
川本翔大3冠、杉浦佳子の集大成 自国開催のアジアパラで14メダルを獲得した日本代表の現在地と未来
Bicycle Club編集部
- 2026年10月25日
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アジアパラ競技大会としては初の日本開催となった「第5回アジアパラ競技大会(愛知・名古屋2026)」。自転車競技の舞台となった静岡県伊豆市には、大観衆の歓声が戻ってきた。日本代表は選手9人・パイロット2人の11人体制で臨み、金4、銀5、銅5の計14個を獲得。その一方で、急速に力をつけるアジア各国の姿も浮き彫りになった。
1975年、大分・別府の地で第1回大会が開かれた「FESPIC(極東・南太平洋身体障害者スポーツ大会)」。アジアにおけるパラスポーツの源流となったこの大会から半世紀余り、アジアの舞台は再び日本へと戻ってきた。2026年「第5回アジアパラ競技大会(愛知・名古屋2026)」である。アジアパラ競技大会としては初の日本開催となった。新型コロナウイルスの影響で無観客開催を余儀なくされた東京2020パラリンピックから一転、自転車競技の舞台となった静岡県伊豆市の日本サイクルスポーツセンター(伊豆ベロドロームおよび施設内のロードコース)には多くの観客が詰めかけ、選手たちは割れんばかりの歓声と拍手に包まれながら全日程を駆け抜けた。
前回2023年の杭州大会ではわずか3人(藤田征樹、川本翔大、杉浦佳子)にとどまった日本代表だが、今大会は選手9人・パイロット2人の計11人という大所帯でエントリー。トラックとロードの全日程を通じて金メダル4個、銀メダル5個、銅メダル5個の計14個を獲得し、中国、韓国、ウズベキスタンに次いで自転車競技の国・地域別メダルランキング4位と、確かな足跡を刻んだ。そして、数字以上の大きな収穫と熱気が伊豆の地に満ちていた。
エース川本翔大が圧巻の3冠! ベテラン杉浦佳子は地元で迎えた「集大成」

日本チームを力強く牽引したのは、エースの川本翔大だった。研ぎ澄まされた走りでトラック競技からロードタイムトライアル、そしてロードレースまで圧倒的な存在感を発揮。金メダル3個、銅メダル1個という大活躍でチームのメダルラッシュの中心となった。

「結果として金メダルを3つ獲得できたので、自分としては非常に満足しています。本当に沿道やスタンドからの応援が大きな力になりました。これからもさらなる高みを目指して頑張りたいと思います」
そう手応えを語った川本は、大会終了の余韻に浸る間もなく、10月26日には日本を出発し、オランダ・アペルドールンで行われるトラック世界選手権(10月29日〜11月1日)へと転戦する過密日程に臨む。世界トップクラスの実力をアジアの舞台でも遺憾なく証明してみせた。
地元・静岡県出身のレジェンド、杉浦佳子もまた特別な輝きを放った。女子カテゴリーで安定した走りを披露し、銀メダル3個、銅メダル1個を獲得。レース後にはチームメイトたちから高々と抱え上げられ、満面の笑みで祝福を受ける場面も見られた。


「ここで始まった私のアスリート人生、その一つの集大成となったかなと思います。本当にこの地元で開催していただき、温かい声援をいただけたことに感謝しかありません」

また、国際大会初出場となった小釜莉代が銅メダル3個を獲得する大健闘を見せ、「地元開催のニュースを見てくれたたくさんの方々から連絡をいただきました。パラサイクリングの魅力を少しでも知ってもらえたかなと思います。皆さんの声援が本当に力になりました」と笑顔で感謝を口にした。
男子Bタンデムの1kmタイムトライアルでは、長年日本代表の屋台骨を支えてきた木村和平が、パイロットの三浦生誠とともに大会新記録をマークして金メダルを獲得。さらに前日の男子B 4000m個人パーシュートで銀メダルを加え、その存在感をアジアのライバルたちに見せつけた。

木村/三浦組にとって、コンビとしての挑戦は次の世界選手権がラストランとなる。木村は「僕たちに残されたペアの時間はわずかで、次の世界選手権が最後の走りになります。お互いの家族や友人が駆けつけてくれたこの日本開催で、残り少ない走りを直接見せることができて本当に嬉しかったです」と感慨深げに語り、パイロットを務めた三浦も「和平さんから声をかけていただき参加した大会で、得意種目でメダルを獲ることができました。和平さんの次へと繋がる走りができたのなら、本当に参加できて良かったです」と充実感を滲ませた。
ハンドサイクル勢では、田中祥隆が男子H1-3ロードレースで気迫あふれる走りを見せ、銀メダルを獲得。「この大舞台で持てる実力を出し切れたことが大変嬉しいです。支えてくださった方々に深く感謝します。ただ、悔しさも残っているので、これからも上を目指します」と語り、チームメイトの野田昭和も「たくさんの声援に後押しされ、今持てる力をすべて出し切ることができました」と地元開催の熱気に感謝を述べた。
次代を担う若手たちの悔しさと収穫 ロサンゼルス2028へ続くバトン
ベテラン勢の躍進の一方で、若手選手たちにとっては世界の厳しさを肌で知る貴重な試練の場となった。

