
「この世の極楽」に登り、“ご神水の湯”で心を浄める。伊吹山と久瀬温泉「白龍の湯」|山本晃市の温泉をめぐる日帰り山行記 Vol.16
山本 晃市
- 2025年11月19日
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温泉大国ニッポン、名岳峰の周辺に名湯あり!下山後に直行したい“山直温泉”を紹介している小誌の連載、「下山後は湯ったりと」。
『PEAKS 2026年1月号(No.176)』では、標高は低めながらも日本百名山の一座、伊吹山に登りました。下山後の“山直温泉”は、久瀬温泉「白龍の湯」へ。
“山直温泉”の記事・情報は
『PEAKS 2026年1月号(No.176)』の
「下山後は湯ったりと」にて!
編集◉PEAKS編集部
文・写真◉山本晃市(DO Mt.BOOK)
深田久弥「日本百名山」の誕生と選定基準
「日本百名山を選んでみよう」
すべては、この言葉から始まった。1958(昭和33)年2月発行『別冊文芸春秋 第62号』の「混まない山──品格と孤独に憧れて──」に深田久弥が綴った一文だ。この記事に端を発し、1959(昭和34)年に山岳雑誌『山と高原』(朋文堂)で「日本百名山」の連載が開始される。雑誌の廃刊により連載は25座で終了したが、その後も執筆を続け、1964(昭和39)年、単行本『日本百名山』(新潮社)が誕生した。
日本の名岳峰百座を紹介する深田久弥の名著『日本百名山』が生まれたのは、そんな経緯からだった。
百名山の選定基準は同書「後記」に記されているので、以下、要約して紹介しよう。
三つの基準「品格・歴史・個性」
第一「山の品格」
誰が見ても立派な山だと感歎するもの。厳しさか強さや美しさか、何か人を打って来るもの。人格ならぬ山格のある山。
第二「山の歴史」
山の歴史を尊重。昔から人間と深い関わりを持った山。人々が朝夕仰いで敬い、その頂に祠(ほこら)をまつるような山。山霊がこもっている山。
第三「個性のある山」
形体であれ、現象であれ、乃至は伝統であれ、他に無く、その山だけが具えている独自のものがある山。強烈な個性のある山。
上記の選定基準とともに、「おおよそ標高1,500m以上」を付加的条件として加えている。そしてもちろん「深田久弥自身が頂上に立った山」であることが必須条件だった。
こうして選び抜かれた「日本百名山」だが、深田が愛した山はこれに留まらない。実際、上記「後記」にも百に絞る深田の苦悩がにじみ出ている。割愛せざるを得なかった山の一部を挙げ、さらに「これが妥当だとは言えないだろう。(中略)今後再版の機会があったら、若干の山の差しかえをするつもりである」とも綴っている。
「日本の百名山を選んでみたい」とは言ったものの、それぞれの山への深い思いがあればこそ選定にそうとう頭を悩ませた。そんな深田の深意が伝わってくる。

