
夏休みは県境を越える尾瀬沼の歴史の旅へ|まだ知らない尾瀬ストーリー#22
HagiwaraMai
- 2026年07月30日
“尾瀬”と聞くと思い描く景色はどんなものでしょうか?
「湿原と山と木道」という景色を思い浮かべる方が多いかもしれません。尾瀬はその景色があまりにも有名で、その成り立ちや歴史、その周辺地域のこと、そこに関わる人々のことはほとんど知られていません。じつは尾瀬には感動的なストーリーがいくつもあるのです。
尾瀬をこよなく愛するOze Nature Interpreterの私が、尾瀬のさまざまなストーリーをお届けします!
尾瀬の始まりや知られざるストーリーに触れる、尾瀬沼一周の旅
標高1,660mにあり、周囲約9km、一番深いところで水深が約9mの尾瀬沼。福島県と群馬県の県境はこの沼のちょうど真んなかあたりに引かれており、その畔ではかつて福島県と群馬県をつなぐ道路が建設される計画がありました。

いまでは“尾瀬”というと、尾瀬ヶ原の景色を思い浮かべる人の方が多いかもしれません。けれど尾瀬の歴史は、この尾瀬沼から始まったと言っても過言ではないのです。

今回は、そんな尾瀬沼を尾瀬の歴史とできごとに想いを馳せながら一周する、ちょっと深い夏休みの旅のお誘いです。
そもそも、この尾瀬沼はどうやってつくり出されたのかというと、東北以北最高峰の山、燧ヶ岳の噴火によって近くを流れていた沼尻川を堰き止めたことによってできた、と言われています。なんと、この山が噴火しなければ、尾瀬沼はなかったかもしれないのです。尾瀬沼と燧ヶ岳の景色は有名かもしれません。しかし、この山と沼が関わり合ってできたという関係性の深さに、私は感動すら覚えます。

その後、ある人がこの燧ヶ岳を開山したことによって、尾瀬の歴史は大きく動き始めます。
“尾瀬開山の年”といわれているのは、明治23年。この年に、長蔵小屋に名前の残る平野長蔵氏が、尾瀬沼の沼尻に近い場所にある「オンダシ沢」に、燧ヶ岳の信仰登山に訪れる人たちのための小屋を建てました。また、その前年には、長蔵氏が燧ヶ岳を信仰登山の山として開山。私は以前見た古い写真の中に、沼尻に鳥居が建っているのを見たことがあります。

その後、オンダシ沢から沼尻に小屋が移り、この小屋が陸地測量部発行の地図に「長蔵小屋」と記されたことをきっかけに、長蔵小屋と呼ばれるようになったそうです。
令和になったいま、私たちが泊まることのできる長蔵小屋は、当時早稲田の助教授だった小沢氏が設計。長蔵氏の息子である長英氏と、その妻である靖子氏が小屋に使う木材運びを行ないながら、昭和9年に完成させました。

そんな歴史に想いを馳せながら、大江湿原から沼尻まで歩いていると、あっという間に沼尻の休憩所にたどり着いてしまいます。この休憩所は、2015年に火事が発生し全焼。その後、新しく建てられました。

私はこの休憩所で休んでいると、その景色も相まって、まるでリゾート地にいるみたいだなぁと、いつも長居してしまいます。そのすばらしい景色にうしろ髪を引かれながら、尾瀬のなかでもマイナールートになってしまっている尾瀬沼の南岸を歩き始めます。沼尻の公衆トイレをすぎてまず通るのは、昭和24年に完成した取水のためのダム堰堤。

ここで尾瀬沼の水位を上げ、三平下付近にある小屋から導水トンネルを通って、群馬県側に尾瀬沼の一部の水を引き、水力発電に利用されています。

ちなみにこのルートは、木道ではなく土の上を歩く場所もあって、個人的には探検するような気持ちで歩いています。




あまり人に会わない、緑と沼の景色の美しいこの尾瀬沼南岸ルートをあれこれ考えながら歩いていると、人の声が聞こえてくる場所に到着。尾瀬沼山荘と休憩所のある三平下です。

ここにも、かつては現在の上皇様が皇太子だったときに御宿泊されたという、いまはなき「東電山の家」という建物があったらしいのです。
尾瀬沼はいまでは尾瀬ヶ原よりも静かで、ゆったりとした時間の流れる場所、と言われています。しかし、かつては観光の電車やバスが運行され、尾瀬沼には渡船があった時代もありました。

燧ヶ岳が開山されたことによって始まった尾瀬の歴史。その歴史は、たくさんの人々が関わり合って来きたことを物語るものでもあります
【今年も“尾瀬を未来につなぐために”さまざまなイベント・プログラムを行ないます】
■尾瀬のツキノワグマを知る
”ツキノワグマに注意”が増えてしまっているいまだからこそ、正しくクマのことを知ってみませんか?ツキノワグマの生息地でもある尾瀬や山を愛するみなさんに、ぜひ知っていただきたい内容です。株式会社群馬野生動物事務所の春山さんをお招きして、お話しいただきます。

→詳細はOze Nature InterpreterのInstagramにてアップしています!
Instagram@oze.nature
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PROFILE
ランドネ / Oze Nature Interpreter
HagiwaraMai
尾瀬高校自然環境科の卒業生であり、尾瀬のビジターセンターや山小屋、ガイド団体で働いた経歴をもつ。現在は、尾瀬をこよなく愛するOze Nature Interpreterとして尾瀬とその周辺地域の知られざるストーリーを伝える活動をしている。
尾瀬高校自然環境科の卒業生であり、尾瀬のビジターセンターや山小屋、ガイド団体で働いた経歴をもつ。現在は、尾瀬をこよなく愛するOze Nature Interpreterとして尾瀬とその周辺地域の知られざるストーリーを伝える活動をしている。
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