
ラルス・ボーフェンにインタビュー:グラベル転向の真相と、取り戻した走る喜び
せいちゃん
- 2026年08月27日
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2026年8月、宮城県加美町の緑豊かな山間部を駆け抜けるグラベルレース「HYSK GRAVEL CLASSIC YAKURAI 2026 presented by GRAVELKING」に、特別な海外招待選手が姿を見せた。ラルス・ボーフェン(フードメーカー・グラベルキング、25歳)だ。
海外ロードレースファンであれば、彼の名に聞き覚えがある方もいるだろう。名門チームで育成され、ワールドツアーの舞台で輝かしいデビューを飾りながらも、昨年末に24歳という若さでロードレースから引退した、あのラルス・ボーフェンである。
今回、初めての来日を果たし、日本の未舗装路を笑顔で走り終えた彼に、インタビューを実施。若くしてワールドツアーを去った理由、そしてグラベルシーンで見つけた新たな「自転車で走る喜び」について訊いた。
名門の血筋と、早すぎたワールドツアーからの引退

ラルス・ボーフェンは、オランダの強豪チーム・ラボバンクで長年走り、現在はチーム・ヴィスマ・リースアバイクのスポーツディレクター(監督)を務めるヤン・ボーフェンを父に持つ、まさに自転車競技のエリート一族の出身だ。幼少期からシクロクロスとロードレースで類まれな才能を発揮し、2019年にはジュニアのオランダTT王者に輝くなど、次世代のスター候補として注目を集めてきた。
2020年から4シーズンにわたりユンボ・ヴィスマ・ディベロップメントチームで活躍し、2022年のフランドル・トゥモロー・ツールで総合優勝。そして2024年、満を持してアルペシン・ドゥクーニンク(現アルペシン・プレミアテック)と契約し、念願のワールドツアーへ昇格を果たした。デビュー戦となったツアー・ダウンアンダー第1ステージでいきなり3位表彰台に食い込むなど、マチュー・ファンデルプール(オランダ)の強力なアシスト、そして次代のクラシックスペシャリストとして大きな期待が寄せられていた。
しかし、現代ロードレースの極限まで高まったスピードやプレッシャー、そして度重なる体調不良や怪我が彼の心身を激しく消耗させた。思うように走れない苦しみの中で、彼はロードレースへの情熱を徐々に失っていく。そして2025年11月、24歳という若さでプロロードレーサーとしてのキャリアに終止符を打つ決断を下したのだ。
そんな彼が土煙を上げながら日本のグラベルを駆け抜け、ゴール後には充実感に満ちた笑顔を見せている。いったい彼に何があったのだろうか。
「日本は全く違う文化。景色も美しくて最高に楽しい」

ー 今日のレース、本当にお疲れ様でした。まずは、日本に来るのは今回が初めてですか?
ラルス・ボーフェン(以下、ボーフェン):ありがとう! そう、日本に来たのは今回が初めてなんだ。
ー 日本の印象はどうですか?
ボーフェン:ヨーロッパとは何もかもが違っていて、すごく気に入っているよ。文化の違いを目の当たりにするのは本当に楽しいね。
ー 今日の「HYSK GRAVEL CLASSIC YAKURAI」のコースを走ってみていかがでしたか?
ボーフェン:とてもタフだったね! 上り区間が長くて勾配も急だったし、コース全体の距離もしっかりあった。でも、バックグラウンドに見える景色が信じられないくらい美しくて、本当に素晴らしいコースだったよ。
ロードレースを離れ、グラベルで見つけた「心地よい空気感」

ー 今年からグラベルレースを主戦場にされていますが、これまでのロードレースと比べて、一番大きな違いは何だと感じていますか?
ボーフェン:一番の違いは、全体の空気を占める「リラックスした雰囲気」だね。ロードレースの世界は、会場に来て、極限のレースをして、終わったらすぐに家に帰るという非常にシステマチックで張り詰めた空気があった。でもグラベルレースは、スタート前も、レース中も、そして終わった後も、みんなでその空間を楽しむようなカルチャーがある。それがすごく良いんだ。
ー 現在はどこを拠点に活動しているのですか?
ボーフェン:今はスペインのジローナに住んでいて、そこから時々、オランダの実家に行き来するような生活をしているよ。
ー 今年のリザルトを拝見すると、ジローナで開催されたクリテリウムで優勝されていましたね。グラベル以外にも出場しているのですか?
ボーフェン:基本的には完全にグラベルがメインなんだけど、自分が住んでいるジローナの街でクリテリウムが開催されたから、ちょっと出てみようかなって(笑)。純粋に楽しかったし、勝ててよかったよ。
情熱の喪失から、偶然が生んだグラベルへの道

