
生のサバを担いで72km。古の食文化を味わう1泊2日の街道歩き【アラフォー4人の野遊び日記 vol.18】|PEAKS 2026年7月号
PEAKS 編集部
- 2026年06月08日
INDEX
冷蔵保存が一般化する以前の話、若狭の海でとれた新鮮なサバは、人力で京の都まで送られたという。足のはやい青魚が、鮮度を保ったまま、人の足で運ばれただと!? にわかに信じがたい歴史をたどり、〝若狭一汐〞の味に迫る!
編集◉PEAKS編集部
文◉吉澤 英晃
写真◉宇佐美 博之
取材日:2026年4月8〜9日
なぜそんなことを? と思うかもしれない。しかし、昔はこのスタイルが当たり前。港で水揚げされた海産物は、すべて人力で京都へ運ばれていた。サバもその内のひとつである。
その話を風の噂で耳にした4人は「生魚を人力で運ぶってヤバくない?」「サバって日数が経っても傷まないんですかね?」「京都に着いてから本当に食べられたのかな?」などと盛り上がり「それなら実際に生のサバを運んでみよう」という流れになったのだ。
「この海、魚がいない。こんなこと初めてだよ」
福井県小浜市の小浜漁港。この港がある地域はかつて、若狭の国と呼ばれていた。そして、海路と陸路が交わる物流の一大拠点として発展してきたのがこの漁港だ。
空が白み始めたころ、ウサミとオオホリが先に起き出し、釣り竿を片手に海のほうへ歩いていく。その後ろをミヤガミとヨシザワがなにも持たずについていく。沖に張り出す岸壁で海釣りを始めたふたりはサバを狙っていた。釣り上げたサバに塩を振り、古の道を歩いて京都へ向かう。これが今回の旅のミッションだった。
しかし、竿を振るウサミの顔は曇っている。水中に沈むサビキを見つめながら、呆然とした表情を浮かべている。「この海、魚がいない。落としたサビキに反応がない。こんなこと初めてだよ」
状況はオオホリも同じようで、「いや〜、釣れないね〜」と、すでにお手上げ状態である。
港から沖へ出る漁船のエンジン音が聞こえた気がした。今日は水曜日。市場が休みなので漁に出る船はないはずだ。夢のなかで風の音を聞き間違えたのかも。冷たい駐車場に敷いた薄いマットの上で、ヨシザワはスリーピングバッグとツエルトに包まって体を丸めていた。
釣り竿を持っていないミヤガミとヨシザワは、奇跡が起きるのを祈ることしかできなかった。しかし、釣りの神様は結局4人に微笑まなかった。釣果ゼロ——。
それでも4人の旅は始まった。肝心のサバはどうしたかというと、港近くの鮮魚店で、奇跡的にちょうど4匹入手できたのだ。

「京都でお腹をこわしたらいやだから、たっぷり塩を振っておこう」
企画内容を店主に話すと、軒先で購入したサバに塩を振ってもいいと言う。この塩が京都へ着くころにはいい塩梅で染み込み、味のついた魚は〝若狭一汐〞と呼ばれて珍重された。「どれくらい塩を振ればいいんですかね?」ウサミが魚の扱いに慣れたベテランの店主に訊ねる。
鮮魚店の主は「これくらいでいいんじゃない」と、大きな紙袋から粗塩をひと掴みして、内臓を取り除いたサバのハラとエラを中心に、まんべんなくすり込んでいく。具体的な量は教えてくれない。目で見て学べということなのだろう。

ウサミも事前に用意していた塩の袋に手を突っ込み、ガッツリ掴んだ塩を見様見真似でサバに入念にすり込んでいく。塩まみれになったサバは、同じく用意していたキッチンペーパーにくるまれ、店主からいただいたビニール袋にすっぽり収まった。まるでミイラのような姿になったサバをひとり一匹パッキングして、やっと歩き旅がスタートした。

(右から)
ウサミ:山岳カメラマン。海釣りが大好きで、今回もサバを釣る気満々
ミヤガミ:本誌編集長。じつはサバが大好物ということが今回の旅で判明
オオホリ:同年代の業界人。釣り竿を持参して、ウサミと同じくサバを狙う
ヨシザワ:記録係。海釣りにはあまり興味がなく、早く京都で飲みたい人
「もうけっこう来たでしょ!」
小浜から京都へ物資が運ばれたルートはいくつか知られている。ひとつは、もっとも多くの物資が往来した「若狭街道」。もうひとつは、最短ながらも険しい峠をいくつも越える最古の道「針畑越え」だ。若狭街道も針畑越も、近年「鯖街道」と呼ばれ、文化庁が設けた「日本遺産」に認定されている。
「京は遠ても十八里」。昔の運び手たちはこの言葉を口にしながら、針畑越の急峻な峠道を越えていった。一里は約4㎞なので、全行程は約72㎞にも及ぶ計算になる。それを今回は1泊2日で歩く必要があった。理由は説明するまでもなく、生のサバを担いでいるから。日数をかけると新鮮なサバが傷んでしまう。事情は昔も同じで、塩を振ったサバは一昼夜で京都へ運ばれたといわれている。
「もうけっこう来たでしょ!」延々と続く幹線道路脇の歩道を歩きながら、ミヤガミがうんざりした声を口にした。「見て! ヤバいよ! 1時間以上歩いているのに、地図上ではまだ数センチしか進んでない!」スマートフォンの画面を覗きながら、オオホリが悲しみまじりの笑い声を上げる。
「今日はどこまで行く予定なんだっけ?」不安な顔を浮かべてヨシザワがウサミに質問した。「久多っていう地域のキャンプ場だね。ちょうど全行程の半分くらいのところにあるから、今日歩く距離は40㎞弱くらいかな」「1時間4㎞進むとして、約10時間。歩き始めたのは11時前だから、到着は21時をすぎそうだね。着くころには真っ暗だ」
ウサミの返事を聞いたヨシザワが、知りたくもない過酷な現実を口にしたものだから、メンバー間に重苦しい空気が流れ始めた。「のんびり歩いていられない」そんな思いに急かされるように、4人の歩くペースがスピードアップした。ときには無言になって、一心不乱に歩いていく。
街道歩きというと、道すがら現れる史跡に一喜一憂したり、宿場町を観光したり、そういうイメージがつきものだろう。しかし、針畑越はようすが違った。ルートは「JAPAN ECO TRACK」という、スマートフォンのアプリで確認でき、4人はそこに表示された道を忠実にたどっていた。しかし、針畑越や鯖街道にまつわるものがほとんど現れないのである。



