
時空を越えるタイムマシンのように、いまと昔の自分を繋ぐ大銀杏|筆とまなざし#444
成瀬洋平
- 2025年12月03日
長楽寺の銀杏の木
「今年は間に合わなかったか」
11月は慌ただしく、毎年楽しみにしている大銀杏の燃えるような黄葉を見逃した。ようやく訪れたときにはあたり一面黄色の落ち葉で埋め尽くされ、枝に残ったわずかな葉が寂しげに風に揺れていた。枝の向こうには澄んだ青空。もうすぐ冬がやってくる。
ぼくの住む村には長楽寺というお寺がある。お寺といっても常駐する住職のいない小さな寺なのだが、その境内にはたいそう大きな銀杏の木がある。高さ20m以上、幹の太さは8m40cmを誇り、樹齢は1200年だと伝えられられている。時は戦国時代、武田軍が侵攻した際に長楽寺はすべて焼き払われたのだが、この大銀杏は戦火のなかを生き長らえた。
長楽寺の大銀杏は村のシンボルのひとつとなっている。とはいえ、観光客が来るほどのものではない。村人の大切な巨木として静かに、そして大切にされてきた。そんなところがまた素敵なところなのである。
大銀杏をめぐる思い出
自分の記憶を遡ると、この大銀杏との思い出は小学校時代へとたどり着く。何年生だったかは思い出せないのだけれど、黄葉真っ盛りの時期にスケッチ道具を携えてみんなで写生大会にやってきたのだ。学校からは歩いて20分ほど。長閑で素敵な小学校だったなと思う。
先日、住民票を取るために村の公民館へ行った。
「あ、成瀨さん。住民票渡したらちょっと話したいことがあるんです」
受付のOさんはそう言って手早く住民票を用意してくれた。
「来年度の公民館講座を企画していて、水彩画教室をやってもらえないですかね?」
それはお安い御用である。地元のみなさんのために水彩画教室ができるのはとてもうれしい。ふたつ返事で了承する。
「場所はどこか良いですかねー?」
真っ先に思いついたのが長楽寺である。もちろん時期は11月。子どもも参加できるように日曜日に決定。というわけで、来年の11月に長楽寺へスケッチ遠足に行くことになった。
子どものころの自分といまの自分が、大きな銀杏の木によって繋がれる。大銀杏がまるで時空を越えるタイムマシンのように思えた。もっとも、悠久のときを生きてきたこの大銀杏にとっては30数年など取るに足りない年月なのだろう。そんな大銀杏をめぐって、来年どんな思い出が生まれるのだろう。いまからとても楽しみである。
著者:ライター・絵描き・クライマー/成瀬洋平
1982年岐阜県生まれ、在住。 山やクライミングでのできごとを絵や文章で表現することをライフワークとする。自作したアトリエ小屋で制作に取り組みながら、地元の岩場に通い、各地へクライミングトリップに出かけるのが楽しみ。日本山岳ガイド協会認定フリークライミングインストラクターでもあり、クライミング講習会も行なっている。

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