
今年もやってきた、イタリア・オルコ渓谷|筆とまなざし#436

成瀬洋平
- 2025年10月11日
今年もこの地へ帰ってきた
今年もイタリア、オルコの谷へやってきた。谷の中程に位置するロカーナ村に着いたのは日暮れ前だったが、雨のせいですでに薄暗くなっていた。
幹線道路から一本中に入った古い石畳の路地。通りに面した教会の向かいに、古い3階建の建物がある。その2階がぼくらの定宿で、重荷を持って石の急な階段をヨタヨタと登る。古めかしい鍵を3回回してドアを開けると、おなじみの空間が広がっていた。
柔らかな光に照らされた黄色の壁、黒光りする食器棚、宿主お手製のイチジクのコンポートやアーティチョークのオリーブオイル漬けなどの温かいおもてなし。今年で4年続けて訪れるオルコ。訪れたというより、帰ってきたという気持ちが自然と湧き上がってきた。
オルコ渓谷はヨーロッパを代表するクラッククライミングのメッカである。4年前、一本のクラックを求めて訪れたのだが、そのクラックを登ったあともいろいろな縁があり、今年もまた訪れることになったのである。登っていないクライミングルートは無尽蔵にあるし、ここで知り合った人々との再会も楽しみで、何度来ても飽き足らない。
旅は非日常である。これまで、旅する場所では日常とは違う、別の時間が流れているように感じてきた。しかし、当たり前のことだけれど、自分が4年の歳月をすごすうちに、ここで暮らす人たちにも同じように4年の年月がすぎている。そう思うのは、この場所を繰り返し訪れているからなのだろう。みんな初めて会ったときよりも4歳も年をとっているのだ。それがなんだか不思議に思える。
雪化粧によって、より一層美しく見えるオルコの山々
オルコの谷はヨーロッパアルプスの端っこに位置し、周りを3,000mから4,000mの山々に囲まれている。いってみれば、裏山に穂高連峰かずらりと続いているような感じだ。今年のオルコはこれまでより寒く、到着した日から続いた冷たい雨は山の上では雪だったようで、3日目に晴れ渡ると真っ白に雪化粧した山々が見渡せた。雪化粧とはよくいい当てた表現である。雪を被ると、とたんに山は美しくなる。
晴れた日には岩場へ出かけ、すでにオルコに来てから2週間が経った。谷は稜線の東側に位置するため、午後になると山々は逆光で影になる。クライミングからの帰り道、山の背後から射す黄金色の西陽が、色づき始めた森を照らす。何度見てもため息がでる風景である。今年は雪があるから、より一層美しく見える。
オルコの谷には合計ひと月ほど滞在する予定だ。すでに折り返し地点が近いことにびっくりするが、これからどんなクライミングルートや景色に出合うことができるか、まだまだたのしみである。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。
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