---|---|---|
| 1 | 大前翔 | 六本木エクスプレス | 55:54 |
| 2 | 三浦将吾 | グランペール/小坂の懐入り産 | 55:55 |
| 3 | 保田翔平 | 三重県魚卵連合 | 55:59 |
| 4 | 佐々木遼 | Team GOCHI | 56:00 |
| 5 | 才田直人 | ヒルクライム日本百名登 | 56:01 |
| 6 | 桜井翔太 | Nogleis R.T | 56:02 |
世界レベルの選手たちが目指す“sub55”

トップ争いを制した海外勢もまた、富士ヒルの特別さを口にしていた。
ラップさんは「彼と一緒に走れて本当に楽しかった」とレースを振り返り、「天気はあまり良くなかったけど、景色はとても美しかった」と語る。そして「来年もまた来て、55分くらいで戻ってきたい」と笑った。
ダイボールさんもまた、高地ならではの難しさを実感していた。「ここに来るのは初めてで、最後の19kmくらいが一番きつかった」それでも「来年また来て、できれば55分を切りたい」と話す。

一方、下馬評で優勝候補とされたTEAM UKYO勢は思うような展開にならなかった。

レース前日、はリラックスした雰囲気で取材に応じていたTEAM UKYOの選手たち。 ゼライ・アラヤ選手(左)、ニコロ・ガリッボ選手(中央)、フェデリコ・イアコモーニ選手(右)。
ツアー・オブ・ジャパン富士山ステージなども経験している彼らにとって、スバルラインについて聞くと、 「ツアー・オブ・ジャパンの富士より緩い」 という反応。 一方で、 「ツアー・オブ・ジャパンと熊野の疲れが少しある」 とも語っていた。
それでも目標については、ゼライ選手は「54分を狙いたい」 と自信を見せていたが、58分20秒でフィニッシュ、この日はフェニックス・スコム・ヘンシャン勢が主導権を握った。
国内ホビーライダーの祭典でありながら、国際レース経験者たちが本気で55分切りを狙いに来る。そのスケール感もまた、現在の富士ヒルを象徴していた。
9000人が集う理由

だが、五合目で見えてきた富士ヒルの本当の姿は速さだけではなかった。
今年の参加者は約9000人。ゴールドを狙う者、去年の自分を超えたい者、仲間と登る者、ミニベロで挑む者。学生、社会人、夫婦、そして台湾や中国から海を越えてやって来たサイクリストたち。五合目には日本語だけでなく、中国語や英語も飛び交っていた。
同じ富士山を登っていても、目標は人それぞれだ。その多様さこそが、富士ヒル最大の魅力なのかもしれない。
ゴールドリングのために過ごした一年

「ゴールドのためだけに一年やってきた」そう語るのは女子25〜29歳カテゴリーの木下友梨菜さん。64分台で見事ゴールドリングを獲得した。
「50分過ぎくらいから本当にきつかった」集団はどんどん小さくなっていく。それでも「ここでちぎれたら、もうゴールド見えないと思ってたので」と前へ踏み続けた。
木下さんにとって、この一年はまさにゴールドリング獲得のためだけの一年だった。最後は全力スプリントでフィニッシュし、「出し切りました」と笑顔を見せる。
そしてインタビューの最後には「もう引退で!」と冗談交じりに宣言。しかし直後には「知人がブロンズ取りたいって言ったらペーサーやるかもしれない」と続け、周囲を笑わせた。
女子カテゴリーでも熱戦が展開

女子トップ争いも熾烈だった。
主催者選抜女子トップは大石由美子さん。タイムは1時間08分09秒、「一番きつかったのは最後。トンネル入る手前」だったという。

2位にはSI LIさん、3位にはEMU SPEED CLUBの真鍋響子さんが続く。真鍋は「最初からハイスピードだった」と振り返り、序盤から限界近いペースでの戦いだったことを明かした。

