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「心臓を止めない」引退したオリンピアン渡部暁斗が自転車に挑戦する意味

「心臓を止めないほうがいい」――。引退直後の健康診断で医師にそう告げられたことが、あるオリンピアンを新たな挑戦へと向かわせた。ノルディック複合の第一線で20年以上戦い続けた渡部暁斗さん。競技人生に区切りをつけたばかりの彼が次に選んだ舞台は、意外にも自転車だった。なぜ、休むことなくエンデュランス競技へ、しかも未知のジャンルへ踏み出すのか。その「意味」を追った。

セカンドキャリアの旗印「渡部暁斗エンデュランスラボ」

エンデュランスラボを立ち上げた渡部暁斗
©ファーストトラック

その渡部さんは、ミラノ・コルティナ五輪を最後に、2026年3月に現役を引退した。そのセカンドキャリアの取り組みとして立ち上げるのが「渡部暁斗エンデュランスラボ(WATABE AKITO ENDURANCE LAB)」だ。20年間、世界のトップレベルで培ってきたトレーニング科学・栄養学の知見を、一般のスポーツ愛好家に役立つ形で発信していくプロジェクトだ。自身のnoteで情報発信をするほか、自転車をはじめ各種スポーツにチャレンジし、その模様を配信していく。
その渡部さんが、SPECIALIZED(スペシャライズド)のアンバサダーに就任した。第二の挑戦の舞台は自転車。8月22日(土)・23日(日)に開催される「UCIやくらいグラベル」の35〜39歳クラスに出場する。スペシャライズドは、この新たな挑戦を機材面からサポートする。
引退後もエンデュランス競技を続け、さらに自転車という未知の領域へ踏み込み、進化を止めない――。その姿勢は、同社が創業以来掲げる “Innovate or Die”(革新か、さもなくば死を)にも通じる――。スペシャライズドのマーケティングマネージャー・塚田邦晴さんはそう語る。

最初の舞台は「UCIやくらいグラベル」、機材はSPECIALIZED・CRUX 5

渡部暁斗に提供されたグラベルレーサー、スペシャライズドCRUX 5

渡部さんとスペシャライズドの縁は深い。現役時代からエンデュランストレーニングの一環としてロードバイクやマウンテンバイクに乗り込んでおり、その相棒はTarmac SL4以来のスペシャライズド。リアルなユーザーである彼の挑戦を支えることは、ブランドにとっても自然な流れだった。初挑戦のグラベルレースに向けて提供されるのが、グラベルレーサー「CRUX 5」だ。グラベルレースとは、砂利や土の未舗装路(=グラベル)を走る自転車競技のこと。CRUX 5は、こうした荒れた路面を軽快に、かつ速く走るために設計された専用モデルだ。
バイクの受け渡しに合わせ、スペシャライズド新宿店ではフィッティングも行われた。最初に取り組んだのは「Custom Footbed」――足裏の形に合わせて作る、オーダーメイドの中敷き(インソール)づくりだ。続く「Body Geometry Fit」は、体格や関節の動き、柔軟性などを細かく計測し、サドルやハンドルの位置をミリ単位で一人ひとりの体に合わせていくフィッティングサービス。ペダリングの効率や体への負担は、このわずかな調整で大きく変わる。担当したのもまたオリンピアンだ。元マウンテンバイク・クロスカントリー日本代表の小田島梨絵さんが、渡部さんのポジションを追い込んでいった。

スペシャライズド新宿店でフィッティングを受ける渡部暁斗
フィッティングに先立って行われたアセスメントでは、長年自転車に乗り込んできた経験もあってか、渡部さんの高い柔軟性が確認され、自転車への適性の高さをうかがわせた。

インタビュー:渡部暁斗が語る、第二の挑戦

インタビューに答える渡部暁斗

――引退後も、なぜスポーツを続けるのですか。

正直に言うと、健康診断がきっかけです。4月に受けたとき、医師から「心臓を動かすのはやめないほうがいい」と言われて。20年以上、かなりハードな使い方で心臓を動かし続けてきたので、急にやめると心不全などのリスクが高まる、と。同期が心臓の手術を受けたことも知っていたので、「他人事じゃないな」と重く受け止めました。
とはいえ、健康のためにジョギングを続けよう、という気持ちは全然湧いてこなくて(笑)。どうせやるなら目標を持って、しかも自分の中だけで完結させず、皆さんと共有しながらやりたい。そう考えたのが出発点です。

