
【産後登山体験談】「山にいるだけで楽しい」。産後に変化した山への想い
ランドネ 編集部
- 2026年10月24日
出産という大きな山を乗り越えたあと、どのようなステップを経て登山を再開していったのか。山を愛してやまない女性たちの産後登山体験談をお届けするインタビュー企画です。
プロフィール
ミレー PR担当/平野 咲さん(写真右)
1987年、神奈川県生まれ。2児の母。美術大学でグラフィックデザインを学び、デザイナーとして広告代理店に勤務。山好きが高じて、2018年にアウトドアブランドのPR職に転職した。2児の産休・育休期間を経て、2024年より、ミレー・マウンテン・グループ・ジャパンのPR担当として働いている。
夫からの産後の誕生日プレゼントは、約17㎞のダム湖ハイキング
幼いころからインドアな遊びを好んでいた平野咲さんは、美大生だった2009年に、登山未経験の状態で富士山に登ります。高山病になるなど、初めての富士登山は辛い体験だったため、リベンジをするべく翌年から6年連続で富士登山に挑戦。2016年に南アルプスの北岳に登ったことで山の魅力に目覚め、会社員として働きながら、毎週末山へ通う日々を送るようになります。社会人山岳会へ入り、2018年には北岳をバッドレス経由で登頂。アウトドアブランドへ転職し、公私ともに山三昧な日々を送るなか、2020年に第1子、2022年に第2子を出産しました。


――平野さんは、第1子を出産する1年前に、雑誌『PEAKS』の連載「Because it is there…」で、インタビューされていましたね(※)。そちらを読んで、当時、相当熱心に山へ通っていたのだなと感じました。
※『PEAKS』2019年12月号 No.121(https://www.funq.jp/peaks/magazines/22121/)
平野 はい。あのころは、毎週末どこかの山へ出かけていましたね。
――そんななかで妊娠がわかったときは、どんな心境だったのでしょうか。
平野 妊娠がわかったのが2020年の4月で、緊急事態宣言が発出されるなどコロナが流行り始めたタイミングでした。外に出かけにくい状況で、「山に行けない」という不満よりも、感染に対する不安のほうが大きかったですね。親族もナーバスになっていて、「電車には絶対に乗るな」と言われたりして……。
――妊娠中だとなおさら、心配になる状況ですね。
平野 そうなんです。社会人山岳会の方に誘われて、妊娠7か月くらいのときに三浦半島の鷹取山をハイキングしました。妊娠中に歩いたのはそれくらいですね。
――産後はいつごろ、山を再開しましたか。
平野 ひとり目が生後4か月あたりでちょうど私の誕生日があって、夫に「プレゼントはいらないから、山に行きたい」と言ったんです。緩やかなハイキングというよりは、ガッツリ歩きたい気持ちだったので、家族で宮が瀬ダムへハイキングしに行きました。
――誕生日プレゼントが産後初の山歩きとは、すてきです。
平野 朝9時から夕方16時くらいまでかけて、ダム湖を半周、17㎞ほど歩きました。子どもは夫に抱っこ紐で抱えてもらい、私はお昼ごはんやミルク、おむつなどすべての荷物を背負って歩きました。久しぶりに長距離を歩いて、「私、17㎞くらいなら歩けるんだ」と自信になりましたね。
コロナ禍で体を動かせない期間が長かったし、子どもが大きめだったので、妊娠中から体が痛くて歩けなくなっていたんです。出産も20時間ほどかかって、産後間もないころは骨盤がグラグラする感覚もありましたね。そんな状態だったので、産後は「私もう、山に登れないかも」とすら思っていました。なので産後すぐは、山に行きたいとは全然思えなくて。でも、産後4か月ころに身体も落ち着いてきて「山に行きたいな」と思えるようになったんです。
――出産に20時間も!それは回復にも時間がかかりそう……。宮が瀬ダムを歩いて自信を取り戻してからは、どこかへ登りに行きました?
平野 ふたり目を妊娠するまでの約半年のあいだには、おなじタイミングで出産をしていた山仲間と、金時山や高尾山などの山へ日帰りで何回か登りました。お互い、子どもを家族に託して、ママ同士で。母乳で育てている友人もいたので、なるべく短時間で帰って来られるような山を選んで行っていました。
私自身は基本的にふたりともミルクで育てていたので、山を歩いているときに胸が張るとか、搾乳しながら登るとか、そういった縛りはなかったですね。なので母乳で育てているママたちに私が合わせて登る、という感じでした。母乳があまり出なかったということもありますが、「早く自由になりたい」という思いもあって、早めにミルクに切り替えていたんです。
――授乳のやり方による違いはあるにせよ、産後いっしょに山を登れる仲間がいたというのはいいですね。

