
「見たいものを見せるのか、映すべきものを見せるのか」──答えのない選択/『俺たちの箱根駅伝』池井戸潤さんインタビュー後編
竹中 侑毅
- 2026年10月09日
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正月の風物詩、箱根駅伝。その中継の裏側と、記録に残らないチームの戦いを描いた池井戸潤さんの小説『俺たちの箱根駅伝』が、この10月から日本テレビ系列でドラマ化されます。
大泉洋さんがチーフプロデューサーの徳重亮役を、伊藤沙莉さんがセンターディレクターの宮本菜月役を、山下智久さんが古豪・明誠学院大学陸上競技部の新監督・甲斐真人役を演じる予定です。原作の文庫版も先月(9月)刊行されました。
著者インタビューの後編は、箱根駅伝の走りを伝える側の話です。中継するテレビ局の抱える答えのない選択について聞きました。
受け継がれる「放送手形」
日本テレビの箱根駅伝中継には「放送手形」と呼ばれるものがあります。第63回(1987年)の中継を担当した初代ディレクターの田中晃さんが書き、代々のプロデューサー、ディレクターへと受け継がれてきた制作マニュアルです。
「トップ選手だけでなく下位の選手もしっかりと伝える」「優勝争いだけでなくシード権争いにも注目する」といった方針が記され、カメラの配置や構成は40年近く経った現在もほとんど変わっていないといいます。
──放送手形を実際にご覧になって、そのスピリットを感じ取られたのですか。
池井戸:第63回の放送手形の冒頭に、詩のようなものが書いてあるんですよ。「ランナーたちの遙かなる憧れ」で始まる文章は初めての生中継を担当したセンターディレクター、田中晃さんが書いたものですが、それ以降、各年の放送手形には、その年の中継のトップが情熱をそそいだ一文が載っているそうです。
放送手形には、同時多発的に起きる様々な出来事で、何を優先すべきか、という判断基準や、コースの特徴から警察の警備体制、そして歴代優勝校などのデータも詳しく載っていて、箱根駅伝を放送するテレビマンたちの情熱を感じます。しかもこの放送手形と呼ばれるものは、初回放送時から延々と受け継がれている。つまり、放送手形そのものが「タスキ」なんですよ。
大会が終わると新年会が開かれ、初代チーフプロデューサーの坂田信久さんや田中さんをはじめとした中継OBが集まり、現役のスタッフを交えて反省会を行うそうです。そこでの意見交換などを通じ、中継のスピリットや伝統がずっと継承されている。日本テレビならではのスポーツ中継の根幹がここにあると思います。
中継で徹底されている準備
──放送手形でいろんなことが準備してあるから、雪が降っても中継車の何号車を降ろすとか、すぐに動けるんですね。
池井戸:いざというときにどう動いたらいいか、何を優先すべきかといった決まりや手順が具体的に載っています。田中晃さんがお描きになったご著作のタイトルがまさに『準備せよ』。まさにそのままです。(編注:「準備せよ。スポーツ中継のフィロソフィー」田中晃(WOWOW代表取締役社長)/WOWOWスポーツ塾・編 文藝春秋Number Books)
誰を映し、誰を映さないか
──中継班の描写も印象的でした。順位がつかない関東学生連合チームが上がってきたときにカメラで映すのか、映さないのかという判断など、スポーツ中継の本質が凝縮されていますね。
池井戸:当然順位は重要ですが、それ以外にも伝えるべきポイントはたくさんあります。タスキ・リレー、シード権、繰り上げスタート……。優勝争いだけが箱根駅伝ではありません。
また、時々、選手の好不調に注目が集まることがあります。
第一回中継からセンターディレクターを勤めていた田中さんのときにも、期待された選手が体調不良で思うように走れずブレーキになってしまったことがあったそうです。田中さんは、その選手をずっとテイク(編注: そのライブ映像を中継で使うこと)していたそうですが、途中ではっと気づいた。前方では熾烈な首位争いが展開されている。それなのに、いまにも倒れそうなこの選手を撮り続けることがテレビ中継の在り方として正解なのかどうか。そこで迷いが生じ、振り向いて後ろにいるプロデューサーの坂田さんを見た。すると坂田さんがうなずいたので、そのまま中継を続けたということでした。