――「エンデュランスラボ」で何をやりたいのですか。

どの競技にも、それぞれの固定概念のようなものがあります。現役時代は勇気がいって手を出せなかった実験を、引退した今なら自分が率先して試せる。それを発信して、見てくれた方のコメントも含めて、皆さんと一緒に実験していきたいんです。「エンデュランス」と付けなくてもいいくらい、やりたいことはいろいろあります。でもまずは「心臓」から、ですね。

スキー時代の渡部暁斗
©ファーストトラック

――スキーと自転車、共通点はありますか。

意外と多いんです。クロスカントリースキーと自転車は、足にかかる負荷がよく似ている。ランニングは足を回せば前に進みますが、自転車はしっかり力を加えないとペダルが回らない。スキーも体重を乗せて板のたわみを潰し、接地面を増やすことで加速する。機材に力を加える感覚が共通しているんです。自転車の立ち漕ぎは、スキーの荷重にかなり近いですね。
ジャンプの空中感覚は、水泳に近いかもしれません。流体力学的にフォームが決まる。あの感覚は12〜13歳までに始めないと養えないと言われます。

――Body Geometry Fitを受けた感想は。

フィッティングは2回目ですが、前後で全然違いました。足の回しやすさ、踏みやすさ、力の抜ける感じ。「このくらいでいいかな」と何度も思ったのに、「もう1段低く」「もう少し後ろに」と言われてやると、また良くなる。ミリ単位でこんなに変わるのか、と。自分でやると面倒な作業なので、やってもらうと引き出される感覚があって、面白かったです。

Body Geometry Fitでポジションを調整する渡部暁斗

――「足づくり」の話が印象的でした。

インソールがなくてもいい体にしたい、という考えです。スキー時代は草履や下駄を履いてトレーニングしたり、ナンバ走りのような足運びを取り入れたり。靴の発達で日本人の足は退化していると思うので、一度過去に立ち返って足を作り、それを引き出すシューズやインソールにする。甲野先生の武術のような身体操作も好きで、「人間の体とは」を突き詰めてきました。
自転車はポジションが固定されるぶん、逆に難しい。自由に動いてきた体を、拘束された中でどう使いこなすか。昔の人が考えなかったポジションなので、これから誰かが探っていくものなのかな、と思っています。
新宿店でフィッティングに臨む渡部暁斗

――やくらいグラベルへの手応えは。

グラベルは初挑戦です。ただマウンテンバイクやトレイルランで山には親しみがあるので、ごくありきたりな日本の山、と言われれば慣れているかもしれません。怖いのは高速域での落車ですね。雪は転んでも痛くないけれど、アスファルトはそうはいかない。ただ集団の中の位置取りは得意なほうなので、そこは経験を活かせると思います。まずはスタート、1発目。失敗しても、そこからのストーリーですから。

――今後の展望を。

実はダウンヒルが一番好きなんです。スキーも「滑るために登っている」と思っているタイプで(笑)。トレイルの下りが一番楽しい。エンデュランスラボを通じて、そういう自分の探究も含めて発信していけたら面白いですね。

渡部暁斗(わたべ・あきと)プロフィール

渡部暁斗 1988年5月26日生まれ、長野県白馬村出身。早稲田大学スポーツ科学部卒。ノルディック複合(スキーのジャンプとクロスカントリーを組み合わせた競技)の日本を代表する選手として、長年にわたり世界のトップで活躍した。2014年ソチ、2018年平昌の両オリンピックで個人ノーマルヒル銀メダルを獲得。2022年北京オリンピックでも個人ラージヒルと団体ラージヒルで銅メダルを手にした。2017-18シーズンにはワールドカップ個人総合優勝も果たしている。ミラノ・コルティナ五輪を最後に、2026年に現役を引退した。引退後は所属先の北野建設スキー部GM(ジェネラルマネージャー)に就任。

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PROFILE

山口

Bicycle Club / 編集長

山口

バイシクルクラブ編集長。かつてはマウンテンサイクリングin乗鞍で入賞。ロード、シクロクロスで日本選手権出場経験をもつ。47歳を迎えた現在ではレースだけではなく、サイクリングを楽しむためために必要な走行環境やサイクルツーリズムなどの環境整備などにも取り組んでいる。

山口の記事一覧

バイシクルクラブ編集長。かつてはマウンテンサイクリングin乗鞍で入賞。ロード、シクロクロスで日本選手権出場経験をもつ。47歳を迎えた現在ではレースだけではなく、サイクリングを楽しむためために必要な走行環境やサイクルツーリズムなどの環境整備などにも取り組んでいる。

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