年に1回の「1泊2日の北アルプス」に向けて、体力づくりに励む
――平野さんは2022年に第2子を出産されていますが、「またしばらく山に登れなくなってしまう」といった不安感などはありましたか。
平野 じつは妊娠中のころ、コロナの第6波や第7波が来ていて、たとえば病院でも出産時に夫が立ち会えないとか、色々と制約が多い時期だったんですよね。なので感染への恐怖心のほうが強くて、あまりそういった気持ちにはなっていませんでした。ふたり目を妊娠する前の半年間、わりとうまく自分の時間を作れていたので、産後もまた夫とうまく協力しながらやっていけばいいかな、くらいに考えていました。
――それで実際はどうでした?
平野 じつはうちの夫、「山好きにもほどがある!」という人で……。産後1週間にクライミングへ行ってしまったんですよ。
――信じられない!(笑)
平野 そうなんです(笑)。暇があったら「明日行って来るわ」と、パーっと出かけてしまうくらい山が好きなタイプで。なので最初のころは「私だって行きたいのに、不平等だ」と、喧嘩していましたね。「街に出る時間だけでもいいからほしい」と思っていても、夫が山へ行ってしまうと無理になりますから。子どもが成長して聞き分けがよくなり、夫が子どもと3人で遊べるようになってからは、私もだいぶ時間を取れるようになりましたけど、そこまでの道のりは長かった気がします。
ひとり目が2歳半、ふたり目が0歳10か月のときに、「せめて北アルプスくらいは行かせてほしい。あなたは何回も行っているんだから」と夫に言って、2023年の夏に、産後の復帰戦として泊まりの北アルプス登山を計画しました。夫の実家が長野県にあるので、義理の実家にも協力していただいて。
――宿泊ありの登山は、それが産後初だったのですね!
平野 はい。強い気持ちでねじ込みました。1泊2日で、上高地から出発して涸沢に1泊して、また上高地に戻ってくるという行程です。当日は天気もよく、なにより山小屋泊が快適で本当に最高でした。
独身時代は毎週のように山へ行っていたのですが、テント泊をしないとお金がもたなくて、山小屋泊はあまりできなかったんですよね。でも同行者は初心者だったし、テント泊だと荷物が重くなるので、山小屋泊でもいいかなと。実際に泊まってみたら、「なんてぜいたくな1泊なのかしら」と感動しました。暖かい布団が確保されているし、夜の寒さに凍える心配がないので荷物も軽くなる。そのうえ帰宅後の後片付けがかなり楽でした。
最高の北アルプス復帰を果たして、それ以来、毎年夏に1回は1泊の北アルプス登山を予定に入れるようになりました。

――以降は年に1回、泊まりの北アルプス登山の予定を入れつつ、それ以外は日帰りで行ける山へ出かけていると。
平野 そうですね。年1回の北アルプス登山があるから体力を落としたくなくて、都合がつけば高尾山に行ったり、半年に1回ほどのペースでハーフマラソンの大会に出たりするようにしています。無理やり予定を作れば、「大会に向けて少しは走らなきゃ」という意識にもなりますから。とにかく、運動はなるべく続けるようにしてきました。
仕事に復帰して3年目を迎え、だんだんリズムが掴めてきたので、体力を産前に戻すために今年は友人と1泊2日で槍が岳まで登ってきました。
――1泊2日で槍が岳!?
平野 はい。1日目に槍が岳のふもとに建つ殺生ヒュッテまで行って、そこで1泊して、翌日の早朝に槍が岳の山頂にアタックしてから上高地に戻ってくるという行程です。山小屋泊なので荷物をできるだけ少なくして、平坦な道を小走りしながら進んだら行けましたね。
最近は、仕事でトレランレースの立ち合いやアウトドアイベントに出展する機会も増えてきたので、産前と似たようなリズムに戻りつつあるなと感じています。ちなみに今年の12月には、久しぶりにフルマラソンに挑戦する予定です。
――産後に心配していた体力は、すっかり戻ってきているようですね。
ピークハントができなくても、ただ山のなかにいられるだけですごく楽しい