福井万葉はレース後、「悔しい気持ちでいっぱいです。この悔しさを必ず次の成長へと繋げたい」と唇を噛み、亀田琉斗も「悔しい結果に終わってしまったので、次の(アジアパラ競技)大会に向けて一から練習を積み重ねていきたいです」と雪辱を誓った。

また、国際大会初出場となった山路喬哉は「地元の愛知・名古屋、そして伊豆の会場で、本当に多くの声援をいただき力になりました」と前を向き、今回初めてパイロットを務めた稲毛健太は「すべてが初めての経験で、非常に大きな学びになりました。今後に生かしたいです」と率直に振り返った。パイロットの難しさを問われると、「かなり練習とコンビネーションが必要だと痛感しました」と続けた。

今大会で味わった悔しさは、2年後の2028年ロサンゼルス・パラリンピック、そしてその先のアジアパラ競技大会へと挑む若き才能たちにとって、かけがえのない糧となるはずだ。

アジアの急激なレベルアップ 中国の独走と中央アジア勢の台頭
競技全体を見渡すと、アジア勢の目覚ましい進化が浮き彫りとなった。
トップに君臨したのは中国。金12、銀7、銅5の計24個という圧倒的なメダル数を獲得し、自転車競技のメダルランキング首位を独走した。しかし、かつての「日中韓」という構図は過去のものとなりつつある。


2位には金7を含む計11個で韓国が続いたが、ウズベキスタン(金4、銀7、銅3の計14個)やカザフスタン(金4、銀4、銅1の計9個)といった中央アジア勢の躍進が際立った。カザフスタンはタンデム種目で鍛え上げられたフィジカルと卓越した連携を見せつけ、ワンツーフィニッシュを飾るなど存在感を示した。タイ(金1、銀7、銅5の計13個)も各カテゴリーで上位争いに絡み、アジア全体の競技レベルは急速に底上げされている。








また、運営面でも国際基準の公正性が徹底された。出走前の厳格な車体検査(車検)に加え、フィニッシュ直後の上位選手に対するタブレット型スキャナーを用いた車体検査も実施。近年世界的に注視されているメカニカルドーピング(隠しモーターなどの不正)の防止策が徹底されるなど、クリーンで高水準な競技環境が整えられていた。


世界でメダルを争うためには、まず急速に進化するこの「アジアの壁」を突破しなければならない――日本チームにとっても、その現実を再認識するベンチマークとなった。
焼津の航空自衛隊、全国から集まったボランティア、そして観客が創り出した祝祭
熱戦の舞台裏では、多くの人々が大会の成功を支えていた。
厳粛な表彰式で規律正しく国旗掲揚を担当したのは、静岡県焼津市の航空自衛隊静浜基地から派遣された隊員たち。自転車競技に限らずパラスポーツ大会の支援に奔走してきた隊員たちの凛とした姿が、選手たちの晴れ舞台に格式を添えた。
会場内では、全国から集まったボランティアスタッフが観客の案内や競技運営のサポートに尽力。平日開催に加え、最寄り駅から距離のあるロケーションというハードルがあったにもかかわらず、入場無料のコースサイドには熱心なファンが集まり、選手とファンの距離が近いアットホームで熱烈な空間が創り出された。


「自転車競技もパラスポーツも初めてでしたが、皆さんの応援も選手の走りも本当に熱くて、胸を打たれました」と感動を語るボランティアの姿が印象的だった。
さらに競技会場では、レースの合間を縫ってさまざまなファンサービス企画が実施された。トラック競技が行われた伊豆ベロドロームでは、MCダイキの軽妙なトークに乗せて、Tシャツやグッズのプレゼント企画を実施。




地元特産の本わさびを味わう体験企画では、UCI(国際自転車競技連合)のコミセール(審判員)が強烈なわさびの辛さに思わず顔をゆがめ、スタンドが大きな笑いに包まれるといった微笑ましい国際交流の場面も見られた。


「少数精鋭からチームへ」 権丈監督が描くロサンゼルスへの決意
大会全日程を終え、日本代表を率いた権丈泰巳監督は手応えと未来への展望を力強く語った。
「4年に一度の大きな舞台で、日本チームはこれまで『少数精鋭』と言われることが多かったのですが、今回は11人という大きなチームで臨み、しっかりと14個のメダルを獲得することができました。これを次の2028年ロサンゼルス大会に向けて、しっかりと結果へと繋げていきたいと思います。引き続き、日本パラサイクリングへの温かい応援をよろしくお願いいたします」

半世紀余り前、大分の地から始まったアジアの障がい者スポーツの息吹は、長い歳月を経て成熟し、伊豆の地に熱狂の渦を巻き起こした。
自国開催で得た14個のメダル、大声援の中で走る誇り、若手が味わった世界の壁の高さ、そして支えてくれたすべての人々との絆――。愛知・名古屋2026のアジアパラ競技大会が示した現在地は、2年後のロサンゼルス・パラリンピック、そしてその先へと続く日本のパラサイクリングにとって、確かな道標となった。
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- CREDIT :
- 文と写真:井上和隆
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