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大陸に脈打つ長河、モンゴル・エグ川彷徨。~風と星の原野を漕ぐ~|WILDERNESS[ウィルダネス]No.8

空と大地に挟まれ、地球の形を感じる旅に出る。そこには雄大かつ果てしない、そして純粋な自由があった。

文◉大木ハカセ
写真◉門谷 JUMBO 優

モンゴル エグ川上流域パックラフト行程
8月17日 14時40分 成田発・20時15分 ウランバートル着
8月18日 車両移動(830km)・買い出し・スタート地点へ
8月19日 パドリング1日目 ブラグ出発
8月20日 パドリング2日目
8月21日 パドリング3日目
8月22日 パドリング4日目 エグ・ウール
8月23日 車両移動(830km) ウランバートル着
8月24日 7時45分 ウランバートル発・13時15分 成田着

新宿歌舞伎町の放浪者

客がひとりもいない時間を見計らうと、折り目が裂けてボロボロになったモンゴル-ロシアの古い地図をカウンターに広げて、短くなった鉛筆で印をつけていく。

「フブスグル……、エグ……、ウーレ……、セレンゲ、セレンガ……、バイカル……」

呪文のように唱えながら、地図には載っていない支流や三日月湖を、地図上に頼りなく記載された川の形から連想する。

ウランバートルから西北西へ1000㎞、モンゴル国内で2番目の広さを誇るフブスグルという湖がある。冬には氷祭りが開催され、夏には欧米からも多くの観光客が訪れるリゾート地だ。そのフブスグル湖を水源とし、湖の南端付近から流出する河川、エグ川。そのエグ川は世界有数の透明度を有し、タイメンと呼ばれる幻のモンゴルイトウが多く生息する川として、重症な釣りの病に侵された人たちにのみ深く知られる河川だ。そのエグ川は、250㎞ほど先でウーレ川と重なり合い、幅広なセレンゲ川へと合流する。セレンゲ川はそのまま北上してロシアへと流れ込み、セレンガ川と名を変え、最終的には世界最大の貯水量を誇る湖・バイカル湖へと続く。その距離じつに1300㎞。僕の興味を鷲掴みするのに申し分ないフィールドである。

普段の僕は、歌舞伎町を根城にしており「outdoorsman bar ROVERS」という、冒険家や探検家などがフラリと立ち寄るウイスキーBARを営んでいる。「ROVER=放浪者」という名のとおり、僕が旅に出ている間は数カ月も店を閉めてしまうし、そうでなくとも気が向かずに閉めてしまうこともしばしば。そんなときは大抵近くの酒場で酒でも飲んでいるのだが、まぁ放浪者なので致し方ない。

欧米ばかりを興味の対象にしたり、ひたすらネパールに焦がれたりした時期もあった。が、この数年間は俄然モンゴル。そう、モンゴルなのだ。雑に広がる大地の上を、馬、ヤギ、ヒツジ、ラクダ、ガゼル、さまざまな動物が駆けめぐる。彼らの奥のそのまた奥のほうまで空が広がり、砂漠も、川も、草原も、身構えることなくどこまでも遠い。鳥がさえずり、狼が吠え、夜になると星の大群に包まれて遊牧民が笑う。どこまでも揺るぎない自由がある。それこそが僕のモンゴルであり、この数年間で10を超える旅を重ねている理由なのだ。

この夏は、事前に情報を入手できなかったエグ川上流域約100㎞区間を仲間ふたりと旅することにした。荒野とはほど遠い新宿歌舞伎町で結成した「エグ川下り隊」である。

星と焚火とモンゴル犬

明け方までかかった面倒なパッキングを乗り越え、成田空港のミアットモンゴル航空のカウンターに着いた。いよいよモンゴルの旅が始まる。いまはトランジットなしの直行便で、6時間も座っていればウランバートルに到着する。なんとも便利な世の中になった。

数年前にピカピカの新空港へと変貌を遂げたチンギスハーン国際空港に着くと、真新しい土産物店やカフェ、レストランなどが軒を連ねるなかに、モンゴルの気さくな弟たち、フレルとドゥーレの姿があった。ふたりとも体は大きく、釣りを愛し、馬の扱いが達者な頼りになる男である。この数年、僕のモンゴル旅は、決まって彼らがサポートについてくれる。この日も彼らのクルマに荷物を積み込んで宿泊先へ向かった。「フレル、頼んでおいた現地の詳しい地図はあるかい?」