――出産前と出産後で、山に対する心境の変化はありましたか。
平野 独身時代にハードなことを経験できていたからか、子どもが生まれたあとは、「山に行きたい!」という気持ちが落ち着いたなと感じています。元々文化系で体力がものすごくあるわけでもないし、体を動かすこと以外にもそれなりに楽しいことを見つけられるタイプなので。
いま思えば、出産前は自分のためにひたすら山に登っていた感覚ですね。「強くなりたい、強いことをちょっと自慢したい」という思いがありました。いまは体力作りのため、いつまでも若々しくいるために登る、という気持ちに切り替わってきたなと感じています。
――それは大きな変化ですね。
平野 子どもが生まれる前は、「絶対に山頂を踏みたい」と思っていたし、ここに行くと決めたら「雨でも風でも絶対に行きたい! 時間がない!」と思っていました。行きたい山がたくさんありましたから。でも子どもがいると、うまくいかないことのほうがほとんどなので、目標としていたところへ到達しないとか、行きたいと思っていた場所に行けないとか、そんなことはどうでもいいと感じるようになりました。
最近登った槍が岳も、同行者とお互いの体力を見ながら「行けるとこまで行って、無理なら引き返してもいいよね」と言いながら歩きました。子育てをしながら自分の時間を作って、山のなかに足を踏み入れるだけですごく楽しいですからね。子どもと山に行くときも、子どもが途中で疲れたらピークハントはしなくていいと思えるし、その場で気持ちを切り替えて「じゃあお団子を食べて帰ろうか」と下山することもあります。
――その変化は、とても興味深いです。お子さんと歩いた山で、印象に残っている思い出があれば教えてください。
平野 ふたり目を産む前に、ひとり目の子どもを登山用のベビーキャリアに載せて、中央アルプスの宝剣岳まで登ったことがあるんですけど、そのときに子どもが高山病になってしまったんです。子連れで標高の高い山に行くときには危険が潜んでいる、という知識がないまま行ってしまって……。宝剣岳に登って山小屋の前に戻ってきたら、子どもがぐったりした感じだったので、すぐに下山しました。ロープウェイの乗り場に着いたら元に戻ったのでよかったのですが、子どものコンディションに気をつけながら登るべきだったなとすごく反省しました。
そこからは登る山を慎重に選ぶようになり、子どもが歩けるかどうかをしっかり考えるようになりましたね。いまも子どもとは数か月に1回ほどのペースで山に行ってます。最近では、丹沢の大山をいっしょに歩きました。
――お子さんといっしょに山へ行くようになって、よかったなと思うところは?
平野 まず、親の趣味に付き合ってくれること自体がうれしいですね。自然のなかに入って、生きものに興味をもったり、自分の足で土を踏んだり、森の匂いを嗅いだりすることって、とくに小さな子どもたちにとってすごく貴重な経験だと思います。いまはまだ、低山やなだらかな山しか行けていないのですが、いずれは北アルプスにも連れて行きたいです。あそこでしか見れない景色、得られない経験があって、山の醍醐味が詰まっていますから。
子どもたちに自信をつけさせたい、という思いもあります。私も最初に富士山を登ったときは、「富士山なんか登れるわけがない」という気持ちで、友だちに引きずられながら登ったんです。当時は自信がなかったことも相まって、山頂に着いても疲れていて、「楽しくない。早く帰りたい」と思っていました。でもそれが悔しくて何回か登ったら、自分の登り方やペースがわかってきて。それからジョギングなど体力作りをするようになって、自分の体力に自信がつき始めてから、だんだんと山登りにハマっていったんです。
――平野さん自身が、富士山への挑戦を重ねるなかで体力と自信をつけていったのですね。
平野 だから子どもたちにも「自分は歩けるんだ」と思ってほしいし、成功体験をさせてあげたいなと思っています。今年の6月に、5歳の娘と初めて「スリーピークス八ヶ岳トレイル」というマラソン大会の「キッズペアの部」に参加しました。1㎞のコースなのですが、大会の雰囲気を味わいながら、ゴールをしてメダルをもらうという経験がすごく楽しかったみたいで。その日から娘の心持ちが少し変わって、「またマラソン走りたい」「私は結構歩ける」といったことを言うようになりました。これからも私が体験したように、山登りを通して、子どもたちに少しずつ体力や自信をつけさせたいなと思います。

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PROFILE
ランドネ 編集部
自然と旅をキーワードに、自分らしいアウトドアの楽しみ方をお届けするメディア。登山やキャンプなど外遊びのノウハウやアイテムを紹介し、それらがもたらす魅力を提案する。
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