
無限の可能性を秘めたプライベートウォール“パネリーノ”|筆とまなざし#447
成瀬洋平
- 2025年12月31日
毎日タダでクライミングができる、天国のようなパネリーノ
最近は毎日のように「パネリーノ」で遊んでいる。イタリア語では語尾に「ino」をつけると「小さな」という意味になる。そう教えてくれたのはオルコ出身の友人クライマーだった。彼が自身のプライベートウォールを「パネリーノ」と読んでいたので、ぼくも自分の壁をそう呼んでいるのである。
今年の初夏に作ったパネリーノはコンパネ8枚弱で、傾斜は130度の面一。背伸びすれば一番上のホールドに手が届いてしまうほど小さなものだが、ここには無限の可能性が秘められている。よく、プライベートウォールで話題になるのは、作るときはモチベーションが高いが、出来上がったらそれに満足してあまり登らないということ。しかしそんなことはない。ほんの1、2時間だけでも、毎日タダでクライミングができるなんて天国のようではないか。
冬至を迎えたいま、17時をすぎると辺りはすっかり暗くなる。窓からは群青の空を背景に木々のシルエットが見える。白熱灯に浮かび上がるパネリーノは暖かな雰囲気を醸し出し、アコースティックな音楽を流すとなんとも心地よい空間である。
消費物となったクライミングに相対するパネリーノの可能性
ホールドは高校生のときに使っていたものや新たに購入したもの、友人からもらったものや木で自作したものなどさまざまだ。毎日適当に課題を作っては、それが登れるまでトライする。とても単純な遊びである。そしてふと気づいた。これは開拓に似ていると。
通常、クライミングジムでも岩場でも、そこにはあらかじめ課題が設定されており、クライマーはその与えられた課題をこなす。そして多くの人がグレードという抽象的な指標に一喜一憂する。課題は消費物に近く、クライマーは受動的だ。
いっぽう、パネリーノはどこまでも能動的だ。課題は、おもしろそうだと思うホールドを組み合わせて自分で作る。まぶし壁の場合、その行為は手付かずの岩を探しておもしろそうなラインを登るのと本質には変わらない。言ってみれば、パネリーノは千差万別に形状を変えられる石ころなのである。そして重要なのが、そこにはグレードも他者との比較も存在しないことである。
最近読んだ本におもしろいことが書かれていた。ある学者は「働くこと」を「為すこと」と「抽象的労働」に分けて考えるという。「為すこと」とは自分が具体的に欲していることやみんなが必要としていることをやろうとすること。「抽象的労働」はただ利潤を上げるためだけに行なう労働。「抽象的労働」では全てが数字として抽象化され、利潤を多くすることが目的とされる。
この本を読んだとき、思わずいまのクライミングのあり方とダブって見えた。元々カウンターカルチャーから始まったはずのフリークライミングだが、クライマーの価値観は、すっかり資本主義の論理に覆われている。課題やルートは消費物となり、クライミングの価値は抽象化されたグレードで計られ、より効率良くその価値を高めるためにYouTubeで……といったらキリがない。
開拓が好きなのは、そうした資本主義的な価値観とは無縁だからなのだろう。そして、パネリーノですごす時間が心地良いと感じるのは、開拓と同じエッセンスを感じられるからなのだろう。
パネリーノはサンクチュアリ。この小さな壁は、新しい可能性を秘めている。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。

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