余談ではあるが、かつて『日本百名山データBOOK』(枻出版社)という本を編集制作した際、深田久弥先生のご子息にご連絡させていただいたことがある。すでに「日本百名山」という言葉に著作権はなかったのだが、どうしてもごあいさつをさせていただきたく、ご連絡申し上げた。その際、ご子息からいただいた言葉が忘れられない。
「ご自由にお使いください。ひとりでも多くの方に日本百名山を知っていただければ、そして山に登っていただければ、それは父にとってもうれしいことだと思います」
深田久弥の『日本百名山』、そしてご子息の寛大な思いに、あらためて感謝の意と敬意を表したい。
「日本百名山」の付加的条件に満たない山
「おおよそ標高1,500m」という基準は、先述のとおり深田久弥「日本百名山」の付加的条件だった。だが、最終的に選ばれた百名山のなかには「標高1,500m」に満たない山が5座ある。低い順に、筑波山(標高877m)、開聞岳(標高924m)、伊吹山(標高1,377m)、天城山(標高1,406m)、阿寒岳(標高1,499m)だ。おそらく筑波山と開聞岳以外の3座は「おおよそ標高1,500m」として位置づけたのであろう。深田久弥自身も付加的条件に満たない山は「筑波山と開聞岳」とし、その理由を本稿に記している。
今回登る伊吹山は、標高1,377m。滋賀と岐阜の県境にまたがる伊吹山地の最高峰だが、百名山のなかで3番目に低い山であり、厳密には「日本百名山」の付加的条件にあてはまらない。それでもなぜ伊吹山を選んだのか。伊吹山にどんな魅力を感じていたのか。その詳細は『日本百名山』をお読みいただくとして、深田久弥は同書「伊吹山」稿の最後にこう記している。
「ショウジョウバカマが雪の解け間にもう花を開いている。そのうららかな静かな山頂で過ごした一時間は、まさにこの世の極楽であった」
さて「この世の極楽」とは、いったいどんなところなのか。さっそく伊吹山へ足を運んでみたい。

伊吹山山頂で「この世の極楽」を思う
日本百名山ではあるものの、伊吹山は東日本エリアではさほどなじみのある山ではないかもしれない。だが、薬草の宝庫、お花の山としてよく知られる関西エリア屈指の名峰だ。地元の山好きのあいだでは、夏場であれば暑さを避けるため夜間に登り始め、頂上でご来光を拝むというスタイルが人気だという。
また、九合目まで伊吹山ドライブウェイで容易にアクセスできることから、観光地としても絶大な人気を誇り、登山者のみならず多くの人が訪れる。頂上手前の展望台やドライブウェイ終点の駐車場から眺める琵琶湖や周囲の山々の景観は、まさに圧巻。遠くには白山や氷ノ山(ひょうのせん)、さらには若狭湾、日本海までをも見渡せる。眼下に目を向ければ、関ヶ原や賤ヶ岳(しずがたけ)、姉川といった古戦場が一望でき、歴史好きにも垂涎の的となっている一座だ。

一合目から登るのが本来の登山の姿ではあるが、水平志向派としては伊吹山ドライブウェイを利用しない手はない。そこで今回のスタート地点は、伊吹山ドライブウェイの山頂駐車場とした。
歩き始める前、まずは携行する地図と現地のコース案内図を見比べてみる。地図はいつもと同様「山と自然ネットワークコンパス」で作成したオリジナルのルートマップ(下図)だ。

現地のコース案内図によると、伊吹山九合目以降には、3つのコースが設置されている。西登山道コース(山頂まで約40分、距離約1km)、東登山道コース(下り専用/山頂から約1時間、距離約1.5km)、中央登山道コース(山頂まで約20分、距離約0.5km)だ。
中央登山道は比較的急斜面だが、階段が設置されている。西登山道は、整備された登山道が山頂まで続く。下り専用の東登山道は、段差のある斜面など歩きやすいとはいえない箇所が多い。
今回は、西登山道で山頂をめざし、東登山道で駐車場へと戻る反時計回りの周回コースを選んだ。さっそく駐車場の西端に位置する西登山道コース入口へと向かう。

先述した入口脇の展望スペースでひとしきり景観を堪能し、登山道へ。琵琶湖を取り巻く壮麗な景観を見渡せる、緩やかな登り坂がしばらく続く。途上、お花畑があり、多彩な種を鑑賞できる。さらに進むと、びわこ展望台。ここからの景色がまたみごと。この日、琵琶湖の上空は雲に覆われていたが、けっこうな風が吹いていたので、しばらく粘って雲が抜けるのを待った。幸い、ほんのわずかな時間だが、琵琶湖がうっすらと顔を覗かせた。