ー 少し踏み込んだ質問になりますが、もともとロードレースを引退したら、すぐにグラベルに転向しようと考えていたのですか?
ボーフェン:いや、今年の計画として最初からグラベルをやろうと思っていたわけじゃないんだ。正直に言うと、ロードレースに対して少し愛情を失ってしまって、「もう辞めたい」と思っていた。
でもその後、ガールフレンドがオランダのグラベル選手権に出ることになって、そのサポートに行ったんだ。妹(キンバリー・ボーフェン)も出場していてね。彼女たちをサポートするついでに、自分でも少しコースの試走をしてみたら……「あれ、これすごく楽しいな」って気づいたんだ。
その少し後に、ニック・サネン(※現在のチーム監督)からコンタクトがあって、グラベルチームで走らないかと誘われた。だから本当に偶然の積み重ねで、ここに行き着いたんだよ。
ー ロードレーサー時代から、オフロードを走ることはあったのですか?
ボーフェン:23歳まではずっとシクロクロスをやっていたから、オフロードの基礎はあるんだ。ただ、ロードに専念した最後の数年は、たまのトレーニングでロードバイクに33mmのタイヤを履かせてグラベルを走るくらいで、本格的なオフロードレースからは離れていたね。
「ただ自転車に乗ることを楽しみたい」――失ったものを取り戻すための旅

ー トップレベルのロードレースから未開拓のグラベルレースへと環境を変えるにあたって、何か不安や心配事はありましたか?
ボーフェン:いや、まったくなかったよ。今年の僕のテーマは、とにかく「楽しむこと」。それだけにフォーカスしているし、実際に心の底から楽しめているからね。
ー 今後、グラベルレーサーとして達成したい大きな目標やマイルストーンはありますか?
ボーフェン:今のところ、そういった大きな目標は持っていないんだ。さっきも言ったように、今はただ「もう一度、自転車に乗ることを楽しむ」という純粋な気持ちを取り戻したかった。そして今、まさにそれができている。だから、それ自体が今の僕の最大の目標なのかもしれないね。これからもプレッシャーを感じず、ただ楽しむことに全力を注ぎたい。
ー 今日はレース直後でお疲れのところ、本当にありがとうございました。またぜひ、日本のレースに遊びに来てください!
ボーフェン:もちろん! また招待してもらえたら、絶対に帰ってくるよ。ありがとう!

現代のトップロードレースは、科学的トレーニングの進化とスピードの高速化、そして若年齢化により、かつてないほど過酷なものとなっている。早期に才能を見出された選手が、過度なプレッシャーや怪我によって燃え尽きてしまうケースは少なくない。ラルス・ボーフェンもまた、その過酷なシステムの中で心をすり減らしてしまった一人だった。
しかし、自転車が彼からすべてを奪ったわけではなかった。家族やパートナーの存在、そしてグラベルという自由でリラックスしたカルチャーが、彼に再びペダルを回す理由を与えてくれたのだ。
日本の美しい景色の中で、泥だらけになりながらも満面の笑みを浮かべる25歳の姿。そこには、結果や数字だけでは測れない「自転車の根源的な楽しさ」が詰まっていた。ラルス・ボーフェンの新しい旅は、まだ始まったばかりだ。
- BRAND :
- Bicycle Club
- CREDIT :
- 文と写真:相原晴一朗
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PROFILE
せいちゃん
稲城FIETSクラスアクト所属のJプロツアーレーサー。レースを走る傍ら、国内外のレースや選手情報などを追っている。愛称は「せいちゃん」のほか「セイペディア」と呼ばれている
稲城FIETSクラスアクト所属のJプロツアーレーサー。レースを走る傍ら、国内外のレースや選手情報などを追っている。愛称は「せいちゃん」のほか「セイペディア」と呼ばれている



