僕がたずねると「あぁ先生、今日は遅いので、明日の移動中にしましょう」とフレル。翌日は早朝からスタート地点までの移動なので、早めに就寝することにした。

朝5時前。体感で10℃を少し下回るといったところか。真っ暗ななかで1台のランクルに全員分の装備をギュウギュウに押し込む。30分ほどで積み込み完了。

モンゴルはこの数年で舗装路がだいぶ延長されたが、日本の高速道路のような、滑らかで段差ひとつもないような道にお目にかかったことは、市街地でも一度もない。それでもだいぶ調子がいい。ウランバートルから300㎞ほどは片側1車線の舗装路が続く。前の車が遅ければ対向車線にはみ出して追い抜くし、大きな段差があれば全員で天井に頭をぶつける。

牛が道を塞げばクラクションを鳴らし、動かなければ退くのを待つ。モンゴルでの旅を始めたころは、このクルマ移動すらワクワクして、窓の外に釘付けになったものだが、いまとなってはクルマに乗り込んで5分と待たずに熟睡するという特殊能力が身についていた。この日の朝焼けがきれいだったことは、あとからフレルに聞いて知った。

昼ごろ、食事休憩と合わせて街道沿いのスーパーに立ち寄る。僕は山を旅する際には食料などすべてにおいて軽量化を図るのだが、川旅での考えはまったくの逆だ。イス、包丁、釣り竿、本、そのほかにもキャンプ地での居住性を豊かにする文明は大いに持ち込む。だから食料の買い出しなんかでは、山では絶対に購入しない瓶詰や米などもどしどし購入していく。結局、川を下る4日分の食料として、米、バゲット、ソーセージ、キューカンバー、リンゴ、チェリージャム、ピクルス、そばの実、ビスケット、調味料、水、ウイスキー、ガス缶などなど、かなりの重さの買い物となった。

移動中、だれからともなく「そろそろ休憩しましょうか」と声が上がると、それは決まって小便タイムである。街道の脇に停車して車の外に出る。なだらかにどこまでも続く薄緑の大地と、手が届きそうなほどノベっと低く大きな空に挟まれて、各々好きな方角へ立ち小便をする。動いているのは足元で跳ねるバッタくらいなものだ。

「ふぅ、モンゴルに帰ってきたぞ」案外こんなタイミングで思うものである。大きく息を吸い込み、またクルマへと戻る。クルマが大きく揺れて進み続ける。で、熟睡。で、立ち小便。「ふぅ、モンゴルに……」で、大きく揺れて……熟睡……。移動というのは大いにしてそんなものだ。

いつしか舗装路も終わり、砂利を敷き詰めて上から固めただけの道を抜け、草原の轍をひたすら突き進み、あたりが暗くなりはじめた21時、出発から15時間半をかけて目的地へ到着した。

明日漕ぎはじめるエグ川の脇にテントを張り終えたころ、あたりはすっかり暗くなっていた。朽木を重ねて火を起こしながらふと目線を上げると、そこにはあたり一面の星が広がっている。足裏に広がる地面だけが暗く鈍るなか、爪先からカカトまで僕を180度覆い尽くすように伸びた天の川。一等星は避けがたいほどに近く、眼前に広がるのはまさに宇宙である。

ウォッカをすすりながら星を眺めて、明日から下るエグ川の音を聞いていると、どこからともなくモンゴリアンバンホール(モンゴルの大型犬)がすり寄ってきた。きっと遠くに見えた遊牧民の飼い犬だろう。

しばらくの間焚き火にあたっていたバンホールは、モップのような尻尾を横に振りながらまた暗闇のなかへと消えていった。周囲にはザラザラとエグ川の音が不規則に響いていた。

(続きは本誌にてお楽しみください)

※この記事は「PEAKS 2026年2月号増刊 WILDERNESS No.8」からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。

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WILDERNESS 編集部

WILDERNESS 編集部

知的好奇心旺盛なアウトドア好きを、さらなる冒険の世界へ誘うメディア。国内外の秘境や圧倒的な自然現象を取材した多彩なルポで掘り下げ、好奇心と行動を刺激する内容で奥深き自然を旅する魅力を伝えます。

WILDERNESS 編集部の記事一覧

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