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『俺たちの箱根駅伝』は上巻で終わりだった!?/池井戸潤さんインタビュー前編

正月の風物詩、箱根駅伝。その中継の裏側と、記録に残らないチームの戦いを描いた池井戸潤さんの小説『俺たちの箱根駅伝』が、この10月から日本テレビ系列でドラマ化されます。
大泉洋さんがチーフプロデューサーの徳重亮役を、伊藤沙莉さんがセンターディレクターの宮本菜月役を、山下智久さんが古豪・明誠学院大学陸上競技部の新監督・甲斐真人役を演じる予定です。原作の文庫版も先月(9月)刊行されました。

この話題作に、RUNNING styleが著者インタビューを通じて迫りました。

なお、記事の最後では、池井戸さんのサイン入り文庫『俺たちの箱根駅伝』上下巻セットを、抽選で2名様にプレゼントする企画をご案内します。

上巻だけで終わるつもりだった

──『俺たちの箱根駅伝』は結末やプロットを完全に決めずに書かれたとお聞きしました。

池井戸:書き方はいつも同じで、この作品に限らず、プロットは作りません。結末を決めずに書き進めます。ただ、今回は当初、上巻しか書くつもりがありませんでした。

──上巻だけですか!?

池井戸:ところが、担当編集者をはじめ、周囲の人が全員、下巻が――つまり本選もあると思っていた(笑)。最初、「みんな、何を勘違いしてるんだ」と思ったけど、勘違いしているのは僕の方かも、というわけで下巻を書きました。

そもそも僕が書きたかったのは、箱根駅伝の最初の全区間生中継を始めたテレビ局側のドラマだったんです。エピソードのひとつひとつが、本当に面白くて。(編注:全国生中継の開始は1987年・第63回大会)

たとえば、箱根小涌園。中継準備を進めていた日本テレビが、箱根担当のスタッフ数百人分の宿を確保できていないことに気づき、大慌てで宿探しを始めているけれども、箱根は人気の観光スポットで、冬が近づいても見つからなかった。箱根町役場の観光課長までが奔走し、小涌園(編注:当時の箱根ホテル小涌園)が大広間を提供してくれることになり、ようやく放送することができた。駅伝中継で他の地点はすべて「地名」で呼ぶのに、「小涌園前」だけは旅館の名前で呼ぶのは、日テレのスタッフたちの感謝の気持ちがあるからなんです。その恩義をいまだに忘れず、後輩たちに受け継がれている。そんなテレビマンたちのスピリットや「箱根駅伝」というテレビ番組のおもしろさ、奥深さを伝えようと思いました。

池井戸潤さんインタビュー画像

「走るシーンは文芸からすると禁じ手」

──上巻は関東学生連合チームがどうチームビルディングされていくか、下巻は本選のレースの手に汗握る様子が描かれています。読者としては、上下巻をセットで期待してしまいますが……。

池井戸:文学的には、下巻は不要かな……。それに、走るシーンを映像的に書くのは、小説には向いていません。ランナーたちの真剣勝負は、生放送で見るリアルな映像こそすべて。架空の小説が敵うわけがありません。

ただ、映像はランナーの外面しか映せません。だけど小説であれば、ランナーの心の内側が描写できる。そこに小説にする価値がある気がします。

──下巻では、コースの地形もレース展開もふんだんに盛り込まれています。大変な作業だったのではないでしょうか?

池井戸:たとえば、第何区の何キロ地点のコースサイドはどんなところだっけ、となると録画してある中継を見直すわけです。その地点を探すと、民家に囲まれていたり、商業ビルが並んでいたり。真夏の仕事場で、ずっと箱根駅伝を見返していました。何度も。もう執念としかいいようがない。思い出すだけで気が遠くなります。

7区から先が勝負

──大変な苦労をされて書き切った上下巻ですね。テレビ局のスタッフも選手たちも魅力的でしたが、あらかじめキャラクターを固めてから描いているんでしょうか。

池井戸:名前や肩書きなど、必要な設定は決めますが、書き始める前はそれ以上は決めず、セリフや動作を書きながらキャラクターを造形していきます。ちなみに、セリフはすべてアドリブで、事前に準備しておくことはありません。

読者と同じ目線で物語と向き合っているともいえると思います。あるキャラクターのセリフを書いたとき、「ああ彼はこういう人なんだ」と書いている自分が驚き、理解することがある。キャラクターは、作家の創造物かもしれませんが、読者にとっては実在の人と同じです。その人には、その人の考え方があり、当然小説はその考え方、行動原理をなぞらなければいけません。

キャラクターに寄り添うことでストーリーが紡ぎ出される。物語がどう転がるのか、そしていつ終わるのかは、作家ではなくキャラクターが決めるものです。作家の仕事は、キャラクターに伴走し、その物語を最後まで書き切ることだろうと思います。

作者の都合で物語をねじ曲げず、最後まで書き上げようと腹をくくれるかが、その作品を価値を左右します。

実在の大学では書けなかった

──学生連合チームを物語の主軸に据えられました。予選で敗退し、本選に出られなかった人たちの物語であるというところが、多くの人の琴線に響きやすいテーマなのではないでしょうか。

