
針を落とせば、海がひらく。Soundnesia『Nami』に刻まれた5つの波
VINAVIS 編集部
- 2026年07月29日
窓の外を走る車や、室内で静かに動き続ける空調。街で暮らす私たちの耳には、意識するともなく、さまざまな音が流れ込んでいる。
そんな日常へ、遠い海で記録された波の響きを連れてくるレコードが生まれた。自然音を手がかりに、人と自然の関係を見つめるプロジェクト「Soundnesia(サウンドネシア)」による初のLP『Nami』だ。
カリブ海、コパカバーナ、フィジー、バリ島、奄美大島。針を落とすと、サウンドアーティスト・川崎義博が旅のなかで記録した5つの海が、部屋の空気にゆっくりと広がっていく。
文◉VINAVIS
自然の音を、日常へ。Soundnesiaが描く人と自然の距離

Soundnesiaは、自然の響きを入り口に、私たちの暮らしと環境との関係を見つめるプロジェクトだ。ウェブサイトでは、離れた土地の自然音をリアルタイムで届ける「Live Sound」(会員登録で無料視聴可能)のほか、各地のサウンドスケープを「音景」として公開している。
自然音を聴くことは、街を離れ、どこか別の世界へ逃れることではない。いつもの場所にいながら、遠くの土地へ想像を伸ばすこと。目には見えない風景を、耳から暮らしのなかへ迎え入れることでもある。
そのSoundnesiaが初めてレコードという形で送り出した作品が『Nami』だ。録音とサウンドデザインには、日本で長くフィールドレコーディングに携わってきた川崎義博を迎えた。収められているのは、世界各地の浜辺で記録した波音をもとに構成された5つのトラック。メロディや言葉ではなく、波音そのものに耳を預けるための作品だ。
カリブから奄美まで。川崎義博が旅して集めた5つの波

川崎義博は、1990年の衛星音楽放送「St.GIGA」開局時にプロデューサーとして参加し、その後も世界各地で音を記録してきた。1997年には、離れた場所の音をリアルタイムで届けるウェブサイト「SoundExplorer」を手がけるなど、録音と配信の両面から、自然の響きを伝える方法を探り続けている。
『Nami』に収められた5つの波には、それぞれに旅の時間と土地の記憶が重なっている。
A-1 カリブの波
少年時代、川崎が繰り返し読みふけったという『ロビンソン・クルーソー』。物語の舞台のモデルともいわれるトバゴ島とその周辺で記録された波音には、かつて本のなかで思い描いた海と、長い時間を経て実際にたどり着いた風景が重なる。
A-2 コパカバーナの波
リオデジャネイロの浜でマイクを向けたのは、人通りの少ない早朝。大西洋から届く大きな波の向こうに、砂浜を歩く人々や、海辺の街の日常が感じられる。多くの観光客が訪れる場所にも、朝ごとに繰り返される静かな時間がある。
B-1 フィジーの波
トラックで進み、さらにカヤックへ乗り換えてたどり着いた小さな村。夜の浜に聞こえる穏やかな波には、村長から聞いた戦争にまつわる話と、珊瑚礁に囲まれた現在の静けさが重なっている。一方、この土地は海面上昇という現実にも直面している。録音された波音は、浜辺の美しさだけでなく、変わりゆく環境の一瞬をとどめる記録でもある。
B-2 バリ島の波
旅の途中で立ち寄った、人影の少ない砂浜。海水浴客がいない理由を尋ねると、案内人から、バリの人は海では泳がないと聞かされた。その背景には、海には得体の知れないなにかがいるかもしれないという、未知への畏れもあるという。ひとつの波音から、その土地ならではの海との距離が浮かび上がる。
B-3 奄美大島の波
奄美大島を訪れるたび、川崎が足を運ぶという森の奥の浜辺。車の走行音もほとんど届かず、聞こえてくるのは、ゆるやかに繰り返される波の響きだ。ハブが生息する森であることも、人の立ち入りを遠ざけ、この場所の静けさを保ってきたのかもしれない。そこにあるのは、旅先の名所というより、日常の時間から一度離れるための場所だ。
同じ「波」と呼ばれる音でも、その響きは一様ではない。浜の形や風、録音された時刻、海とともに暮らす人々の感覚によって、耳に浮かぶ風景は変わっていく。『Nami』に耳を傾けることは、5つの土地を音でたどる旅でもある。
音と写真を、一枚のレコードに。前田真三の海をまとう『Nami』

『Nami』の体験は、耳で波音を聴くことだけにとどまらない。手に取れるレコードとしての佇まいもまた、この作品を形づくっている。
ジャケットに使われているのは、日本の風景を撮り続けた写真家、故・前田真三による海の写真。アートディレクションは、孫の前田景が担当した。川崎義博が記録した海の響きと、前田真三が一枚の画面に収めた海。異なる場所と時間に生まれた音と写真が、ひとつの作品のなかで向かい合う。
スリーブから盤を取り出し、ターンテーブルに置く。針を落とせば、波音が部屋のなかへ流れ出す。ストリーミングなら一瞬で再生できる音に、レコードではいくつかの所作を経てたどり着く。その遠回りが、耳をひとつの音に預ける時間をつくってくれる。
『Nami』は、海そのものを部屋へ再現するための作品ではない。けれど、いつもの場所にいながら、遠い水辺を想像するきっかけになる。レコードが回っているあいだ、部屋と海との距離は、ほんの少しだけ近くなる。
Soundnesia 『Nami』
- 録音・サウンドデザイン:川崎義博
- 写真:前田真三
- アートディレクション:前田景
- 制作・レーベル:Soundnesia
- フォーマット:LP盤アナログレコード(33 1/3 r.p.m.)
- 収録曲:全5曲
- 価格:¥5,500
- 販売:Soundnesiaオンラインショップ
- BRAND :
- VINAVIS
- CREDIT :
- 文◉VINAVIS
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PROFILE
VINAVIS 編集部
アウトドアフィールドへ誘うメディア、そして自然のなかにいるような心地よさと冒険心をもって生きる人々を応援する新メディア。厳しい自然環境で磨かれた「機能美」や「哲学」を、都市生活というフィールドにマッチするシーンにを訴求します。またアウトドアで使われる機能やアイテムに触れることで、意識せずに自然とフィールドへと近づいていく気運を醸成します。
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