
不運も越えて|100 MOUNTAINS, 100 STORIES. -日本百名山、映像と巡る150日‐vol.4

TAKE
- 2025年09月02日
INDEX
「日本百名山全踏破」に挑戦中のTAKEさん。
スピードアタックではなく、映像撮影をしながら、日本の登山文化や山の魅力をたくさんの人に伝えることが目的の旅だ。
5カ月間(150日)をかけて歩く“旅の裏側”の記録、第4回目は、アクシデントも発生したようだが……?
文・写真◉TAKE
編集◉PEAKS
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まさかの撤退
6月19日、21座目と22座目となる火打山・妙高山を目指し、笹ヶ峰登山口を出発した。
このルートは、僕にとってただの登山道ではない。2016年、登山を始めたばかりのころに挑戦し、残雪の多さに阻まれ、あえなく撤退した因縁の場所だ。当時はまだチェーンスパイクの存在すら知らず、足を踏み入れた先の光景に本能的な恐怖を覚えた。
9年後のいま、雪山経験も積み、数え切れない山を登ってきた自分ならきっと行ける。そんな自信を胸に、木道を抜けて残雪の残る林間へと足を進める。富士見平付近は今年もやはり雪が多く、夏道は隠れてトレースもない。地図を頼りに慎重に進み、木道が続く湿地帯にたどり着いたときには、難所を越えたと思った。
やがて現れた黒沢池ヒュッテは営業前の静けさに包まれ、雪のなかに孤立していた。小休憩を取り、妙高山へ向かうが、大倉乗越までの道は予想以上に厳しかった。雪に埋もれた登山道、雪の重みで倒れた木々、背丈以上の笹藪……。迂回した斜面は傾斜がきつく、体力を削られる。
ようやくの思いで大倉乗越に着くと、そこから妙高山へは一度大きく下り、雪の急坂を直登しなければならない。12本アイゼンとピッケルなしでは危険すぎる。偶然電波が入ったので、サポートメンバーに連絡。直近の記録を調べてもらうと、強行突破した人もいるが、危険度は高いとのこと。
行きたい気持ちと、ここでケガをすればすべてが終わるという現実がせめぎ合う。30分間近く葛藤した末、残る80座と応援してくれる人たちの存在を思い出し、悔しさを押し殺して撤退を決めた。

自信があったからこそ、その判断は苦しかった。だが、命あっての挑戦だ。安全は最優先しなければならない。
それでも、翌日登った火打山山頂では、その悔しさと、登頂が決して当たり前ではないという事実が胸に押し寄せ、自然と涙があふれた。

不運の連続
火打山から下山した翌日、6月21日。22座目の高妻山へ。
早朝、幻想的な朝焼けの戸隠キャンプ場を出発し、沢沿いを登り進める。20回ほどの小さな徒渉と、滝横の危険なトラバースを越え、地蔵山をすぎると山頂が見えた。最後こそ息が切れる急登だったが、西側に広がる白馬連峰の絶景に励まされる。
登頂後、撮影のため乙妻山方面へ。そこから谷を見下ろすと、崖をよじ登る熊の姿が……。初めて目にする野生の迫力に、足がすくんだ。

ビビりながら下山すると、行きでは見つけられなかったキバナアツモリソウを発見。僕の好きなアツモリソウで、しかもこの時期にしか見ることのできないという絶滅危惧種との出合いに感動した。

しかし、登山口まで40分ほどの地点で、胸元に付けていたアクションカムがないことに気づく。全身の血が引く。もしかして山頂に忘れてきたか。慌てて撮影した写真を振り返ると、途中まで身に付けていたことがわかった。それから行き交う登山者に声をかけ、3時間かけて登山道を探し回った。
ここまで撮ってきた映像は、この旅の証。機材は再購入できても、データは戻っては来ない。
サポートメンバーにも協力してもらい、キャンプ場や牧場にも連絡を入れたが、その日は見つけることはできなかった。
撤退、熊との遭遇、カメラ紛失──立て続けの不運に心が沈む。
それでも、進まなければならないのが挑戦。悔しさに蓋をして、きっとだれかが見つけて届けてくれることを信じ、翌日の山へと舵を切った。
日本一のご来光
6月29日、日本一のご来光を求め、静岡県富士宮登山口へ。
本来は7月1日の吉田口山開きに合わせる予定だったが、入山規制や天候を考慮して前倒しにした。それでも前夜から駐車場は満車で、登山口には独特の緊張感が漂っていた。
午前0時すぎ、御殿場や富士宮の夜景を背にナイトハイクを開始。暗闇のなかで砂礫を踏む音と自分の呼吸音だけが響いた。見上げると夜空には満天の星、そして時折、駆ける流星。
八合目の標高3,200m付近までたどり着くと、肺が重く、頭がのっしりとした感覚に襲われた。これが高山病の手前かもしれない。それでもご来光を拝むため、足を進めた。
そして4時30分、浅間大社奥宮に到着。剣ヶ峰は後回しにし、急いで東側の斜面へ向かった。
目の前には、山中湖の向こうから昇る太陽が。空を紅く染めながら、金色の光が雲を縁取る。背後には南アルプス、眼下には静まり返った街並み。全身で「日本一」のエネルギーを浴びながら、ここまで来られたことに感謝し、この先も無事に旅を続けられるよう祈った。

新しい相棒と再スタート
7月に入り、夏の暑さと湿気で車中泊が厳しさを増してきたころ、ある方とのご縁でキャンピングカーを旅に使えることになった。まさかの出来事であったが、ありがたく貸してもらうことに。
決して豪華な旅を演出するためではなく、長期の挑戦を安全かつ快適に続けるための選択だ。
実際に見せてもらったキャンピングカーは、車内にエアコン、収納、キッチン、冷蔵庫が揃い、まさに移動する生活拠点。ただし、使いこなすには知識と計画が必要だ。
サブバッテリーは250Aと決して大容量ではなく、これまで使用してきたポータブルバッテリーのJackery 3000も併用することにした。サブバッテリーからの直充電は避け、メインバッテリーから12V配線で走行充電を行なう仕組みを整える。冷蔵庫やインバーターの消費電力、撮影機材の充電量は日によって70Wを超えることもあり、電力配分は綿密なシミュレーションが欠かせなかった。

水回りは浄水・上水・下水・汚物の4タンク制。どれくらいの水を使い、どのタイミングで補給・排水するかを考えなければならない。初日はタンク容量を計り、食器洗いや調理に使う水量を実際に計ってみた。普段なにげなく行なっている生活行為を、限られた資源のなかではどう工夫するか、そんなことを体感できるいい機会でもあった。
新しい相棒との旅は、少しでも充実した休養を取れるきっかけに。
しかし形が変われど、歩むべき道は変わらない。これまで以上に気を引き締め、次なる山へと再出発した。
『100 MOUNTAINS, 100 STORIES.』公式サイト
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