
車を手に入れたことで快適さと楽しみが広がったスコーミッシュでの生活|筆とまなざし#433

成瀬洋平
- 2025年09月03日
格段に快適になったスコーミッシュライフ
レンタカーを手に入れたぼくらのスコーミッシュライフは格段に快適になった。
まず、これまで行けなかった岩場に行けるようになった。スコーミッシュにはチーフやスモークブラフ以外にもたくさんの岩場があり、車でないとアクセスしにくいところも多い。良いルートがコンパクトにまとまっていて一日中日陰のハイランダークラッグには2度足を運んだ。
これまで買い出しに半日ないしは1日を費やしていたのだが、登り終わった夕方に行けるようになった。生活基盤に融通が効くようになり、生鮮食品も買いやすくなった。
さらに、レスト日にしか行けなかったブレナンパークに頻繁に行けるようになったことは、体のコンディションを保つためにもとても良かった。ブレナンパークは車で5分ほどの場所にあるレクリエーション施設で、プール、シャワー、ホットバスがある。身体を洗ってリフレッシュできるのはもちろん、ホットバスとプールに交互に入ることで疲労回復効果が高く、翌日のクライミングにも大いに役立ってくれた。やっぱりお風呂は大切である。
トレッキングしにチェアカマスレイクへ
せっかく車があるのだから少し遠くに行ってみよう。そう思い、山歩きに出かけることにした。バガブーに行かなくなって山の絵を描く機会を失っていたからである。スコーミッシュの北東に広がるガリバルディ州立公園には、主峰のガリバルディ山(2,675m)を中心として氷河を抱いた山岳地帯が広がっている。標高2,500m前後でも氷河があるのは緯度が高いためである。アルパインクライミングやスキーも盛んだが、公園内にはいくつものトレイルが整備されており、絶景が楽しめるキャンプサイトが点在している。
アウトドアショップで地図とガイドブックを見比べながら行き先を検討していると、店のスタッフがキャンプするには予約が必要だと教えてくれた。各キャンプサイトは1日に張れるテントの数が決められており、BCパーク(ブリテイッシュコロンビア州立公園)のサイトから予約するシステムになっているのだそうだ。さっそくサイトを見てみると、この先一ヶ月以上にわたってすでにほとんどのサイトが埋まっていた。奇跡的にチェアカマスレイクという湖のほとりにあるサイトが3日後の1日だけ空いていた。すぐさま予約し、1泊2日でトレッキングに出かけることにした。
チーフのキャンプ場から車でウィスラー方面へ約40分。さらにダートを20分ほど走った先にチェアカマスレイクトレイルのトレイルヘッドはあった。人気のハイキングコースらしく、駐車場には数十台の車が停まっていてすでに満車。林道脇になんとか車を停め、日帰りハイカーで賑わうトレイルを歩き始めた。チェアカマスレイクのキャンプサイトまでは距離にして3.5km。ほとんど標高差がないためコースタイム1.5時間ほどと、とても近い。トレッキングというには短すぎる旅程だが、ゆっくり絵を描くにはちょうどいい。
シダーやパインの巨木が林立する太古の森が広がっていた。それらの巨木の枝からはサルオガセがぶら下がり、ハイウェイから近い場所でありながら深淵な森の雰囲気が漂っている。これほど大きな木々があるからこそ、北西海岸先住民はカヌーやトーテムポール、そしてロングハウス(木製の巨大な家)など、独特の木の文化を築き上げることができたのだろう。それは、太平洋の反対側に位置する日本列島の文化にも共通する。三内丸山遺跡にしろ、神社仏閣にしろ、御柱祭にしろ、世界でも類を見ない木の文化を築き上げてきた。共通点としておもしろいのは食文化で、サケはもちろんニシンやタラ、オヒョウなど、日本の東北地方から北海道で獲れるのと同じ魚が北米北西海岸でも獲れ、大切な食材となっているのだ。かつて、ハイダ族の結婚式に参加させてもらったことがあるが、テーブルの上に子持ち昆布が並んでいたのにはおどろいた。
身近な自然でそれぞれが思い思いに楽しむ
雪代の白く濁ったチェアカマスリバーの流れが見えてくると、湖はすぐだった。湖畔には10カ所のテントサイトがあり、トイレがふたつ、食料を吊り下げるフードキャッシュが2カ所あった。フードキャッシュとは、クマから食料を守るためにワイヤーで木上に食料袋を吊り下げる装置のことで、フードボックスの代わりに設置されていた。レンジャーはおらず、好きなサイトにテントを張って良さそうだった。平らで木陰になっている浜を今宵の宿にし、さっそくスケッチブックを取り出した。
森から湖面へとたくさんの羽虫が飛んでいる。それを食べようとあちこちで魚がライズする。湖にはレインボートラウトがいるそうで釣り人の姿も多い。湖で泳ぐ人(かなり冷たい)やサップを漕ぐ人など、みんな思い思い楽しむ姿が印象的である。これほど近い場所でこれほどの景色を楽しめるとは、アウトドアスポーツが盛んになるわけである。
ぼくらのほかに、マウンテンバイクでやってきた中年の男性と、小さな子どもを連れた家族がテントを張っていた。湖畔でビールを飲みながら夕食タイム。風が微かに漣を作り、光の当たり具合で湖面は変幻自在に色彩を変えた。空気が乾燥しているためか日没になっても山々はあまり染まらず、夜の帷が静かに湖面に落ちていった。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。
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