びわこ展望台をすぎると、まもなく山頂だ。山頂周辺には、山小屋を始め、土産物屋や食事処、さらにはカフェなどがあり、まさに観光地のようなにぎわい。小さなお子さん連れのご家族やご年配のグループなど、老若男女問わず、多くの人が山を楽しんでいる。周囲の景観やお花畑を眺め、微笑む人たちのなんと多いこと。これはこれで「この世の極楽」に違いない。そんなことを思いながら、山頂でおにぎりをほおばる。山でいただくご飯は、いつもうまい。



帰路は、下り専用の東登山道から駐車場へと向かう。西登山道や中央登山道とは違って、東登山道を歩く人はほとんどいない。登山道の入口にはドアが設置され、クマ出没注意の看板もある。道は散策路ではなく、登山道そのもの。まるで別の山を歩いているよう。東登山道は、深田久弥が登った伊吹山に近い感覚を味わえるかもしれない……などと考えながら歩いていると、あっという間に駐車場に到着した。

「私は山の混雑は大嫌いだから、四月中旬の一日を選んだ。晴天に恵まれて、誰もいない山腹を一人で登っていく」と『日本百名山』にある。
7月半ばの行楽日和に登った今回の山行では、深田久弥の言う「この世の極楽」を感じることは難しかったかもしれない。まして、時代も変わっている。
とはいえ、伊吹山自体の魅力もさることながら、『日本百名山』の恩恵で、伊吹山、さらには日本各地の名山名峰に「ひとりでも多くの人」が足を運んでいる。かく言う筆者もそのひとりだ。きっと深田久弥先生も喜んでおられるのではないだろうか。

龍神様に護られた霊峰貝月山のご神水
下山後は、いつものように温泉へ。今回の山直温泉は、岐阜県揖斐川町の久瀬温泉「白龍の湯」。縁結びや金運上昇のご利益があるという縁起のよい神様、白龍龍王大神を祀る貝月山(かいづきやま)の山麓に湧く、“有り難い”湯だ。なぜ“有り難い”のか? 畏れながら、その理由は小誌『PEAKS 2026年1月号(No.176)』にて。
伊吹山で「この世の極楽」を思い、このあとは「白龍の湯」でさらなる極楽に浸りたい。期待に胸膨らませて、久瀬温泉へと向かった。
山行&温泉data
コースデータ 伊吹山
コース:伊吹山ドライブウェイ山頂駐車場~西登山道コース~山頂~東登山道コース(下り専用)~伊吹山ドライブウェイ終点駐車場
コースタイム:約2時間
標高:1,377m
距離:約2.5km
下山後のおすすめの温泉 岐阜県/久瀬温泉「白龍の湯」




久瀬温泉「白龍の湯」
・岐阜県揖斐郡揖斐川町日坂224-1
・TEL.0585-54-2678
・入浴時間:平日12:00~19:00(最終受付18:30)、休日10:00~19:00(最終受付18:30)
・休業日:火曜(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月31日、1月1日)
・入浴料(日帰り):大人¥500/小人(3歳~12歳未満)¥300
・泉質:低張性アルカリ性冷鉱泉
・アクセス:伊吹山ドライブウェイ駐車場から車で約1時間20分
記事・情報は
『PEAKS 2026年1月号(No.176)』の「下山後は湯ったりと」にて!
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PROFILE
PEAKS / 編集者・ライター
山本 晃市
山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。
山や自然、旅の専門出版社勤務、リバーガイド業などを経て、現在、フリーライター・エディター。アドベンチャースポーツやトレイルランニングに関わる雑誌・書籍に長らく関わってきたが、現在は一転。山頂をめざす“垂直志向”よりも、バスやロープウェイを使って標高を稼ぎ、山周辺の旅情も味わう“水平志向”の山行を楽しんでいる。頂上よりも超常現象(!?)、温泉&地元食酒に癒されるのんびり旅を好む。軽自動車にキャンプ道具を積み込み、高速道路を一切使わない日本全国“下道旅”を継続中。




















