
イタリア・オルコ渓谷の滞在も後半。ローカルエリアで遊ぶ|筆とまなざし#438
成瀬洋平
- 2025年10月24日
ジャンマリオに誘われてローカルエリアの散策へ
旅の後半は天気の悪い日が続いた。雨こそ降らないものの山にはガスが垂れ込めた。取り組んでいるルートの岩場はちょうどその境界にあり、湿度は70%を下回ることはなかった。指先に滑りを感じるのは否めず、クラックの中は濡れていることもあった。
「見せたいクラックがあるんだ」
ジャンマリオはそう言った。ロカーナ出身のクライマーでいまはトリノで暮らしている。出会ったのは3年前。以来、オルコを訪れる度に連絡を取り合っている友人である。さっそく予定を合わせてそのクラックを見に行くことになった。
ロカーナから谷を少し遡ったところで、ジャンマリオは車を停めた。落ち葉に埋め尽くされた林道の脇には聖母マリアの絵が描かれた祠(?)があり、その脇を通って森に入る。マリアさまの絵や像のある祠は谷沿いの道路に点々と続いていて、日本の石仏のようで妙に親近感が湧く。
森に入るといたるところに手付かずのボルダーがあった。日本にあれば人気エリアになりそうな場所が、裏山にどこまでも続いていた。
「あれ、どこだったかな……10年前に見つけた場所だからな……」
以前見つけた岩の場所がわからなくなるのは、岩探しでは良くあることである。
山には栗がたくさん落ちていて、栗拾いをしながらあたりをぐるぐる歩き回った。ときどき、毬栗が頭上から落ちてくる。
「栗爆弾に気をつけろ!」
そんなことを言いながら歩き回ったが結局そのクラックは見つけられなかったが、みんなで岩を探して森のなかを彷徨うだけて十分たのしむことができた。
後日、ジャンマリオから、先日歩いた森にボルダー開拓に行かないかと誘いがあった。海外に来て開拓をするとは思っていなかったが、良い岩がたくさんあるし、なにより難易度にかかわらずみんなでいっしょに楽しめるのがボルダー開拓の良いところ。次の土曜日に再会する約束をした。
その日はひさしぶりに朝から晴れた1日だった。今回はガールフレンドのロザンジェラもいっしょだ。彼女とも一年ぶりの再会である。日本好きなロザンジェラ。お土産に持って来た抹茶を気に入ってくれたようでうれしかった。
車からすぐのところに、高すぎなくて下地も良くい手ごろな岩を見つけた。薄被りのフェイスに大きめのカチが続いている。みんなで掃除してさっそく登る。思ったとおりそのラインは秀逸だった。前傾部分が核心かと思いきや、リップの上があまくてマントリング核心。そのほかにもいくつか課題を設定して夕方まで遊んだ。
イタリアの食事事情
「今晩、ピザを作るからぜひ家に来て!」
トリノで暮らすふたりだが、ロカーナにもアパートを持っている。ふたりとも山好きなので週末になるとよく帰ってきてはクライミングやハイキングを楽しんでいるのだ。ぼくらの家とは目と鼻の先の場所である。
「ずっとパソコンの前に座って仕事しているから、ロカーナに帰ってくると本当にリラックスできるんだよ」
しみじみとジャンマリオは言う。
イタリア人といえば、ワインを飲みながらゆっくりランチを楽しんで……というイメージを勝手に思い浮かべるが、みんながみんなそうではないらしい。彼はお昼ご飯を食べるとすぐにまたパソコンに向き合う毎日なのだと言った。
ちなみに、イタリアのお店はお昼すぎの数時間は閉まっているところが多いが、それはゆっくりランチを楽しむためではなくて、法律で1日の営業時間を8時間と決められているからだという。たとえば午前10時にお店を開いて夜8時まで営業する場合、強制的に2時間休みを入れなくてはならない。必ずしも好き好んでお昼休みを長く取っているわけではないらしい。
「晩御飯は8時でいいかな? 9時のほうがよい?」
イタリアでは一般的に晩ご飯の時間が遅い。登り疲れて腹ペコなので6時でも全然良いのだが、8時に彼のアパートに行く約束をして一旦家に帰ることにした。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。

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