池井戸:小説の着想を得たのは10年以上前なんですが、全然書き出せなかった。どのチームを舞台にしていいかわからなかったからです。

主人公を実在の大学の駅伝部のランナーにしたらどうなりますか? そこには実際に箱根を目指して頑張っている学生たちがいるんですよ。おもしろいはずがない。小説にされ、架空の部員の、あれやこれやを書かれたら、やっぱり不愉快な思いをするでしょう。それは彼らの真剣な挑戦にとってノイズでしかありません。

箱根を目指すランナーや箱根駅伝そのものに対するリスペクトを失ったら、この小説には何の価値もないと思っていました。だからこそ、実在の大学を舞台にすることができませんでした。

でもあるとき、箱根駅伝を見ていて、「学生連合ならいいんじゃないか」と思ったんです。参加する学校が入れ替わるし、伝統の重みのあるタスキが存在するわけでもない。

そこでようやく、これなら書ける、という小説の入り口を見つけた気がしました。学生連合を舞台にするという着想を得たことで、ようやくこの小説がスタートしたんです。

記録に残らない者をどう動機づけるか

──作中でも順位がつかないまま走る関東学生連合の存在意義が問われます。実際の箱根駅伝でも、「このチームをどうするんだ、出すのか出さないのか」という議論に上がっている問題とも重なりますね。

池井戸:いろいろな議論があるようですね。以前、「学連選抜」と呼ばれていた頃には、今と規定が違っていました。(編注:関東学連選抜は第83回〜第89回大会〈2007〜13年〉は正式チームとして順位がつき、10位以内に入れば翌年の予選会出場枠が1つ増える規定もあった。第91回〈2015年〉から関東学生連合チームに改称してオープン参加となり、現在は参考記録扱い)

今の規定では、いいタイムを出したとしても、参考記録にしかなりません。記録に残るか残らないかというのは、競技をする選手たちにとってはとても重要なことだと思います。記録に残らない中でどうモチベーションを保つのか、いま学生連合に選抜された選手たち自身も悩んでいるのではないかと思います。

会社とチームは似ている

──チームに目標を立てて動機づける存在として、甲斐監督がやってきます。ビジネス界出身という設定には、何か意図があったのでしょうか。

池井戸:とくに意図はありません。ですが、青山学院大学の原晋監督(編注:中国電力での勤務経験あり。第84回大会(2008年)で関東学連選抜の監督を務め、総合4位に入った)はまさにビジネス界から転身された方ですよね。バラバラになりかかっている人たちをまとめるには、違うジャンルから来た人の力が意外に生きる気がします。目標の立て方、モチベーションの上げ方など、陸上競技の世界とは違うアプローチ、発想がありそうです。原監督もきっと、オリジナリティのあるノウハウを使ってチームをまとめていらっしゃるのではないでしょうか。他業界から転身したからこその経験、バランス感覚、視野の広さは、チーム作りにきっと必要だろうと思います。

声かけのリアリティ

──個人的に、作中での選手への甲斐監督の声かけがすごく心に響きました。

池井戸:実はこの声掛けにはあまり自信がありませんでした。リアリティがあるのか、と。本物の監督さんたちがこれを読んでどう思われるか、一番心配していたところです。

たとえば、選手に「空を見ろ」と声をかける場面があります。それについて、ある監督経験者は、いい声がけだという評価をいただいたのですが、上を向くと、気道が開いて呼吸が楽になるのだとか。書いている僕はそんなことを考えもしませんでしたが、結果オーライです。ホッとしました。

文庫で初めて載せた謝辞

──結果的には、杞憂に終わったということですね。

池井戸:単行本には、本を書くにあたってお世話になった方々への謝辞を載せられなかったんです。箱根駅伝に熱狂的なファンがいらっしゃいます。小説の内容が至らなくて、「こんなくだらない作品に協力したのか」と、お名前を載せた方たちに批判の矛先が向いてしまうことだけは避けたかった。

ですが、単行本を刊行して2年経ち、評価も定まってきました。そこで、今回上梓した文庫版で初めて、坂田信久さん(日本テレビ箱根駅伝中継の初代プロデューサー)、田中晃さん(同・初代ディレクター)、それから関東学連(関東学生陸上競技連盟)の日隈広至さんへの謝辞を載せることができました。

〜後編へ続きます〜

「見たいものを見せるのか、映すべきものを見せるのか」──答えのない選択/『俺たちの箱根駅伝』池井戸潤さんインタビュー後編

「見たいものを見せるのか、映すべきものを見せるのか」──答えのない選択/『俺たちの箱根駅伝』池井戸潤さんインタビュー後編

2026年10月09日

【プレゼント】池井戸潤さん サイン入り文庫『俺たちの箱根駅伝』上下巻セットを2名様に

文庫版『俺たちの箱根駅伝』の刊行を記念して、池井戸潤さんのサイン入り上下巻セットを抽選で2名様にプレゼントします。

プレゼント画像

応募方法
RUNNING style公式Instagram(@running.style_web)をフォローのうえ、下記の対象投稿に「いいね」をすると応募完了です。

応募期間 10月8日(木)〜10月25日(日)23:59
当選発表 当選者の方にのみ、InstagramのDMにてご連絡します。
※応募規約・注意事項はinstagramの対象投稿に記載しています。応募前に必ずご確認ください。

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PROFILE

竹中 侑毅

RUNNING style 編集長

竹中 侑毅

2026年トレイルランを始めた初級ランナーで、野沢温泉で65km を完走。元TV局勤務、スポーツ取材経験が豊富。

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