
全日本ロードは”通過点”だった――南魚沼市長が語るナショナルサイクルルート、そして雪国の未来
Bicycle Club編集部
- 2026年07月06日
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全日本自転車競技選手権ロードレースが開催された新潟県南魚沼市。その開催地、南魚沼市の林茂男市長への取材を通して、ナショナルサイクルルート「雪国魚沼Golden Cycle Route」構想や、大会開催の先に描く自転車のまちづくりの未来像に迫る。
全日本選手権ロードレースの舞台、20年の歩みを南魚沼市の林茂男市長に聞く

2026年6月27日・28日、全日本自転車競技選手権ロードレースが新潟県南魚沼市で開催された。2018年の島根県益田市大会以来となる一般公道での開催は、日本のロードレース界にとって大きな節目となった。しかし、開催地である南魚沼市にとって、この大会は単なるビッグイベントではない。
2008年の全国都道府県対抗自転車競技大会、2009年のトキめき新潟国体、JBCF(全日本実業団自転車競技連盟)ロードレースの継続開催、2022年の第4回全国シクロサミット、そして2026年3月の雪国魚沼Golden Cycle Route(GCR)のナショナルサイクルルート候補地選定。約20年にわたる取り組みの先に実現した今回の全日本ロード開催は、南魚沼が進めてきた自転車活用の歴史と無関係ではない。その歩みと将来像について、南魚沼市の林 茂男市長に話を聞いた。
「自転車のまち」から始まったわけではない

林市長はもともと観光分野を歩んできた。石打丸山観光協会会長や南魚沼観光組合連合会会長を務め、その後、市議会議員を経て2016年に市長へ就任した。そのため、2008年の全国都道府県対抗自転車競技大会や2009年の新潟国体についても、行政の中心ではなく地域の立場から見ていたという。
「どちらかというと私はスキーの大会運営の方でした。国体も直接はあまり関わっていませんでした」
一方で市長は、自転車のまちづくりが一人の力で築かれたものではないことを強調する。国体開催やJBCFロードレース、南魚沼サイクルフェスタなどを支えてきた地域の関係者が長年にわたり活動を続け、その積み重ねが現在につながっているという。
「自転車のまちづくりを進めてきた皆さんがいたんです。本当に頑張っていました」
市議時代からそうした活動を見てきた林市長は、自転車が持つ可能性を次第に実感するようになった。
「市長になる前から議員として関わる中で、自転車ってすごいなと改めて気付かされたんです」
現在の南魚沼の自転車施策は、特定の個人が作り上げたものではなく、地域の熱意ある人たちと行政が歩みを重ねながら築いてきたものだった。
通過する町から、訪れる町へ

30年ほど前、南魚沼はサイクリストにとって目的地というよりも通過地点だった。弥彦や長岡方面の競輪選手や実業団選手が三国峠や山岳ルートを目指す際に走り抜ける場所。そんな印象を持つ人も少なくなかった。
林市長は、その変化の背景として競技大会の継続開催を挙げる。国体を経てJBCFロードレースが定着し、さらに競技だけではない自転車イベントも広がっていった。
「レースだけではなくて、食も楽しんでもらいながら走るイベントも始まりました」
競技スポーツとしての自転車と、観光としての自転車。二つの流れが重なりながら、南魚沼は少しずつサイクリストが滞在し地域を楽しむ場所へと変化していった。
全日本ロードよりも先に見据えていた「雪国魚沼Golden Cycle Route」

今回の取材で特に印象的だったのは、林市長が全日本ロード開催そのものを最終目標としていたわけではなかったことだ。
「私の中では、まずナショナルサイクルルートでした」
市長が見据えていたのは、国土交通省が推進するナショナルサイクルルートへの挑戦だった。南魚沼市、魚沼市、湯沢町の3市町が連携して整備を進めてきた雪国魚沼Golden Cycle Route(GCR)は、2026年3月にナショナルサイクルルート候補地に選定された。正式指定は今後の審査を経て判断される予定だが、市長が目指してきたのは、そのさらに先にある地域づくりだった。
今回の全日本ロードで使用されたコースも、このGCRを構成する「三国川ステージ」のひとつに組み込まれている。全日本選手権という国内最高峰の舞台を走ったコースが、日常的にサイクリストが訪れるルートとしても機能する。競技の場と観光・生活の場が地続きになっている点にこそ、南魚沼が描く自転車活用の姿が表れている。
「コシヒカリの里だし、この景観は他にはない。だからナショナルサイクルルートを目指したかった」 もちろん、その土台には国体やJBCFといった競技開催の積み重ねがある。しかし行政として描いていた将来像は、大会誘致そのものではなく、地域の魅力を生かしたサイクルツーリズムの確立だった。
自治体の首長が集まる「全国シクロサミット」が教えてくれたこと