ところが、放送終了後にドラマが起きます。一号車を担当していたディレクターが、烈火の如く怒って、田中さんを怒鳴りつけたんです。「彼は学生だ。学生スポーツなんだぞ、これは」と、その学生のこれからの人生とか、そういうことまで考えて放送しているのか、と。
どちらが正しいのか、答えを出すのは簡単ではありません。視聴者によっても、見たい場面は違います。スポーツ中継は、そういった判断の繰り返しであり、積み重ねなんだろうと思います。

小説に書かないこと
──明誠学院大学の甲斐監督は、非常に存在感がありながら、読者からするとどこか掴みきれない独特のミステリアスさもありますよね。
池井戸:甲斐監督は、天才肌に見えますが、実は理論的で細かいマネジメントをしています。学生連合チームに選ばれた16人全員の監督のところへ行ってプロフィールを調べ、その上でチーム作りをするとか……。
ミステリアスに読めるのは、甲斐監督の内面が書いてないからです。彼が何に注目し、どう考えているのか。そしていかに優秀か。それを語るのは、周辺にいる人々なんです。そこに、甲斐監督の造形の秘密があります。
ドラマの主役を変えた!?
池井戸:今回のドラマ化に際し、甲斐監督やキャプテンの青葉隼斗選手を主人公にする案にはNGを出しました。代わりに提案したのは、チーフプロデューサーの徳重亮とセンターディレクターの宮本菜月をメインにする案です。
──その意図はどこにあるのでしょう。先ほどの甲斐監督の内面をあえて書いてないとおっしゃっていたことと関連があるのでしょうか。
池井戸:甲斐監督を主人公にすると、ミステリアスな造形がうまく伝わらないと思ったからです。それより、プロデューサーやディレクターがメインであれば、テレビ局でドラマを作るという地の利もある。箱根駅伝を好きな方は、その中継の裏側にも興味を持っていらっしゃると思ったんです。
──ドラマを見てから小説に戻るのか、小説を読んでからドラマを見るのか。読者としてはどちらから楽しむのがおすすめでしょうか。
池井戸:ドラマと小説は作りが違うので、どちらからでも。ドラマはドラマのクリエイターたちのち情熱が注がれ、オリジナルのキャラクターやストーリーもあります。どこがどう違うのか、比べてみるのもおもしろいかも知れません。
読んでから見ると箱根駅伝の見方が一変する
──ドラマもそうですし、文庫も出たということで、作品に触れる方自体がすごく増えると思います。そのことはいかがでしょうか。
池井戸:お正月に、箱根駅伝をなんとなく見ているという人は多いと思います。そんな方に『俺たち箱根駅伝』を読んでいただいたら、見方が変わるかも。
たとえば、5区の函嶺洞門近辺。コース沿いを流れる早川のせせらぎが聞こえていることに気付いていましたか? 実はわざわざ川の近くにマイクを設置し、音を拾っているんですよ。
普段は音楽番組で使う大型クレーンを現場に設置して、ムービング撮影もしています。
拙著には、そうした中継の裏側についてできるだけ詳しく書いてあります。
いままで何気なくみていた中継に、実は様々な工夫があり、中継ならではの苦労、そしてスタッフの情熱が注がれていることを少しでも多くの人に伝えたい。
拙著やドラマを通じて、箱根駅伝をより深く、楽しく見られたら嬉しいです。
〜前編はこちら〜
【プレゼント】池井戸潤さん サイン入り文庫『俺たちの箱根駅伝』上下巻セットを2名様に
文庫版『俺たちの箱根駅伝』の刊行を記念して、池井戸潤さんのサイン入り上下巻セットを抽選で2名様にプレゼントします。

応募方法
RUNNING style公式Instagram(@running.style_web)をフォローのうえ、下記の対象投稿に「いいね」をすると応募完了です。
応募期間 10月8日(木)〜10月25日(日)23:59
当選発表 当選者の方にのみ、InstagramのDMにてご連絡します。
※応募規約・注意事項はinstagramの対象投稿に記載しています。応募前に必ずご確認ください。
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