また5位の竹内清子さんはシルバーリング獲得を目標としていた。
「今回シルバー取りたくて、無事達成できました。終盤は濃霧の中でしたが、また来年も走りたいです」と笑顔を見せた。
主催者選抜クラス女子リザルト
| 順位 | 選手名 | 所属 | タイム |
|---|---|---|---|
| 1 | 大石由美子 | – | 1:08:08 |
| 2 | SI LI | – | 1:12:17 |
| 3 | 真鍋響子 | EMU SPEED CLUB | 1:12:23 |
| 4 | 佐藤恵美 | – | 1:13:26 |
| 5 | 竹内清子 | Team SHIDO | 1:14:05 |
| 6 | 宮下朋子 | TWOCYCLE | 1:14:14 |
目標タイム達成の筧五郎とタイムトライアルバイクで挑んだ佐野淳哉

ヒルクライマーの教祖ともいえる筧五郎さんはサーヴェロ・R5で出走。
「事前の試走で72分台だったことから、目標タイムと67~68分かな」と前日コメントしていたが、当日は68分20秒でフィニッシュ。予定どおりのタイムを刻んだ。

サーヴェロ・S5に、リザーブの前後ディスクホイールでチャレンジした佐野淳哉さん。 前日のエクスポブースで計測したところ、バイク重量は8.7㎏と思ったより軽かった。タイムは1時間21分でフィニッシュ。
2010年のTOJの富士山ステージ、富士あざみラインで9位に入るなど現役時代にはヒルクライムを得意としていただけに、余裕の走りを魅せた。
篠さんもタイムよりも大きな達成感

「シルバー取った!」女子30〜34歳カテゴリーの篠さんは、五合目へ戻ってくるなりそう叫んだ。目標だったシルバーリングを獲得した彼女が印象的だったのは、その後の言葉だ。「めちゃくちゃ楽しかった」どこが苦しかったかと聞かれても、「最初から楽しかったです」と笑う。

また、市村まどかさんはタイムを聞かれても「わかんないです」と即答。「とりあえず笑顔で」と語り、シルバートレインに食らいついたレースを振り返った。
結果よりも、その日の体験そのものを楽しんでいる。そんな参加者も少なくなかった。
富士ヒルは人生とともに続いていく、多忙なハシケンさんも参加

第5ウェーブ男子40〜44歳カテゴリーのハシケンさんは、想定以上の1時間8分台を記録した。「今日120%ですよ」そう笑う橋本だが、話題はやがて家族のことへ移る。
今年はゴールドを目標にしていた。しかし、普段の生活の中で計画どおりにいかないこともあり、「今年は参加を見送ろうかなと思った」と。それでも、参加した理由は、「今年きちんと記録を出しておき、来年に繋げたかった。来年は前の方のウェーブで出走して足の合う人ともっと上を目指したい」と話していた。
仲間同士の“刺し合い”も富士ヒル

第5ウェーブ男子30〜34歳カテゴリーでは、“仲間同士の勝負”もまた富士ヒルらしい風景だった。
津田章吾さんは、フィニッシュ直後にこう笑う。 「最後、この人に刺されたんですよ!」 隣にいた仲間を指差しながら、 「一番ムカつく!」 とも。 ただ、その表情はどこか楽しそうだ。
タイムについては、 「目標は行ってるから」 と納得している様子。 それでも、 「耐えられなかった自分が許せない」 と本音も漏れる。 一方、“刺した側”の倉田祐樹はあっさりしていた。 「初めてだったんで、とりあえず様子見というか」 その“様子見”で仲間を刺してしまった。
今回は、5人ほどのチーム参加。 「前2人で行けたんで」 と、仲間同士で結果を喜び合っていた。 タイムを争っているのに、最後は笑って終わる。 そんな“仲間内の勝負”も、富士ヒルという祭りの大きな魅力だった。
タイムだけではない。人生の変化ごと抱えながら続いていく。それもまた富士ヒルだった。
元プロも監督も挑戦者になる