「鯖街道って名前が付けられているけど、昔の人にとっては仕事道だったんだよね」
道中、由緒ある神社や小浜の名産「塗箸」の専門店などに立ち寄るものの、いまいち盛り上がりに欠ける4人の表情からは「どこかピントがズレている」。そんな感想が伝わってくるようだった。
出発から2時間後、奈良時代に創建されたと伝わる神宮寺をすぎると、いよいよ街の喧騒が遠くなり、人家がまばらになってきた。針畑越の道は遠敷川沿いに延々と続き、流れを遡りながらじわじわ標高を上げていく。

上根来の集落でひと休みしたのち、15時30分すぎ、一行は根来坂へ続く登山口に到着した。「鯖街道」と掘られた石の看板があるものの、表面には光沢があり、歪みのない面と角で構成されているそれは、明らかに歴史的建造物ではなく最近立てられたものだった。
「鯖街道って名前が付けられているけど、昔の人にとっては仕事道だったんだよね。そう考えると、そこに見どころを求める自分たちのほうがおかしいのかもね」
だれかが口にしたこの言葉からわかるように、鯖街道や針畑越という言葉の響きに、4人はロマンあふれる歩き旅を期待していた。しかし現実は予想を裏切り、山間部を縫うように作られた舗装路がどこまでも続き、登山道はごくわずか、通りすぎていく景色に昔の面影はほとんどなく、ただひたすらゴールの京都まで歩き続けるという、苦行のような行程だった。


「疲れた〜! あとどれくらい?」小さい橋を渡った先で、冷たい道路に座りながらオオホリが苦しそうな声を上げた。「久多まで残り7㎞。1時間40分くらいかかるらしいです」スマートフォンをいじりながら、同じく道路に腰を下ろしたヨシザワが質問に答える。
時刻は19時22分。あたりはすっかり夜になっていた。登山道で根来坂を越えた一行は、再び車道に下り、今度は川の流れに従って細い舗装路を歩き続けていた。「まだ1時間40分もかかるのか」。覇気のないミヤガミの声に疲労の色が表れていた。ほかの3人の表情も明るくなく、すっかり疲れ切っているようすだった。
2日目。峠を越え、湿原を抜け、くらま温泉へ
2日目の朝。一行は6時前に出発した。それでもゴールがある京都の出町柳に着いたのは17時だった。道中、峠を越えて、湿原を通過し、くらま温泉に立ち寄った。それ以外の時間は、ひたすら歩き続けた。彼らの旅路はこの一言で言い表すことができた。


「しょっぱ!」「辛すぎる!」まさかの酷評
出町柳に到着した4人は電車に乗り、ウサミが予約していたBBQ会場に向かった。さっそく運んできたサバを袋から取り出し、味見するときがきたのだ。「どうなっているかな……」全員が固唾を呑んで開封の儀に集中する。「おおぉ〜!」
オオホリが巻かれていたキッチンペーパーを剥がすと、萎れてはいるが鮮度を保ったままの美しいサバが現れた。魚体は青く光り、目は澄んでいる。身には張りがあり、いかにも美味しそうな見た目をしている。
「さっそく食べてみよう!」炭火で豪快に焼き上がったサバに、それぞれが箸を伸ばす。「しょっぱ!」「うわ、すごいなこれ」「辛すぎる!」。美味しいという声ではなく、聞こえてきたのはまさかの酷評。全員が顔をしかめ発した。


「塩を振りすぎたね。その証拠じゃないけど、鮮魚店のおじさんが塩を振ってくれたサバはいい塩梅だよ。これは美味い」そう言ってミヤガミがすすめるサバを口にすると「これは美味い。これなら食べられる」とヨシザワも満足げ。となると、サバが辛くなったのは、塩を振ったウサミの責任ということになるだろうか。
しかし、そのことにはだれもそれ以上言及せず、塩辛いサバは結局、酒のいい肴になり、スーパーで買ってきた日本酒がみるみるうちに減っていく。

若狭一汐は塩加減で味が決まる。それが2日間かけて72㎞を歩いた末に得られた答えなのだった。
※この記事はPEAKS[2026年7月号 No.178]からの転載であり、記載の内容は誌面掲載時のままとなっております。
※最新の情報を直接ご確認の上ご計画ください。
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PEAKS 編集部
装備を揃え、知識を貪り、実体験し、自分を高める。山にハマる若者や、熟年層に注目のギアやウエアも取り上げ、山との出会いによろこびを感じてもらうためのメディア。
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