2022年、南魚沼では第4回全国シクロサミットが開催された。自転車を活用したまちづくりを推進する全国の自治体首長や関係者が集まり、GCRや南魚沼クリテリウムを視察した。その際、参加者から寄せられた感想が今も印象に残っているという。
「稲穂がきれいだね、とか、水辺がいいね、とか」
地元では当たり前だった風景が、外から訪れた人には魅力として映っていた。さらに、
「生活の匂いがしていい」
という言葉もあった。観光地として作り込まれた景色ではなく、農村の暮らしや雪国ならではの日常風景そのものに価値がある。市長は、その時に改めて地域資源の魅力を認識したという。
ロードレースだけではない自転車文化
GCRに期待する役割について尋ねると、市長は競技や観光だけに限定しなかった。
「競技者も来る。そして家族連れも楽しむ。カフェに寄ったり、温泉を楽しんだり。そういう空気です」
理想として思い描くのはオーストリアの山岳リゾートだという。トップアスリートがトレーニングを行う一方で、家族連れや一般観光客も自然の中で滞在を楽しむ。競技者だけの場所でもなければ、観光客だけの場所でもない。さまざまな人が同じ地域空間を共有する風景こそ、市長が目指す姿だ。
林市長が描く将来像は、ロードレースやサイクルツーリズムだけにとどまらない。インタビューでは、スキー場を活用したマウンテンバイクや、冬季のストライダーイベント、雪上での自転車イベントにも触れ、「冬も自転車でできることがある」と語った。
豪雪地帯である南魚沼では、雪がない季節にスキー場を活用したマウンテンバイクコースの整備やイベント開催も行われており、自転車を活用した地域づくりはロード競技だけではない広がりを見せている。市長が理想として挙げたオーストリアの山岳リゾートも、ロードレース一辺倒ではなく、多様なアクティビティが共存する場所だ。競技者、観光客、家族連れ、そしてマウンテンバイク愛好者まで。さまざまな人々が同じフィールドを共有しながら地域の魅力を楽しむことも、南魚沼が目指す姿の一つなのかもしれない。
だから全日本ロードはゴールではない

今回の全日本ロード開催について、市長は迷うことなく答えた。
「ゴールではなく、通過点だと思っています」
実際に大会を迎えた今も、関係者の間では次の取り組みについての話が始まっているという。より良い大会運営や新たな事業展開、さらなる地域の可能性。全日本ロード開催は一つの到達点であると同時に、新たな挑戦の出発点でもある。
10年後の南魚沼を考え、子どもたちの移動手段としての自転車

最後に、10年後の南魚沼について尋ねた。すると返ってきたのは、インバウンドや観光戦略ではなく「子どもたち」という言葉だった。人口減少による学校統合。広がる通学圏。地方が抱える交通課題。市長はそうした将来を見据え、自転車を観光資源としてだけでなく生活インフラとして捉えている。
「私は自転車を見直すべき時代が来ると思っています。そして、送り迎えばかりではなく、自分で移動できる子どもたちになってほしい」
とも語った。観光振興だけではない。健康、移動、教育、そして地域コミュニティ。2026年9月に南魚沼市で開催される「第13回自転車利用環境向上会議」のテーマは、『雪国から考える自転車がつくる地域の未来~サイクルツーリズムから日常の自転車活用へつなぐ地域づくり~』である。今回のインタビューを通して見えてきたのは、まさにそのテーマそのものだった。
全日本ロード開催の先にあるもの。それは大会の成功だけではない。雪国の暮らしの中に自転車が自然に根付き、子どもから高齢者までが移動の手段として、そして地域を楽しむ文化として自転車を活用する未来。林市長が描く南魚沼の10年後は、そんな風景だった。
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