別府文史さんや栗村修さんなど元プロロード選手も参加していた。
ツアー・オブ・ジャパン大会ディレクターの栗村修も今年はシルバーリング獲得を目指していた。結果はあと1分届かず。「シルバー遠いなあ」周囲から「バイク変えれば1分いけますよ」と声を掛けられると、「でも1歳年取るから」と返し、五合目に笑いが起きた。

また、日本ナショナルチーム監督の竹之内悠もゴールドを狙ったが届かなかった。
「ラスト10Kmで一気に垂れて、ヘロヘロでした」
世界を知る選手や監督であっても、富士山では一人の挑戦者になる。その姿が多くの参加者の共感を呼んでいた。
ミニベロでブロンズ

第3ウェーブ男子19〜24歳カテゴリーの赤羽秀虎さんは、この日もっとも五合目を沸かせていた一人だった。 赤羽さんが持ち込んだのは、ヴィンテージの小径車を改造したミニベロ。 「ヴィンテージのチャリをミニベロに改造してきました」 しかも今回は、 「社長から“何としてでもブロンズ取ってこい”って」 という会社ミッション付き。
結果は見事ブロンズ。 タイムは1時間23分。 想定していた1時間半を大きく上回った。
ただ、一番きつかった場所を聞くと、 「一合目です。一番絶望しました」 と即答。 さらに前年は、 「12インチのミニベロで、しかもシングルギア」 だったというから驚かされる。 周囲からは、 「そんな自転車で出るなら、普通のロードで出たらゴールド行けるんじゃない?」 とも言われているという。 そして最後には、 「今年ブロンズ取れたら、来年はロードで本気でタイム狙いますって話してるので」 とも語った。
トップを狙う者だけではない。 遊び心も、本気も、全部まとめて富士山へ持ち込める。 そんな懐の深さも、富士ヒルという“祭り”らしさだ。
夫婦で挑む富士ヒル

石井翔平さんと石井嘉子さんの話には、“人生の中の富士ヒル”が詰まっていた。
翔平さんはアシスト役として走行。 「今回は本気じゃなくて、アシストで」 タイムは1時間5分台だった。
一方、嘉子さんはゴールド狙い。 「最後のチャンスだと思ってやってた」 FTPも上がり、調子も悪くなかった。
しかし、 「朝の具合があんまり良くなくて」 完全なコンディションではなかった。 「後半で足が回ってくるはずだった」 。それでも自己ベストは更新。 「来年はちょっと休もうかな」 と語り始める。
家族。年齢。人生。 富士ヒルには、タイムだけではない時間が流れていた。
夫婦で挑戦を続ける石井翔平・嘉子夫妻。
トライアスリートが挑んだ“シルバーの壁”

今回、前日に話を聞くことができたものの、当日は会えなかった参加者もいる。 その一人が、Ironmanやトライアスロンを主戦場とする平柳美月さんだ。
「富士山って自転車で登れるんだ、から始まりました」 そう語る平柳さんにとって、富士ヒルは“異文化”だった。
トライアスロンでは平坦主体のレースが多い。 それでも、 「ロードバイクの人たちとの繋がりもできたらなと思って」 富士ヒルへ挑戦。 しかし待っていたのは、“シルバーの壁”だった。
初参加となった2024年は77分台。 2025年は76分台。 「15分が切れないんですよ」 。そして2026年の今回は3回目の挑戦。 「13〜14分台を狙いたい」 と語っていた。
そしてレース後、公開されたリザルトを見ると、平柳美月は一般女子カテゴリーで1時間11分19秒を記録。 ついにシルバーを獲得した。
ロードレース専門ではない、ヒルクライマーでもない、それでも、“富士山を自転車で登りたい”という気持ちだけで挑み、目標を掴み取る。
そんな物語もまた、富士ヒルという9000人の祭典の中に確かに存在していた。
仲間と走るから面白い

