
大叔父の足跡をたどって~その2~とあるおじいさんとの数奇な出逢い|筆とまなざし#455
成瀬洋平
- 2026年03月12日
大叔父の足跡をたどって旧海軍喜界島模擬飛行場跡へ
大叔父はきっと早町にいたに違いない。となると、安藤隊に配属されていたということになる。歩け、歩け。自分の足で歩いて見聞きし、考えろ。
早町から海岸沿いに北へ向かい、「旧海軍喜界島模擬飛行場跡」を目指した。海岸に広がる迷路のような石灰岩の岩場を、藪をかき分け、入江を越えながら進む。喜界島にはハブがいないのでありがたい。露岩が少なくなり、それとなく平坦な場所に出ると、そこが模擬飛行場跡らしかった。
戦時中も飛行場は現在の喜界空港のある場所にあった。正確には、もっと広い範囲が飛行場として使われていたらしい。たどり着いた場所が「模擬飛行場」となっているのは、ここがダミーの飛行場だったからだ。この場所に囮の戦闘機を置いておき、米軍機にこちらを爆撃させていたのだ。凸凹の台地には草が地を這うように蔓延っていた。わずかに残されたコンクリート片だけが、戦争の歴史を微かに物語っていた。
平家上陸之地でのおじいさんとの出会い
海岸から集落に向かい、バス停を探す。次のバスは15:24。あと1時間半もある。少し休んでから、1kmほど先にある「平家上陸之地」へ行ってみることにした。集落の入り組んだ細い道を、ふたたび海のほうへと歩く。平家の落人伝説が残るその浜へは、思いのほか早く着いた。
真っ白い砂浜が広がっていた。ちょうど干潮の時間らしく、波打ち際はずいぶんと遠い。ひっそりと隠されたように佇む浜は、喜界島で見たなかでもっとも素敵な場所だと思った。青空から降り注ぐ日差しはどこまでも明るい。こんなところに流れ着いたのなら天国かと思ってしまうだろう。木陰にバックパックを下ろして休んでいると、涼しい海風が吹いてきた。
年配のご夫婦が軽バンに乗ってやってきた。おじいさんは流木を杖のようにしてゆっくりと歩いては、スマホで奥さんの写真を撮っている。仲の良いご夫婦だなと思った。
「すごく良いところですね!」
波打ち際まで写真を撮りにいって、おじいさんに話しかけた。
「旅行ですか?」
喜界島へ来た経緯を話す。すると、おじいさんの顔色が変わった。
「安藤隊か? 後藤隊か?」
え⁈ と思った。このおじいさんは特攻隊のことを知っている。
「たぶん、安藤隊なんじゃないかと思うんですけど、わからないんです。名前は成瀬といいます」
「『成瀬』……聞いたことあるぞ。後藤隊だ」
おじいさんははっきりとそう言った。
おじいさんは後藤隊の駐屯した小野津の集落に住んでいる。昭和20年、当時小学校5年生だったおじいさんは、好奇心旺盛な性格だったこともあり、集落にやってきた特攻隊員と仲良くなった。そのなかに、成瀬鯉三郎がいたというのだ。
「後藤隊32名の名簿が家にあって、成瀬さんの名前も載っているよ」
時計を見るとバスの発車まであと15分しかない。
「これから、湾で外内さんという方とお会いする約束をしているんです。後日、またお話しを伺わせていただけないでしょうか」
そう言って名刺を渡した。おじいさんは上山さんと言った。
「ああ、外内さんか。もちろん知ってるよ。それじゃあ外内さん経由でまた連絡を取りましょう」
またおじいさんと会える糸口を掴むことができた。名残惜しい気持ちで別れの挨拶をし、バス停へと急いだ。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。

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