
図面とCADの進化が変えたロードバイク設計史|名匠・荒井正が語るフレーム製作の奥義
Bicycle Club編集部
- 2026年09月17日
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自転車のフレームは、いかにして設計され、生み出されてきたのか。
半世紀以上にわたり自転車業界に身を置き、片倉シルク号の設計からGIANTの名車「MR-4」の開発までを手掛けてきた名匠・荒井正氏。バイシクルクラブ最新号「不滅のハンドメイド自転車」発売と連動して、連載をスタート。本連載では、荒井氏の特別寄稿として「フレーム製作の奥義」をお届けする。
第1回目となる今回は、「コンピューター進化で変わる自転車製作」がテーマ。
日本の礎となった英国式と、走りを具現化するイタリア式という「図面の有無」から見る設計思想の違いから始まり、計算尺から3D CAD、そしてAIへと至る自転車開発の劇的な進化の歴史を紐解いていく。
図面を引く英国式と、現物合わせのイタリア式
近代日本のフレーム製作を語る上で欠かせないのが、ヨーロッパから学んだ2つの異なる設計思想だ。自転車を作る際、「図面を書くか、書かないか」によって製法は根本的に異なっていた。
日本の自転車メーカーは、早い時期から英国の量産方式を学び、図面を引いてフレームを作ってきた。東京オリンピックに向けて世界と戦う機材を開発するため、海外視察や名車の研究を開始。当時の英国の自転車は、シートアングルなど各部の寸法が正確に把握されており、「トップチューブはグランドラインと水平で、ヘッドアングルとシートアングルは平行が良い」とされるなど、数値から理解しやすい設計思想を持っていた。
日本でもこの英国式をベースにして、図面を引いてフレームを作る方法が確立していく。事実、片倉シルク自転車のオーダー班では、競輪選手用の設計図を原寸のケント紙(図面用紙)の上に手書きで1台1台書き上げていた。これらの図面は、次に来る同じ注文に備え、工場内の蔵造りの倉庫が一杯になるほど大切に保管されていたという。


数値を越え「走り」をデザインするイタリアの工房
一方で、東京の前に開催されたローマオリンピックで活躍したイタリアの名車(チネリなど)は、英国式とはまったく異なる思想を持っていた。日本でも大量に購入され研究されたが、その構造を数値だけで理解するのは困難を極めた。
小さいサイズのフレームは前上がりであったり、ヘッド角度とシート角度も平行ではない。さらにシートアングルは角度ではなく「BB(ボトムブラケット)中心からサドル中心までの水平距離」で指示され、ヘッドアングルの指定すらなかった。
図面が存在しないイタリア的製法の背景には、情熱的なローカル工房(チクリ)の存在がある。チクリのオヤジは自身のブランドを持ち、地域の選手育成からメカニック、フレームビルドまでを一手に担う。「フレームを作る=自転車を作る(=選手を育てる)」ことなのだ。彼らにとって重要なのは詳細な寸法ではなく、「その走りの基になるライディングフォームや、ライダーの特性、メンタルまで含めて検討し、最終的にフレームに落とし込むこと」だった。
目指す走りができるサドル・ハンドル位置にあるかどうかに集約される、極めて実戦的かつ情緒的なアプローチ。それは、フレームビルダーでありコーチでもある熱いオヤジの情熱と文化が生み出したものだ。イタリア・ミラノのヴィゴレッリ自転車競技場にMASIの工房があったことは、この時代の象徴と言えるだろう。
フロントフォークから作り始めるイタリア式製法
イタリア式の具体的なフレーム製作工程は、まさに「現物合わせ」の極致と言える。


1. 現在の自転車からサイズを割り出す
自転車を水平な台に固定し、基準点からの距離に糸を張って計測する。この寸法を基に「サドルを何cm前にするか」「ハンドルを何cm上げるか」など、イメージするフレームを決める。
2. フロントフォークから作る
フロントセンターを重視し、ヘッドアングルとの関係からフォークオフセットを決定して最初にフロントフォークを製作する。
3. 下ラグを溶接する
シートチューブを仮固定したBBを治具にセットし、フォークを付けたヘッドパイプにダウンチューブを仮付けして角度を決める。ノックピン(釘)で固定して下ラグを溶接する。
4. 現物から作り上げる仮組み
各部の長さを合わせ仮組みし、ノックピンで固定。前三角が決まってから後ろ三角も治具上で位置を決める。
このように、フォークから始めて現物から作り上げるのがイタリア式だ。フレームを立てる治具で製作するため、全体のイメージを見て確認できる本質的な工法である。
ちなみに日本での図面のない工法としては、「三連勝」がフォークを最初に作るイタリア式を採用。「エバレスト」は指定寸法にする模型(ステッチ)を使用して製作したとされる。競輪用フレームのオーダーが多い日本では、トップチューブ長、ヘッドアングル、シートアングルを重視して製作するイメージが定着していった。
計算尺から3D CADへ。コンピューターがもたらした革命
設計手法はコンピューターの登場で劇的な変化を遂げた。
50年前、紙に図面を書いていた時代は、最終的にパイプ1本1本の正確な寸法を出すために「計算尺」を使用していた。その後、関数電卓の登場で計算時間は大幅に短縮される。
1980年代になるとPCの性能が上がり、画面上で自転車フレームの線画が出力できるようになった。荒井(著者)自身も1983年1月、『ニューサイクリング』誌に「コンピューターが自転車を作る」と題した記事を執筆している。私が開発したCADや、自転車技術研究所の開発を基にレベルの松田氏が開発したCADは、フレームビルダーが実際に運用した最初期の例と言えるだろう。

PCの進化に伴い、現在では3D CADは当たり前となり、CAEによる応力解析、CFDによる空力解析、さらにはAIによる設計支援まで行われる時代となった。
CADの進歩がなければ、リヤサスペンションの複雑な動きを解析することは不可能だ。21世紀を目前に控えた1998年、荒井がこのモーション解析を駆使して開発したのが、4バーリンクのリヤサスペンションを備えた折りたたみ自転車「GIANT MR-4」である。頭の中のアイデアを、バーチャル上で設計・検討できるようになった画期的な実例である。
現代の開発現場では、データはクラウドに保管され、チームで開発図面の状況が即座に共有・反映される。クロモリロードレーサーのように単純なチューブで構成された3D CAD図面であれば、AIが即座に書き上げ、CAM(加工)データにする。単品オーダーサイズであっても、加工の自動機さえ作れば自動化が可能な時代へと進歩しているのだ。
次回は、3D CADによって可視化される「クロモリフレームのデザインとラグに隠された幾何学」に迫る。
【著者プロフィール】荒井 正(あらい ただし)
自転車業界で半世紀以上の経験を持つ。中学時代に自転車作りを決意し、インターハイ・全日本実業団などで入賞。
片倉自転車にてシルク号の競輪レーサーやマニアシリーズの設計・製作を担当。その後、GIANT日本法人の立ち上げメンバーとして参画し、日本発信のキャンピング車「グレート・ジャーニー」や、革新的な折りたたみ輪行車「MR-4」を開発。iFデザインアワードや台湾最優秀製品賞を受賞する。
GIANT退職後に「シルクサイクル」を立ち上げ、2026年ジャパンバイクテクニーク(JBT)で最優秀賞を受賞したテンションシルクなどを製作・販売している。
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PROFILE
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