日本体育大学スケート部の小谷謙太朗(No.1160)は、霧の五合目で仲間たちと写真を撮っていた。
「合宿の時に使う自転車です」 競技はスケート。 それでも富士ヒルへ挑みに来る。

また、大阪・北摂から5〜6時間かけて来た大集団もいた。 「シクロクロス勢もいますよ!」 ロードだけではない。 競技もジャンルもバラバラだ。 それでも五合目では全員同じ笑顔になる。

GBtLの磯部孝矩さんは、 「Go Beyond The Limit」 というチーム名の意味を教えてくれた。
しかもチーム参加者は全員目標クリア。 「また来ますか?」 という問いにも、 「はい!」 と即答だった。
温かいうどんが象徴した富士ヒルらしさ

第7ウェーブ男子50〜54歳カテゴリーの柿沼章さんもまた、“完走後の富士ヒル”を楽しんでいた参加者の一人だった。宇都宮ブリッツェンの運営会社サイクルスポーツマネージメントの代表社長で、国内で活躍した元選手だ。
フィニッシュ後、仲間たちとうどんを囲みながら、 個人タイムは、 「1時間25分20ぐらい」 周囲からは、 「ブロンズ!」 と声が飛ぶ。 “目標達成ですか?”と聞かれると、 「したような、してないような」 と笑いながらも、 「目標は完走ですけど、楽しめたということでは良かったです」 と語った。
今年の五合目は、レース後半から濃霧と低温に包まれた。 特に下山時は雨と冷え込みの影響が大きく、多くの参加者が寒さに震えながら戻ってくる状況だった。 そんな中で好評だったのが、会場で振る舞われた温かいうどんだった。
参加メンバーからは、 「寒い中の下山になったので、こうしたうどんの頒布は非常に暖まり、嬉しいおもてなしだった」 という声も聞かれた。
走り終えたあと、冷え切った身体で温かいうどんを食べながら仲間と笑い合う。 そんな“五合目の時間”もまた、富士ヒルというイベントを特別な存在にしていた。
アジアをつなぐヒルクライムへ

今年、特に印象的だったのが海外参加者の存在感だ。その象徴がGIANTグループCEO、劉素娟(Phoebe Liu)の参加だった。
「本当に本当に楽しいです」 と笑顔を見せながら、 「もっと多くの台湾の仲間を、このイベントに招待したい」 と語った。 さらに、日本のサイクリストへ向けてこんなメッセージも残した。 「台湾もすごく楽しいですよ、車では見られない景色を、自転車だからこそ見られます」。と台湾のサイクリングを紹介した。
台湾にもKOM challangeをはじめ有数のヒルクライム大会があり、こうした交流が広がることを期待したい。

また、中国から参加したYuxuan Guoは「終始一人で走っていたので後半がきつかった」と振り返りながらも、「感慨深いものがありました」と富士山を語った。
YILING LINは「道路と交通管理が良かった」「道路がきれいで乗り心地が良い」と日本の大会運営を高く評価した。
富士ヒルは今、日本最大級のヒルクライムイベントであると同時に、アジアのサイクリストたちを結ぶ場所にもなり始めている。
9000人が作る富士山の祭典

ゴールドを狙う者。仲間と登る者。ミニベロで挑む者。海を越えてやって来る者。理由は違う。だが今年も、9000人が同じ富士山を登った。
世界トップが55分切りを目指し、ホビーライダーが一年を懸けてゴールドリングに挑み、仲間同士が笑い合い、海外からの参加者が日本のサイクリング文化に触れる。
富士ヒルは単なるヒルクライムレースではない。速さも、本気も、遊び心も、人生も。そのすべてを受け入れる「祭り」なのである。
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- CREDIT :
- 編集:バイシクルクラブ 写真と文:井上和隆、写真:Mt.富士ヒルクライム実行委員会
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