
「不幸じゃないけど、退屈」。そんな毎日に効く、山の夜明け
宇宙HIKE
- 2026年08月30日
「幸福の反対は不幸ではなく、退屈である」という言葉がある。
夜、布団に入った瞬間にスマホを開く。朝、目が覚めた瞬間もおなじように画面を開いてしまう。少しでも手持ち無沙汰になると、いつの間にか指が動いている。SNSをスクロールし、流れてくる大量の情報を眺めているうちに、気づけば時間が溶けている。スマホの中に自分の心が縛り付けられているような、あの独特の虚しさ。不幸ではないけれど、確実に心が感じる力を奪っていく日常の退屈がそこにはある。
残りの人生で、あと何回出会えるだろうか

私が日常の退屈から離れて、心から幸福だと感じる瞬間がある。山ですごす「夜明け」だ。宿泊登山のときに、一番楽しみにしている時間。山の上で迎える夜明けを、残りの人生であと何回すごすことができるだろう。下界にいるときはなんとなくやりすごしてしまう時間なのに、ここでは一秒を失うことすら惜しい。そう思うと、この刻(とき)の移ろいが猛烈に愛おしく、ひとしずくもこぼしたくなくなるのだ。

だから私は、夜明け前の暗がりから太陽が昇り、まばゆい光が山肌を包み込んでいくまでの光景を、ただ夢中になって眺めてしまう。

冷たい風にさらされながら、保温ボトルに入れてきたお湯をすすり、その移ろいをじっと見つめる。やがて空がピンク色に染まり始めると、暗闇からゆっくりと浮かび上がってくる山々の輪郭。広大な自然のなかに身をゆだねるように、気を抜くとあっという間に変わっていく世界の色を、ただ目に焼きつけていく。
日の出の「そのあと」に始まるドラマ

太陽が顔を出したその瞬間、それまで吹いていた風が、ふっと遠のく。私の周りだけ世界が静まり返る。

ドラマは、ここからが本番だ。光の中にたくましく現れる木々の姿、朝日を浴びてパッと弾ける足元の朝露、冷気に縮こまっていた小さな草花がゆっくりと起き始める瞬間。

山全体がひとつの生き物のように、「今日」を始める穏やかでダイナミックな変化を追いかけるのに、とにかく私は忙しい。目の前の山の目覚めを追いかけながらカメラのシャッターを切り、その姿を心に焼きつけていく。

そこには、垂れ流される情報が入る隙間なんて1ミリもない純粋な没頭がある。自分の足で、自分の目で、いまこの瞬間という時間をまっすぐに歩んでいるのだ。そして、日常の退屈にすっかり眠らされていた私の「感じる力」が、五感ごと一気に呼び覚まされていく。
自分で時間を歩む、幸福感の正体

山の朝が特別なのは、景色だけじゃない。ビルや広告がない空間で、地球が刻一刻と色を変えていくのをただ眺めているだけで、鈍っていた感覚が自然と呼び覚まされていく。スマホの画面に縛られた日常を飛び出して、心が満たされていくあの解放感。それこそが、私が見つけた「退屈の反対」なのだ。

気づけばいつも、陽に照らされた稜線の中に「次に登りたい山」を見つけている。朝日を浴びてかっこよく浮き上がるその姿に見惚れているうちに、だんだん愛着が湧いてくる。あそこからの景色はどんなだろう。いま私が立っているこの場所は、あの山からどう見えるのか。
妄想が膨らむうちに、気づけば「次はあの山へ」という気持ちが胸の中で育っている。そのワクワクもまた、私にとっての幸福だ。

残りの人生で、あと何回「山の夜明け」に出会えるだろうか。限られた人生だからこそ、スマホの画面を眺めて時間を溶かしている場合じゃない。あの朝がまた、私を呼んでいる。
ところで、夜の星空をじっくり眺めるのも最高なんだろうなと思っている。ただ、いつも温かい布団に潜り込んだ瞬間、泥のように深い眠りを選んでしまうのだ。私にはまだ、山で見る星空の美しさを語る資格はなさそうだ。
写真&テキスト◎朝比奈 杏咲美(宇宙HIKE)
https://www.instagram.com/sami_yama.tabi
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PROFILE
宇宙HIKE
Photographer 松本茜主催、山と写真のコミュニティー。 宇宙を旅するように山へ登り、旅や写真を使って「自分」にフォーカスする。 ユーモア溢れるメンバーが集まり、日々楽しみながらいろんなフィールドで活動を続けている。
Photographer 松本茜主催、山と写真のコミュニティー。 宇宙を旅するように山へ登り、旅や写真を使って「自分」にフォーカスする。 ユーモア溢れるメンバーが集まり、日々楽しみながらいろんなフィールドで活動を続けている。
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